第9話 最強のライバル

 拓斗の母が来た日の翌日、日曜日の朝。


<拓斗、朝から拓斗はそわそわしてるな。千尋の髪をとかしてくれているけど、心ここにあらずという感じ>


「拓斗、どうしたんですか? 朝から落ち着きがありませんね。え? 今日は箱に入っていてくれですって? どうしてですか? 訳は言えない?」


「そんなー。千尋に隠してることがあるんですか? 駄目です。ちゃんと教えて下さい。すぐに分るですって?」

 拓斗は有無を言わせず千尋を箱に入れて、クローゼットの棚に収めてしまった。


<箱に入っても、すぐ近くに美鈴さんたちがいて、おしゃべり出来ることが分かったから、前ほど怖くないけど……>


「美鈴さん。拓斗、どうしたんでしょう? 美鈴さんにも分からないんですか」


 しばらくして、ドアのチャイムが鳴って、誰かが部屋に入ってくる気配がした。


<また、拓斗のお母さん? だとしたら、ちょっと来過ぎじゃないかな。拓斗はもう、大の大人なんだから。あれ? 拓斗が女の人と話す声が聞こえる! あの声は、お母さんじゃないな。もっと若い声だね>


「美鈴さん。あの声に聞き覚えある? ない。でも、拓斗のガールフレンドじゃないか、ですって? 拓斗に、ガールフレンドがいるの?! いるかもしれないけど、この家に来たのは初めて……」


 他の人形たちも、拓斗のガールフレンドに違いないと、噂し合っている。


<拓斗にガールフレンドがいたなんて。なんだか、楽しそうに話してるな。いい雰囲気みたい。そりゃあ、拓斗はイケメンだし、ガールフレンドがいても、ちっともおかしくはないけど……。でも、ちょっと複雑な心境>


「ねえ、美鈴さん。今いる人が拓斗のガールフレンドだと仮定しますね。そうすると、私たち、どうなっちゃうんだろう? もしも、拓斗がその人と結婚したら? 二人の新居に、私たちを連れて行ってくれるかな?」


「第一、その人がこの部屋に来るから私たちを隠したということは、その人にはまだ、人形集めが趣味だということを言っていないということよね。それが分かった時、ガールフレンドは、何て言うんだろう? それとも、ガールフレンドに知らせないまま、私たちをどこかに……」


「え? 先走りし過ぎ? そうですよね、美鈴さん。私、ちょっと心配性な所があるの」


<でも、拓斗がガールフレンドといい仲になっていったら、千尋や他のお人形に振り向ける時間と情熱は、確実に減っちゃうんじゃないかな? 千尋がどんなに頑張っても、本物の人間には絶対になれないし。なんだか、悲しいな>


 千尋の思いをよそに、拓斗たちの笑い声が盛んに聞こえてくる。


 

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