第三話 拾われた青年
……ン?……苦しい。体の上に何かが乗っかっているような圧迫感。特に胸の方に何か柔らかいものを押しつけられているように感じる。その圧力に耐えきれず
「あ、起きた!」
と、顔のすぐ近くから、わんぱくな声が聞こえた。ぼんやりとした視界に誰かの顔と、その下に何か大きなものが映った。銀司は目をパチクリして視界をはっきりさせると、それは銀司を覗き込む女の顔と、その女の大きな谷間だった。
……!?
銀司はベッドに寝かせられ、その上に胸の大きな女が覆いかぶさるようにして、体を重ねていたのだった。銀司の胸元に胸を乗せて、笑顔で覗き込むように銀司の顔を見ている。銀司は驚きのあまり大きな声が出そうになったが、その女は銀司の胸元に乗っているせいで満足に声が出なかった。
女は顔を興味津々に見てくる。
「どう?大丈夫?」
と、尋ねられたが、銀司には状況を
見たことがないほど巨乳の女の顔は、銀司より年上のお姉さんという感じだったが、その雰囲気はグラマラスな若い魔女という感じだった。グラデーションの効いた桃色のボブカットの髪から良い匂いがふんわり香ってくる。
女は手を伸ばして、銀司の額に手を当ててから、次に手を頬に移して銀司の顔を
「どう?話せる?」
女が尋ねる。
「あの……こr」
「うん!大丈夫そうだね。ちょっと待ってて、若を呼んでくるから」
銀司が答える間もなく言葉を遮ったと思えば、すぐに起き上がって、扉から部屋を出て行ってしまった。全身を見て分かったが、女は薄いピンク色のナース服を着ていた。
銀司が寝かせられているのは、自分がいるベッドと合わせて6つのベッドが並べられている病室のような部屋だった。白が濁ったようなアイボリー色の壁は所々に塗装が剥がれ落ちて、中身の石がむき出しになっている。病院の様だが、特に医療器具らしきものは見当たらず、銀司のベッドの横にはテーブルとその上に透明の液体が入ったガラスの瓶があるだけだった。
彼女が話していた言葉も、明らかに日本語ではなかった。しかし、それをあたかも母国語のように自然と理解し、まさに、いま使っていたのだ。それが銀司には不思議でたまらなかった。
何故こんな所にいるのか、冷静になれない脳みそを必死に動かして記憶を
歩道橋の上で謎の光に包まれたあと、知らない街に迷い込み、自分の知らない言語を話した。怖くなってその場から逃げると、いつの間にか森の中に入っていた。
森ではオオカミのような
信じられないことに銀司のいるこの場所は日本ではなく、世界中に知られていない秘境でもなく、地球上でさえない、別の世界であると、本能がそう勘づいていた。
この現象が一体何なのか理論的に説明できないが、見たこともない人々に見たこともない街、見たこともない
部屋の外から、複数名がこの部屋に近づいて来るのが足音でわかった。
部屋の扉のドアが開き現れたのは、スーツ姿のガタイの良い
銀司は後に入って来た二人に、見覚えがあることを不審がっていたが、金髪の青年の声を聴いて、金髪の青年が猛獣を倒したことをすぐに思い出した。そして背の低い爺さんは、記憶が途切れる前に何か話した覚えがある。
金髪の青年は改めて近くで見ると、思っていたよりもずっと若く、銀司と大体同世代くらい思えた。背中に大きな刀を背負い、
坊主頭の男が銀司のベッドに近づいて、やっと起きたか、と銀司を見下ろすように言った。
体格が非常に良いのだろう。肩回りと腕、さらに胸の辺りは特にスーツの生地の張り具合が
男が正面に立つと、銀司は彼の雰囲気に圧倒された。これまで人生で出会ったこともないほど凄まじい威圧感を放っている。銀司は寝ているままでは失礼になると思い、半身を起こそうとすると後ろからナース姿の女が出てきて体を支えてくれた。礼儀知らずでは殺されてしまうような気がしたのだ。
「俺の言葉は分かるか?」
男の言葉に銀司は無言でうなずいた。この現実から目を背けるために言葉は通じて欲しくなかったが、十分に彼の言葉が分かってしまう。
「ウルフに襲われていたらしいな」
銀司はウルフ?と頭にはてなマークが付いたが、すぐに理解した。どうやら、襲ってきた動物はウルフと言うらしい。銀司は声にならないような声で、はい、とだけ反応した。獣に襲われたのは夢ではなかったと答え合わせをしている気分だった。
「ここがどこだか分かるか」
「……いえ」
銀司は首を振って答えた。
「我々の事務所だ」
「事務所?」
「後ろにいる二人がお前を拾ってきたんだ」
「助けていただき、ありがとうござい……ます」
銀司は後ろで立っている、金髪の青年と老いた爺さんに礼を言った。それに金髪の青年は笑顔を返した。
「襲われる前はどこにいたんだ?」
坊主頭の男が再び銀司に尋ねた。
銀司は再び分からない、という顔をした。
「お前はどこの者だ?国外から逃げてきたのか?」
「気づいたらこの世界に居ました」
「この世界?」
男は眉を寄せた。
「はい、周りが眩しくなったと思ったら、知らない街の中にいて……」
「正気か?」
「……はい。ですが自分でもよくわからなくて。空間が急に変わったような感じがして」
「空間が変わる……か。変わる前はどこにいた」
「と、東京です」
「トウキョウ……」
男は意味ありげに呟くと振り向いて後ろにいる背の低い老人と目を合わせた。
この者たちが、東京について知っているのか知らないのか、銀司にとってそれは大きな問題だ。もし、ないのならここは日本でも地球でもないことにもつながる。
「あの……ここは一体?」
銀司は尋ねた。男の顔を見ようと試みたが、強い眼つきに耐え切れず、すぐに目線を下げてしまった。
「そうだな、少なくともお前が住んでいた世界とは別の場所だな」
何かを理解しているかのように男は言った。この男にも、別の世界があるという認識があるのか。
「トウキョウ、と言ったな」
「知ってるんですか?」
銀司は顔を上げる。
「聞いたことがある程度だ。ただ、お前の事情は少しだけ理解した」
「……?」
「お前はこの世界に転生してきた転生者だってことだ」
「テンセイシャ?」
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