球体関節人形の千尋(ちひろ)さん

あそうぎ零(阿僧祇 零)

第1話 千尋がやって来た!

 ダンボール箱のフタの部分をカッターナイフで切る音に続いて、フタを開け、緩衝材のプチプチを取り除ける音がした。


<やっと、暗くて狭い箱から出られる! 怖かったー>


 千尋ちひろの体の下に、ゆっくりと慎重に手が差し入れられて、千尋の体はフワリと宙に浮かんだ。


「初めまして! 千尋です」

 千尋は、箱の中で味わった恐怖を振り払うかのように、明るくハキハキとした声で語りかけた。

「あなたは、拓斗たくとさんですね? お名前は、ママから聞いてきました。よろしくお願いします!」


 拓斗がかすかに頷いたから、千尋の声は拓斗に届いているらしい。

「笑顔で千尋を見つめてくれて、とっても嬉しい! だって、私達人形は、見つめられたりでられたりするために、生まれてきたんですから。それに拓斗さん、ちゃんと白い木綿もめんの手袋をしてくれてますね。触り方も、とっても優しくてナイス!」


 千尋は、身長が50cmくらいの創作球体関節人形だ。新品でネットオークションに出品され、落札した拓斗のもとに今届いた。

「どんな人に引き取られるのだろうと、ちょっと心配だったけど、拓斗さんは優しい人みたいだから良かったです!」


 すると、拓斗が手の上で、千尋を横向きにしたり後ろ向きにしたりして、何やら点検し始めた。

「そうそう。輸送中に破損した部分がないか、よく調べた方がいいですよ。ママはとても親切な人で、輸送中に破損していたら、無料で補修するそうですから。千尋の体は、石塑せきそ粘土というもので作られています。石塑粘土は、加工しやすいけど、とてももろいんです」


 拓斗が千尋の細くて小さな手を取って、しげしげと眺めている。

「指が長くて細いでしょ? 形はいいんだけど、とても壊れやすいから気をつけて下さいね」


「この、ゴスロリ風の黒いワンピース、千尋に似合いますか? 既製品なんですけどね」


 拓斗はふんわりと広がった裾をめくって、足を点検している。

「足が長いでしょ? ママはノンプロの人形作家ですけど、細身体形の人形が好きなんです。でも、服を脱がされたら嫌だな。だって、千尋の体、ガリガリなんですもの。胸も小さいし……」


「千尋の裸の写真、ネットの紹介ページに載っていたでしょ? 母が私を裸にして、写真を撮ってたから……」

 

 しかし、拓斗は千尋の服を脱がせることはなく、また正面を向かせて千尋にささやいた。

「『ようこそ、千尋!』と言ってくれたんですね。とっても嬉しい! 拓斗さんの……、え? これからは拓斗と呼んでいいんですか? はい! 拓斗の家に来られて、千尋は幸せです。ずっーとそばに置いて、可愛かわいがって下さいね!」

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