第8話 人形たちの焼き餅

<真っ暗で狭くて、怖いなー。拓斗のお母さん、早く帰ってくれないかな>


<あ、声が聞こえる。美鈴さんの声だ!>


「美鈴さん? どこにいるの? え? 隣の箱にいるんだね。美鈴さんの声を聞いて、少しほっとしたよ。一人じゃないって分かったから」


<よくは聞き取れないけど、他のお人形さんたちの声もしているみたい。何か、騒いでいる感じ>


「美鈴さん、他のお人形さんたちは、何を騒いでいるの? え? 何ですって? 皆、千尋のことで怒ってるの? なぜ?」


「拓斗が千尋を棚のチェアから降ろして箱に入れようとした時、駄々をこねて止めさせた。お仕置きと言って、ドレスやメイド服をおねだりした。そして何より、夜、拓斗の隣で寝た。それも裸で。どれもこれも、新入りのくせに生意気だ、と言ってるのね?」


「何ですか、それ! みんな千尋に焼きもち焼いてるんじゃないですか? ずいぶん、嫉妬深いのね。美鈴さんはどう思います?」


「すべて、ご主人・拓斗がすることだから受け入れる、ですって? さっすがー! やっぱり、美鈴さんは大人ね。千尋、ますます美鈴さんが好きになっちゃった。今度、二人並べて棚に飾ってもらいましょうよ」


「夜寝る時だって、たまには拓斗の隣を、美鈴さんに譲ってもいいわ。でも、美鈴さん、着ている振袖は、脱ぐことができないんでしょ? え? 全部脱ぐことはできないけど、裾はめくれるの。お股のアレも、ちゃんと彫り込まれているですって! 凄いわね、美鈴さん。ちゃんと、拓斗に見てもらったの?」


「まだ、なの? ダメだよ。ちゃんとアピールして、見てもらわなくちゃ。私たち人形は、ご主人に見られるために生まれてきたんですからね。それにしても、拓斗は20歳過ぎてるのに、そういうことに関心がないのかしら? うーん。拓斗が分からなくなってきた」


「え? 何? 美鈴さん。お母さんがこっちに来る、ですって! 静かにしなくちゃ。皆さんもね。シー」


 拓斗の母親が、クローゼットの引き戸を開けて、中を見ている気配がした。

<拓斗のお母さん、どんな人なのかな。会ってみたいな。でも、拓斗が人形集めを隠しているってことは……。静かにしていた方がよさそうね>


 やがて、拓斗の母は帰っていった。拓斗はすぐに千尋を箱から出して、手に取ってくれた。


「寂しかったよ、怖かったよ。拓斗!」


「拓斗。千尋の頭を撫でてくれるんですね! とっても嬉しいです。本当は、抱きしめてほしいんですけど、そうすると千尋の体が壊れちゃいますね。残念」


<千尋、人間の体が欲しいな。そうすれば、拓斗に力いっぱい抱きしめてもらえるんだけど。でも、千尋は人形。変えられないことは、分かってる。だから、今のままで十分幸せ>


 しかし、もうすぐ最強のライバルが千尋の前に現れることを、千尋はまだ知らない。




 

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