第4話 読ませる気の無い図書室
玄関前に到着し、厚いガラス板の扉を押し中に入る。
言われた通り特に変わった様子の無い玄関だった。
靴箱があったが上履きなど持って来て無いので見向きもせず進んで行く。
翔が土足のまま上がる事に抵抗を示し悩んでいたが、真奈美が平然と白い足跡をつけながら土足で上がって行く。
「足踏みする必要無いんでしょ?」
「そういう意味じゃ・・・。まぁ仕方ないか。」
緑色のマットに靴裏を擦ってから翔も廊下に足を踏み入れた。
「まず私達のやるべきことを整理しましょ。ここで雲を払う方法を探す。そして夏樹君と金沢さんと合流する。この二つね。」
真奈美はピースの形を作り手で「2」を表す。
「学校探索してるだけで両方達成できそうだね。」
翔がキョロキョロしながら続ける。
「で、どう進む?目の前の階段上がるか、一階から見て行くか。俺は一階から見て行きたいけど真奈美さんは?」
「一つずつ見て行きたいから私もそれが良いと思う。ここからは私も進んでいないから慎重にね。」
簡単に決めて玄関の直ぐ左に設置された教室に向かった。
入り口上部にあったプレートに『図書室』と書かれていた。
ガラガラと扉を引く。
そして中の光景を見て二人は違和感を覚えた。
木の床と黒板のある普通の教室だった。
普通と違うのは真ん中に高さ五十センチの本棚がぽつんと置かれている以外、物が何も置かれていない事。
「随分贅沢な教室の使い方してるわね。椅子やテーブルも設置されてない。立って本を読めって事かしら。」
「図書室って割に本も少ないしね。」
唯一設置されてる本棚の中にすら十冊しか入ってない。
しかしその不自然な光景が翔の記憶の泉から発想を浮かばせた。
「もしかしてこういことなのか?」
「何が?」
翔が言った抽象表現に真奈美は具体性を求める。
「ハレ・・・ハレさんが言ってたじゃん。雲を打ち払う方法は上に行けばわかるって。それってこの図書室みたいな変な場所を調べて此処がどういう場所なのか一つ一つ答えを出せばわかるって事なのかなって。」
「なるほど。目に見える情報じゃなくて、得た事実から何を考えるのが重要って事ね。」
「多分だけどね。まぁ具体的な指示されて無いから色々やってみるしかないし、調べてみようよ。」
翔は本棚から一冊取り出した。
本には題名、著者名すらなく、裏表真っ白でどういう内容なのか想像する事すら許されていない。
「本が売れないこのご時世で随分強気なデザインね。中身に相当の自信があるのが伺えるわ。」
「題名、著者名すら無いのはデザインの問題なのか?」
ページを開いて一行を読んでみる。しかし翔は一行読んだだけで本を閉じた。
「なんじゃこりゃ。文字がばらばらで全然意味わからない。」
本の中身は平仮名とカタカナが使われていた。それなのに文字の羅列が滅茶苦茶で意味のある言葉を形成していなかった。
まるでキーボードを適当に連打して表示される文字列の様な。
「ごめん。全然関係無かったわ。てことはやっぱり目に見える様な原因が一つあるのかな。例えば『雲を消すボタン』みたいなのが学校の何処かに隠されてたり・・・・」
「ちょっと貸して。」
発言を遮って真奈美が翔から本を受け取った。
「いや・・これ・・・。」
真奈美は一ページ目を読み始めてから無言になって本と睨めっこを開始した。見開き一ページを二秒のペースで読み進め、ペラペラと本がめくられて行く。
最後のページをめくり終えると『ふぅ』と小さく息を吐いて本棚に戻した。
「なるほどね。次。」
「え⁉・・まってよ・・・。書いてある事理解できたの?いやそもそも理解できたとしてもそのペースでちゃんと読めるの?」
何事も無かったかのように二冊目を取る真奈美を見て聞かずにはいられなかった。
「普通に読めたけど。逆にこれを読めなかったの?」
「うん。どうやって読んだの?」
「多分これセンスだから説明できない。一回見て読めなかったら時間かけても難しいと思う。」
「ええー。何の本か気になったんだけど。」
「日記だと思う。作者は小学六年生の女の子で、『中学校楽しみ』『好きな小説の続刊が発売でワクワク』とかそんな感じの中身の無い話が続いてる。」
試したわけじゃないけどマジであのスピードで本読んだんだ。何者?
翔は彼女に対する驚きと尊敬で、雲なんかより真奈美への興味が沸いた。
しかし今は答えてくれないだろうと考え話を進める。
「日記か。本棚に入ってるの全部そうなのかな。」
「多分そう。二冊目も日記。文体と内容的に一冊目と同じ女の子が書いてるわ。」
翔の発言に真奈美は二冊目をとってペラペラめくり始めた。
「次は中学校に入学してからの話みたい。えっと・・・。」
数秒で二百ページの半分を読み終えた所で真奈美の手が止まった。栞代わりに指を入れて本から翔に視線を移した。
「ごめん。私ここにある本は全部読んだ方が良いと思う。もう少し待ってくれる?」
「わかった。」
そんな大事な事でも書いてあったのだろうか。それなら協力したい。
そう考え翔は真奈美が読み終わった一冊を手に取って適当なページを開いた。
目に入った文章はやはり荒唐無稽で黙って本を閉じる。
駄目だ。やっぱり全然わかんない。
ペラペラ本をめくる真奈美を見て翔は自分のできそうな事を考えた。
俺はここに居てもやる事は無いな。
この本から現状に対するヒントを得るのは無理だろう。
「待ってる間暇だからこの階歩いて来る。」
「五分後に帰ってきて。十冊全部読み終わってると思うから。気を付けてね。」
五冊目を読み終えて真奈美は言った。
「わかった。すぐ戻る。」
翔は教室を出て他の手がかりを探しに行った。
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