第3話 拓斗の密かな楽しみ・人形集め

 千尋には見えなかったが、どこか下の方で、箱の中の小道具をかき分けるような音がした。すぐに、拓斗の手が近づいてきた。その指はドール用コームを摘まんでいる。

「あ! くしで髪をとかしてくれるんですね! 輸送中、プチプチにくるまれていたせいで、少し髪が乱れちゃいました。嬉しいです! 拓斗って、本当に優しいですね」


 髪が整えられると、千尋の体は再び宙を移動し、それこそ卵を置くように慎重に、そっと座らされた。ドール用チェアの上らしい。

「ここは……、拓斗の机の上ですね」

 チェアは机の前の棚に置かれていて、机に向かう拓斗が顔を上げると、人形が見える仕掛けになっているようだ。机の上を見下ろすと、何冊かの本が乱雑に置かれている。

「何の本ですか? 『遊んでも取れる宅建士』? 『漫画で学ぶFP3級』? 難しそうな本ですね。千尋には、ぜんぜん分からないな」


「あれ? 向かい側に見えるクローゼットの中から声が聞こえます! 誰かいるのかな? それも一人じゃないですね。あの声は……、きっと、千尋みたいな、お人形の声でしょ! ねぇ、拓斗。みんなに会わせて下さい」


「ねぇ、ねぇ。どうして駄目なんですか? 男の人が人形を集めるなんて、恥ずかしい? それって、おかしくないですか? 千尋、人形ですよ。千尋に隠してどうするんですか? ねぇ、中に何人いるの? 12人? そんなに! いえ、笑ってなんかいませんよ。それより、みんなにご挨拶したいです。早く会わせ下さい、拓斗!」


 拓斗は、クローゼットの引き戸を開けた。中には棚があって、箱が並んでいる。

「みんな箱の中なんですか? それじゃあ、ひとりずつでいいから、会いたいな。ねぇ、いいでしょ?」

 拓斗は、棚から順番にひとつずつ箱を持ってきては、中から人形を取り出して、千尋に会わせてくれた。


「こんにちは! きょう来た千尋です。よろしくね。あなたは、市松人形さんですね? お名前は? え、まだお名前がないの?」

<この子、着ている振袖が華やか。赤い地に、色々な花があしらってある。おかっぱ頭も可愛いな。でも、お腹周りがちょっと太いね。拓斗、こういうのが好きなのかな?>


「こんにちは――」

<この子も市松人形ね。この子の振袖も素敵。桜の花模様だけど、裾の方は小豆あずき色と金色で、上の方にいくと赤だ。深緑の帯が、全体を引き締めているね。うーん、黒一色の千尋、衣装では負けちゃうかな。でも、この子も胴回りが太いね>


 市松人形との対面がひととおり済むと、今度は西洋人形だった。

「こんにちは! きょう来た千尋です。よろしくお願いします。あなたは、ビスクドールさんですね? お名前は? リタ。いいお名前ですね」

<やっぱり、西洋人形は目がパッチリとしていて可愛いな。瞳はブルーだね。ブロンドの巻き毛も可愛い。でも、この子。お洋服がちょっと汚れてる。中古品なのね。なら仕方ないけど、ちょっとかわいそうね。新しいお洋服を買って、着せてあげればいいのに>


「こんにちは――」

<あれあれ、この子は首がグラグラしてる。古くて、中の引きゴムが弱ってるのね。お洋服にも染みが一杯。早く修理してあげればいいのに>

「ねぇ、拓斗。この子、なんだか可愛そうですよ。修理してあげたらどうすか。え? どうしたらいいか分からない? 拓斗はみんなのご主人なんでしょ? しっかりして下さい>


 西洋人形との対面がひととおり済むと、拓斗は少し恥ずかしそうに、一体の人形を出してきた。千尋には、見慣れない人形だ。

<誰なの? この子。ずいぶん胸が張って、苦しそうね>


 



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