第7話 思いがけない再会

階段を登って二階に着く。一階と違い、二階の廊下は窓ガラスの光が差し込み明るかった。昼下がりの普通の学校と勘違いしてしまうが、気を引き締め直す。


「二階の三年三組の教室。そこが彼女が居る場所よ。」


目的地を明確にする真奈美まなみの表情は変わらなかった。そんな態度がやはり『関わって来るな』と言っている様で、しょうもそれに合わせようと再度決めた。


「了解。それならさっさと行って終わりにしよう。」


真奈美の体の傷は俺には関係無い。今は雲を払う事だけ考えよう。彼女もそれを望んでいる。


教室に向かおうと歩き始めた時だった。


カッ、カッ。 


階段を降りる足音が聞こえた。二人が音にあわせて振り向く。


保健室前に居た化物が現れた。黒く塗りつぶされた顔に、ナイフを片手にゆっくり階段を降りて来る。


やっぱりそうだ。直前まで足音が聞こえなかった。


保健室に逃げた直後、化物が音も無く聞こえたのを踏まえ翔は眉間に皺を寄せる。


これほど静かなら、普通三階と二階の中腹地点で『誰かが降りて来る音』が聞こえ、気づけるはずなのだ。


それなのに二人は化物が目の前に来るまで気がつけなかった。


しかしそれを悩んだ所で化物が消えてくれるハズも無いので行動に移す。


「走るよ。今度は俺に考えがある。」


真奈美が頷いた。曲がり角を行き教室に隣接した廊下に二人は向かった。


化物もそれに合わせて二人を追う。


しかし化物は曲がり角に差し掛かった所で派手に転んだ。


何かに躓きナイフを落とし、カランという音が廊下に響いた。


「ひっかかったな。古典的だけど意外とひっかかるよね。」


右足だけを伸ばしながら得意げに翔が言った。


翔が行ったのは角で待機して、走ってきた化物に足をひっかける事だった。


小学生でも思いつく単純な嫌がらせだが、こういう嫌がらせは真面目な場面であるほど「まさか今この程度の事してくるはずが無い」という相手の先入観に刺さり機能することがあるのだ。


翔は化物の腹部に馬乗りでまたがった。


「お前には聞きたい事しかない。話を聞かせてくれ。正直に話したら何もしない。」


「知らない。何も知らない。」


化物が喋る。その声は電波が悪い時の通話音声の様にガビガビだった。


「まだ何も聞いてないだろ。」


「知らない!知らない!知らない!」


取り乱した様に化物が喚き散らかす。そしてこう続けた。


「俺達は。」


「は?俺達?」


「引島君!」


真奈美が廊下の先を見ながら翔の名前を叫んだ。


翔も真奈美の視線の先を見た。


群れを成す化物の数があった。全員がナイフやら金属バットを手にしていた。


中には試験管を持っている者さえ居た。


まだ距離はあったが、かすかに鼻を突きさす匂いがした。


「この匂い。塩酸?」


「そうか。クラスメイトが一人な訳ないもんな。」


苦笑いしながら翔が言った。即座にその場に立ちあがって真奈美を見た。


「一回保健室に戻ろう。こんなに大勢いるんじゃこの先には行けない。ちゃんと対策考えてまた来よう。」


二人は走って階段に戻る。しかし二人が昇って来た階段から十人程の化物が上がって来るのが見えた。声に出さず、二人は三階に向かった。


「どうする?このまま逃げ切るのも無理だと思う。」


三階の廊下を走りながら翔が言う。


「一旦身を隠そう。こことかは?」


真奈美の発言で、二人は二年四組と書かれた教室の前で足を止めた。


教室の中はありふれた姿をしていた。


三十人分の椅子と机が用意されていて、黒板と教卓が前方に設置されてる。


しかし二人の目に入ったのはそんなありふれた景色では無く、廊下側に置いてある一際大きい掃除用具箱だった。


二人はそれに駆け寄って思い切り開いた。


中は見た目通りの広さで、もう一人入っても大丈夫なほど余裕があった。



二人中に入って扉を閉めた。


埃の匂いが満ちた箱の中で二人は身を隠す。


廊下側に設置されているのが都合よく、用具箱の隙間から廊下の先まで見通せる。


廊下には数十人の群れが走りまわっていた。


二人は息を殺し、音を消す。走り回る音と、隙間から見える化物が消えるのを待つ。


数分経つと、化物は全て下の階に行き、走る音が止んだ。


もう大丈夫か?


真奈美に合図をして扉を開く。


それが地獄の入り口だとも知らずに。


用具箱を出た二人の目の前には、大量の化物が立っていた。


「「・・・・・・。」」


状況を理解する気が起きないほど理解不能な展開だった。


圧倒的すぎる詰みの予感は絶望すら感じられず、汗の一つも流れない。


そんな放心状態の二人を嘲笑う様に化物は扇状に囲う。

獲物を追い詰めた余裕からか、群れは二人を襲おうとしない。


そんな中一人の化物が教室の真ん中を歩いて二人に向かってくる。


両脇に何かを抱えていた。丸いボーリング玉の様な。


「「あ。」」


二人がそれが何なのか理解し同時に声を出す。


一緒に神社に来ていた夏樹なつきみなとの生首だった。


雑な切れ目から血が滴る。その瞬間、せき止められていた恐怖や絶望感が一気に二人を襲った。


「うっ・・・。」


真奈美は込みあがった吐き気様に手を口にあて、その場に蹲る。


「はぁ・・・はぁ・・・。」


翔の呼吸が早くなる。仲良くなった人間が死んだ事実を受け止めれていなかった。


「アッハッハッハ!」


二人の変化を見て化物達が笑った。翔はそれに怒りを示す気力も無く、ただ呼吸を荒くする。


こんなの・・・・どうすれば・・・・。


翔の左肩に衝撃が走り思考が途切れる。肩を叩いたのは真奈美だった。


「あの二人が死んだんじゃ私達だけでやるしかない・・・・。落ち込んでる暇なんて無い!」


真奈美が大声をあげた。そんな声を出す人間に思えなかったので少し体が震えた。


「絶対に生きて帰る!私はこんな所じゃ終われない!」


気持ちの切り替えが得意な真奈美だがこの状況ではいつもの様に綺麗な切り替えはできなかった。


だからこそ大声と気合で吹き飛ばそうとする。


最後の最後に頼れるのは結局根性論だったりするのだ。


「貴方が居ればまだなんとかなる!だから力をかして!お願い!」


「・・・・わかったよ。」


翔は歯を食いしばって化物の群れを見る。


「俺がこいつらを足止めする。その間に逃げてくれ。」


真奈美にしか聞こえない声量で翔が言う。


怪訝そうな表情を浮かべる真奈美に「最後まで聞いて」と付け加える。


「真奈美さん一人で雲を払えるとも思わない。だから絶対生きて帰る。雲を払うには俺も居ないとダメなんだろ?」


「うん。わかった!信じるからね!」


そう言いながら真奈美は走る準備を密かに始める。


ここで今まで動きのなかった化物共に変化が訪れる。


二人が立て直したのが気に食わなかったのか、化物共が翔に襲いかかった。


一度の十人程の突進。その対応は翔の手に完全に余っていた。しかしもう引くという選択肢は残っていなかった。彼が立ち向かう理由は自棄と意地だけだ。


バン!


大きな音が鳴った。その音に教室に居た全員が足を止め、音の方に目をうつした。


すると入り口に居た化物が倒れていた。


翔は大きな音の正体は、化物が貼り倒された音だと理解した。


しかし疑問が残る。


誰がやった?


答え合わせをするように、一人の人間が教室に入って来る。


そいつは夏樹と湊の生首を抱えた化物に近づき、手で突き飛ばした。


突き飛ばされた化物はバランスを崩し、その拍子で生首を落とし、地面に転がった


そいつは夏樹の生首を拾って、すかさず化物の顔に投げつけた。


見事に命中し、よろよろ天井を見ながら倒れた。


そいつは天井を見上げる化物に近づき、持っていた金属バットで顔面を思い切りぶん殴った。


ゴルフボールをクラブで飛ばす様に。


「本人の許可も無く勝手に気持ち悪いモン作ってんじゃねーよ。」


そう吐き捨てた『そいつ』に翔と真奈美は見覚えがあった。


身長は百八十を超えていて、金属バットを肩に乗せた学ランのオールバック。更に右眉に消えない縦傷。


「お前ら無事だったのか。ホッとしたぜ」


夏樹が二人に笑顔で振り返った。

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