第2話 千尋の生い立ち
「せっかくですから、千尋を創ってくれたママのことを、少し話してもいいですか?」
「ありがとうございます。そうやって頷いてくれる拓斗の笑顔、素敵ですね。え? 笑顔はこの部屋にいる時だけなんですか? 会社じゃ、いつも暗い顔……。会社、大変なんですね。では、せめてこの部屋にいる時だけは、拓斗がいつも笑顔でいられるよう、千尋、頑張る!」
「ママは、ノンプロですけど、人形作りには、一切妥協しない人なんです。だから、完璧に作れないと、壊しちゃったりしましたよ、何回も」
「それに、4歳の子持ちのシングルマザーなんです。その年頃の子供って、一番手が掛かるみたいですね。勤めを終えてから保育園に迎えに行き、世話をして寝かしつけた後だから、創作に取り掛かるのはいつも夜更け、という毎日でした」
「何回もやり直して、やがて体のパーツが揃いました。でも連結はされてなくて、バラバラのまま、木箱に入れられていましたね」
「ママが一番心血を注いでいたのは、やはり顔でした。ハーフに見えるかもしれませんが、ママは千尋を日本人として作りました。だから、黒髪でしょ? あ、これは
「苦労した甲斐があって、千尋の顔の出来栄えに、ママはとても満足していました。鏡で千尋にも見せてくれて、『千尋はどの人形よりも、いえ、世界の誰よりも美しいよ』と言ってくれたんです。自分では、千尋はちょっと悲しそうな表情をしていると思いました。でも、ママの言葉を聞いて自信が持てました」
「目はもちろんグラス・アイですけど、拓斗の顔はちゃんと見えてますよ。千尋を見つめてくれている拓斗の目はキラキラ輝いていて、とても綺麗ですね!」
「千尋の完成には、ほぼ4か月かかりましたよ。ママはだいぶ苦労していたようです」
「その思いは、千尋という名前に込められています。千尋というのは元々、『海が深い』という意味なんです。ママは、海に潜って、すごく苦しい思いをして、深い深い海底で輝く宝物を見つけ出した。そして、やっとの思いで持ち帰ってきた、というような気持ちだったのでしょう。ですから、千尋も自分の名前が大好きです」
「ノンプロとはいえ、ママは人形作家ですから、完成した作品はネットオークションに出品します。でも、千尋のオークションでは、アクシデントがありました。落札した人が、一方的にキャンセルしてきたんです。どういう事情があったのか、千尋は知りません。ママは、見ていて可愛そうなくらい、落ち込んでました」
「けれど、気を取り直して、再び出品したんです。それで落札したのが、拓斗というわけです。ママから聞きましたが、オークション終了時刻間際に、デッドヒートが繰り広げられたみたいですね。拓斗、だいぶ無理したんじゃないですか?」
「そう! 当分昼ごはんは牛丼並盛ですか。しばらく、オークションは止めましょうね。でも、拓斗が無理してでも千尋を落札してくれたから、千尋は幸せ者です!」
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