1章 信折自投の暗い夜では願いの果実は実らない
第3話 雲の上の学校
「うぅ・・・。」
瞼に差し込む光で
気が付くと、コンクリートの道路上に倒れていた。
こすりつけていた頬を地面から引き剥がし立ち上がった。固い地面で寝ていたからか体が少しだけ痛い。
「ここは?」
そう呟いて翔は違和感に気づく。
地面には木から伸びる影が映っていた。熱を吸収して熱くなったシャツ。元気に鳴く蝉の声。・・・・・それらが確認できる明るい世界。
知っている世界の状態と違い過ぎて、恐る恐る頭上を見た。
「うわ。」
『それ』を直視して目を細めながら顔を背けた。
この世界を平等に照らし、闇を葬る生物の前提であった物。
過去形表現がふさわしい物が空に浮かんでいた。
「何で太陽が空にあるんだ?」
あれを取り戻す為に俺達は呼ばれたのに・・・ああそうか。
心の中で翔が自分の疑問を否定した。
「太陽があるという事はここは俺達の知っている場所じゃない。つまり・・・雲の上に着いたのか。」
「気がついた?体は大丈夫そう?」
振り返ると、木陰で本を読む女性が居た。
体調を心配しているが、視線は翔を見ずに本を向いている。
翔はこの女性に見覚えがあった。晴天神社に着いた時に居た三人の内の一人。
「特に異常なしだよ。えっと貴方は・・・」
「
『精神病理解剖』という本を読んでいた。
十代前半が読むには背伸びし過ぎたタイトルだが、冷めた目つき、百七十位ありそうな大人びた雰囲気で読書姿が様になっている。
透き通るような黒髪は背中まで伸び、長袖の黒いセーラー服に季節外れの毛糸のマフラーを首に巻いていた。
寝不足なのか目の下に大きなクマがくっきりついていた。
「よろしく。真奈美さん。そっちも体調は大丈夫?」
真奈美だけ『さん』を付けたのは彼女の雰囲気や体つきが到底同い年には見えなかったから。
セーラー服の下からでもわかる女性らしい凹凸や物静かな雰囲気。
同い年と言われなければ高校生だと勘違いしていただろう。
「私は平気。」
『私は』という発言が翔の状況の呑み込みを阻害した。
「あれ?夏樹と湊ちゃんは?」
二人の姿が無かった。近くに倒れている訳でも無かったので翔は混乱する。
「あそこに居るかも。」
真奈美が指を指す先には白い箱の様な建物があった。
建物の真ん中上部に設置された錆びた掛け時計。
『祝!陸上部 全国大会出場!』と書かれた少し汚れた横断幕。
建物前に広がる大きなグラウンド。
それを見れば説明されなくても建物の名称が浮かぶ。
「学校か?でもどうしてこんな所に?」
「私も全然わからないけど二人と雲を晴らす方法を探すならあそこしかないと思う。」
「随分言い切るね。他に行ける場所だってあるんじゃないの?」
翔は自分が倒れていた道路に目をやる。左右に一本の道が続いている。天気は晴れなのに霧が出ていて先が見えないがあの奥に何かあってもおかしくないと翔は考察した。
「口で説明するより体験した方が良いかもね。走って来なよ。」
翔は言われるがまま霧に向かって走る。
視界は霧に包まれて見えないが前に進んでいる実感はあった。
その感覚は正しく暫く走ると、視界がハッキリする場所に出た。
しかしそこには新しい可能性は無かった。
あったのは先ほど見た校舎と木陰で本を読んでいる真奈美の姿だけだった。
「え⁉あれ?戻って来た?」
「校舎内以外どこにも行けない様になってる。私も何回か霧の向こうに行ったけど何度もここに戻された。」
「校舎に入ってもここに戻されるかもしれないじゃん。なんで校舎内に行けるって思ったの?」
「貴方が起きる前に玄関まで調べに行ったから。校舎内は普通に入れたわ。」
真奈美は翔が寝ている間も辺りを調べていた。この状況で冷静でいられる根拠は彼女自身の足で調べた情報から来る物だった。
「凄いね。状況を理解しようとする冷静な判断と行動力。頼もしいよ。」
「どうも。」
本を読みながらも、返答はスムーズだった。この手の褒められ方はよく言われるのだろうか。
「玄関から先は?変わった物とかあった?」
「まだ進んでない。貴方一人を置いて行くわけには行かないから。」
その言葉に翔が『ありがとう』と添えてお辞儀をした。
それを見て真奈美が指も栞も差し込まず本を閉じ立ち上がった。
今度は翔の顔をしっかり見ていた。
「別に玄関に何も無かったら一人で行ってたわ。」
「じゃあ変わった物があったって事?校舎内がゲームのダンジョンみたくぐちゃぐちゃになってるとか?」
「違う。校舎内も普通の学校と変わらないと思う。玄関だけ見た感想だけどね。けど雰囲気は明らかに普通じゃなかった。」
顔を少しゆがめて真奈美が続ける。
「私以外誰も居ないハズなのに誰かにずっと見られてる気配がした。一人や二人じゃない。もっと大勢から感じる気持ちの悪い視線。それの正体がわからない中、一人じゃ行動したくなかった。」
「なるほど。確かにこんな雲の上にある学校が普通なハズが無いもんな。」
翔は体を伸ばしながら『んっ!』というくぐもった声を出して、脱力し息を吐いた。
「今度は足踏みしなくて良いよ。俺も一緒だから。色々面倒見てもらったから今度は俺がたすけるよ。」
「それなら行きましょう。時間がもったいない。」
黒塗りの校門を開いて二人は校舎に向って歩いて行く。靴が白く汚れて『ザッ』『ザッ』という足音が二人分響く。
「ところで神社に居た時全然喋んなかったのなんで?」
「あの段階じゃ何が起こるか、どんな奴が私達を呼んだのか、なにもわからなかったから様子を見たかったの。感じ悪かったらごめんなさい。」
「考えてるなー。冷静だし周りを見えてるし気配りもできるし大人びてるね。ママって呼んでいい?」
「ご自由に。」
冷めた目つきでそういうわれて心臓がギュっとした。良い意味で。
「冗談だよ。『気持ち悪』とか言ってよ。」
「本当に呼び方は好きにしてくれて構わないけど、貴方の趣味に付き合うまで面倒はみれないわ。」
「趣味じゃねーよ!・・・・趣味じゃないよ・・・。」
言い直した反論は弱弱しかった。
『そういう趣味を持っている』という答え合わせみたいな反応。
翔は少しこの状況を楽しんでいた。
学校に行くことは嫌いで無かったので、例え普通の学校で無くとも一年ぶりに学校に行くのは楽しみでもあった。
だからこそ気づかなかった。校門に大きな目がいくつも浮き出て二人の背中をジッと見ていたなんて。
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