第四話 テンセイシャ

 「?」


 銀司ぎんじが聞き返すと、坊主頭の男はニヤッと笑い、ズボンのポケットに手を突っ込んで四角の手のひらに収まるサイズの箱を取り、なかから煙草たばこを一本出して口に咥えた。右手の人差し指と中指を立て、指先を煙草の先端に当てた。ジリッという微かな音がすると、煙草から指を離した。なんと煙草に火が付いていたのだ。

 男は水煙草のような大量の煙を吐き出した後、話を続けた。


 「そうだ転生者だ。元いた世界から転生してこの世界に来たんだ」


 転生者?転生者って……


 アニメやマンガでよく耳にした言葉でも、いざ自分の身に降りかかってくると、知らない言葉に聞こえる(そもそもこの世界では言語が違うから正確には違う言葉だが)。

 たとえ、真剣な顔で言われても、ファンタジーすぎないか?と疑うだろうが、いまの銀司にはそのファンタジーの加減が丁度しっくりきた。信じるに値する状況がすでに創り出されていたのだ。


 ……だが、受け入れられない葛藤と、何故東京という場所を知っているのか、そして、それを聞いて転生者と断言することができたのか。銀司の頭に幾らか疑問が浮かんだ。


 「ほ、他にも……ほかにも転生してきた人がいるんですか?」


「そうだな、お前以外にも転生者は存在する」


 男はそう断言した。銀司は何も見えない真っ暗な空間の先に道が開けたような気がした。自分の他にも同じような境遇の人間がいるらしい。胸に溜まった泥の塊が崩れ落ちてゆく解放感があった。一人ではないということ。それだけで、どれだけ安心できるのか。どうやらこの絶望には孤独が大きく原因していたらしい。


 「本当ですか!良かった。俺も他の転生者に会えれば……」


 「無駄だ」


 「え?」


 「無駄だぞ。会ってどうすんだ」


 男はまるで当然だと言わんばかりの表情できっぱりと断った。


 「そりゃ、元の世界に戻る方法を聞いたり……」


 「この世界にやってきた転生者が元の世界に戻った話なんてきいたことがない」


 「そんな……」


 「戻り方がまだ分からないからだろうな。それとも、この世界の方が居心地がいいとか」


 「……でも実際に会ってみないと分かりませんし、何か知ってるかもしれません」


 「転生者は何人か知ってるが、すぐに会えるような奴じゃない。それに会ったところで、今お前にとって得することなど一つもない」


 「会えるような奴じゃないって……」


 「とにかく期待はしない方が良い。こまかい話しは後だ。今は自分の体を回復させることを考えろ」


 この男は、他にいるであろう転生者に対して明らかな拒否反応を示した。一体、他の転生者はどこで何をしているのか。銀司の中で開きかけた扉が、再び閉じてしまうような気がした。


 「生きたいのなら、お前はこの世界に適用しなければいけない。それが先だ」


 「……」


 「気になることもあると思うが、今は、自分を現状を理解しろ」


 銀司は何秒感か黙った後、場所の名前を尋ねた。


 「王都サヴィーロだ」


 「サヴィーロ?王都?」


 当たり前だが、はじめて聞いた名前だった。王都だということは、日本と違いここには王様がいるようだ。


 「しばらくの間、預かってやるから、体が動くように直せ」


 銀司は納得がいかなかったが、命を救ってもらい、今度は治療もまで受けさせてもらえる。銀司にとっては彼の言うことにしたがうほかなかった。聴きたいことは山ほどあるが、とりあえずはお礼も込めて、言うことを聞いた方が良いと銀司は思った。


 「お前、名前はなんていう?」


 「沢村銀司サワムラギンジです」


 「サワムラギンジか」


 おい、と言ってナースの女と金髪の青年に命じるように言った。


 「アリーナは引き続き何かあれば手当してやれ、バレットも色々サポートしてやれ。大切なお客だ」


 「「了解」」


 男の指示にナース服の女と金髪の青年が答えた。


 「何かあれば言ってね」


 とナース姿の女に耳元でささやかれた。


 「まだ身体へのダメージが多い、ゆっくり休め」


 坊主頭の男はそう言い残し、部屋を出て行った。あとに続けて3人も部屋を出て行った。その際に、銀司は金髪の青年と一瞬だけ目があった。


 ドタンと扉が閉まる音と共に、銀司は部屋に一人になった。

 銀司は一つため息をついた。何も音のしない空間でそれはやけに大きく聞こえた。

 この部屋に一人でいることへの孤独以上に、世界規模での孤独をいま味わっているのだ。状況を理解しようと、頭だけが回転するが、感情が付いてきていない感じがする。何を言おうが異世界に来てしまったのだ。


 ぬぐえぬ恐怖のなか、銀司はそれからすぐに、ぐっすりと寝てしまった。ボロボロの身体からもいまは休めと言われたような気がした。日本では、ここ最近満足に睡眠はとれていなかったのか、久しぶりの快眠だった。


 銀司は男の言う通り数日の間、ベッドに横になっていた。決して、好きで寝ていた訳ではない。本当に体が動かなかったのだ。

 1日に2回、腹が減る時間にナース服のリアーナが食事を持ってきてくれた。田舎風いなかふうの硬いパンに、細かく切った野菜や肉の入ったスープ。そして、酸味が強い果実が運ばれてきた。食べ物は幸いにも口に合わないことはなかったが、どれも淡白な味で、現代人の銀司は物足りなかった。パンに合わせるバターやジャムなどはなく、パンだけでは物足らない銀司はパンをスープに浸すことで、それを誤魔化していた。


 居候いそうろうの身である銀司に、毎日これだけの食事が出るということは、文明の発達速度の違いはあれど、異世界もある程度、豊かなところなのだろうと、銀司は想像してみた。


 そして、毎日、金髪の青年が様子を見に訪れた。名前はバレットだと紹介された。定期的な安否の確認も兼ねてのことだろうが、彼なりの気遣いもあるようにみえる。

 会話は特にしなかった。扉から顔をみせて、そっと閉めるだけのときもあった。


 彼等以外に部屋を訪ねてくる者はいなかったが、銀司は常にできるだけ毛布を深くかぶり、外の世界をシャットダウンした。

 言葉が理解できる不思議。この不自然さに銀司は慣れずにいた。

 助けてもらったものの、絶望のふちに立ち尽くしている気分は変わらなかった。銀司はこの世界の事をまだ何も知らないのだ。


 ただ、少しの希望もあった。坊主頭の男が最後に言った「大切なお客だ」という短い言葉が銀司を安心さていた。彼らが何者かも分からないが、邪気に扱われていないだけ良いと思うようにした。


 いつからか、バレットの来訪が数日間途絶えた時間があった。

 ある時、部屋の外が急に騒がしくなると、扉が音を立てて勢いよく開くと、数人の男が騒がしく流れ込んできた。そのうちの一人が血まみれになった怪我人を背負って、ベッドに寝かした。寝かされた男は大変な怪我を負っているようだった。それからまたひとり、怪我人が担ぎ込まれてきた。負傷者は二人だった。

 一人は右腕のひじから先が吹っ飛んでいた。もう一人は顔の左側にひどい火傷やけどを負っているようだった。

 ほどなくして、応急措置の箱や透明の液体の入った中ビンをアリーナが持って部屋に入って来た。


 「回復薬は飲ませたの!?」


 「はい、だけど受けた傷がなかなかふさがりません」


 「分かった、じゃあ鎮痛薬ちんつうざいと回復力向上の薬が欲しい。直接、体に打ち込むから、注射器も持ってきて」


 アリーナは怪我人の容態ようだいを見るなり、周りの男たち手早く指示を出した。怪我人を運んできた男たちの服にも血が赤く染みていて、所々に擦り傷を負っていた。

 突然の出来事に銀司の体は恐怖で支配された。

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