第十二話 追われる少女
路地に積まれた木箱の間で、隠れるようにして
すぐに大通りへと続くが、ここは裏道で人目につかないため、か弱い少女をこのままにしては危ない。近くには
すると、銀司の後ろから人が歩いてくるのが気配でわかった。銀司は咄嗟に少女を隠すように前に立ち、積まれた箱に寄りかかった。
背後から歩いてきたのは、茶髪の冒険者らしき若い男だった。酔っているのか足取りは少しふらついている。銀司は男が通りすぎるまで平然を装う。心臓がバクバクと音を立てる。男はチラッと銀司を見たが、そのまま何事もないように行ってしまった。少女のことは気づいていない様子だった。
やはり治安の悪い路地に一人の少女がいるのは好ましくない。銀司は勇気を出して声をかけた。
「危ないですよ。こんなところに居たら」
しかし、話しかけても反応がない。
……無視されたのか、聞こえなかったのか?
一呼吸置いてから、もう一度話しかけてみる。今度は声を少し大きくしてみた。
「あの、大丈夫ですか?」
少女は
「何かお困りで?」銀司が尋ねた。
「……なんでもありません。ほっといてください」
「いや、それはできないよ」
「……」
「こんな所に居ると危ないぞ」
「そう言って、私をさらいに来たんでしょう?」
「他の人にさらわれるよりは俺にさらわれた方がマシかな」
「……優しさで言ってるなら尚更やめてください。私と関わるとロクなことないから」
「え?なんで?」
「なんで?って。大丈夫です。あなたの人生をこんなことで壊したくない」
随分大げさなことを言う少女だと銀司は思った。しかし、その大げさ加減も、そもそも異世界にいることが大げさな出来事である銀司にとってはどうでもよかった。
「それは大丈夫。もうとっくに壊れてるから」
「……自分のことをそう簡単に
「なら、自分の身も
少女は銀司の言葉に黙ってしまった。すると、少女はいきなり、木箱の隙間から身を出して、銀司の前に立った。そして、少女ははっきりと銀司に顔を上げた。
少女の顔は泥だらけだが、北欧風の可愛らしい気品のある少女だった。背は銀司の肩ぐらいまでしかなく、顔にはまだ幼さが残っていた。
スラム街で色々な人間を見ているからか、路地でうずくまっていても、街を
「私の顔を何か思いませんか?」症状は銀司んお顔を覗き込んできた。
「いや、別に……」
銀司の返答に彼女は驚いた表情を見せた。そして、数秒間、悩んでいるような素振りをした後、納得して何か心に決めたような顔をした。そして、彼女はしっかりと銀司の顔を見た。
「実は、私を助けてほしいのです」
少女の態度が変わった。
「だから、それをさっきから……」
銀司がさっきからそう言ってるのに対して、少女の自分中心的な態度に少しイラッとしたが、助けてほしいのなら助けるに越したことはない。
「ある人たちから見つからないように私を守ってほしいのです」
「誰から?」
と言う銀司のセリフをかき消すように、表通りの騒がしい
腕を掴まれながら、銀司は少女に訊いた。
「誰かに追われてんのか?」
「まぁそんなところです」
「誰に?」
「……それはまだ教えられません」
「いや、聞かないと防ぎようがないって」
「……」
銀司の疑問は避わされる。
路地を奥へ奥へと進んでいると、道の向こう側から大人数人の話し声が聞こえた。姿が見えると、彼らは制服を着て警棒のようなものを身につけていた。
それを見た少女は
「すみません。こっちです」
と、路地を引き返して、枝分かれした別の道に進んだ。
「おい、どういうことだ、あれは王宮か何かの警備隊じゃないのか」
少女はまたしても銀司の質問をスルーする。
路地を進むと、同じ制服を着た、また別の者たちが前から歩いてくるのが分かった。
それを見た少女は立ち止まると、行き場を失ったかのようなに絶望した表情をしていた。
「こっちだ」
銀司は少女の手を引っ張って、建物の狭い間に入った。そして、羽織っていた黒いマントを少女に被せた。しゃがむよう促すと少女は大人しくしゃがんだ。
銀司はポケットから煙草を取り出して、退屈そうなフリをして立った。
銀司たちの前を制服を着た者たちが通る。少し通り過ぎたところで、制服を着た男が銀司に話しかけて来た。
「ここら辺で白いワンピースを着た一人でいる少女を見ませんでしたか?」
「見てないですね、人探しですか?」
「ええ、まぁそんなところです」
「そうですか、知らないですね」
「わかりました。どうも」
制服を着た男は、銀司に会釈してから、離れていった。銀司は路地をキョロキョロして、制服が見えなくなったのを確認すると少女に「出てきていいぞ」と伝えた。
少女はクイっとマントから顔を出した。
「あの、ありがとうございます」
「どういうことだ。あの制服は王宮の警備隊だろ」
「……ええ、まぁ」
「警備隊から逃げるなんて聞いてねぇ」
「でもさっきは、こうして守ってくれたじゃないですか」
「アレは、不可抗力と言うか、咄嗟と言うか……」
「ありがとうございます。人助けだと思って」
「人助けする善意は、前世に置いてきたつもりだったんだが」
「前世?」
「まぁいい。気にするな」
「では、
「俺だって、忙しいんだ。もう少しで戻らなくちゃいけない」
「では、急ぎましょう」
「……ったく、変なことに巻き込まれちまった」
少女を助けなければ良かったと銀司は少し後悔した。王宮といえば王都の権力の中心地であり絶対的な存在である。その警備隊ともなれば、街の警察よりも市民に対して執行権があり、捕まってしまえば、牢屋に閉じ込められるだけでは済まされない、秩序の象徴のような存在だ。この少女が何者なのか、何をしてしまったのか、事情は知らないが、王宮内で良くないことが起きているのは確かだった。
王宮の警備隊から逃げるとは、相当危険な綱渡りであることを意味している。
「目的の場所はどこなんだ?」
「王宮前警察署の近くです」
「……出頭か?」
「違います。とにかく行きます。時間が経てば経つほど動きづらくなりますから」
路地に歩みを進めようとした少女だったが、銀司は大通りを通ることを提案した。
「表通りの方が警備隊の数は多いだろうが、マントを被って人混みに紛れた方がバレにくいはずだ」
「……分かりました」
少女は不安そうに答えた。少女にとっては、警備隊の制服を見ただけで安心できないのだろう。
「心配するな。もし見つかったとしても、大通りなら相手を巻きやすい」
二人は大通りに出た。人で相変わらずにぎわっており、制服を着た警備隊をチラホラ見かけるが、通行人も気になっているようでジロジロと警備隊を目で追っていた。
少女には銀司の黒いマントをかぶせ、顔と白のワンピースが外から見えないように隠して、歩いた。なるべく警備隊と距離を取って歩いたが、気づかれた様子はなかった。二人は大通りの向こうに見える王宮と周りを囲う塀を目指した。
銀司も緊張していたせいか、どのくらい間、歩いたのか気にしていないが、体感として結構直ぐに警察署の大きな建物が見えてきた。
すると少女が小声で銀司に話しかけてきた。
「あそこの角を曲がって、裏道に入ってください」
銀司は周りを見渡して警戒しながら、大通りを横切って建物の角へ入っていった。
「ここら辺は、警察署前ですから、警備隊は余りいないはずです」
と、裏道に入ると少し安心したような声で少女が言った。
「あと少しです。付いてきてください」
少女に言われるまま、銀司は付いてゆく。
「ここです」
少女が指したのは、とある普通の一軒家だった。周りの建物との違いは、庭があることくらいで、一軒家も多いこの地区では特段目立ったものではなかった。
「ここまでくれば安心です」
少女が建物のドアをノックをしようとしたとき、後ろから銀司が声をかけた。
「俺はここで失礼するよ」
「あの、せめてものお礼を……」
少女は自分の腕にはめたブレスレッドを外そうとした。そのブレスレットはシルバーのチェーンに青色や赤色などをちりばめた綺麗なものだった。
「いや、そういうのは受け取らないでおく」
「え……でも」
「いや、そのほうがいい。俺もあまり深くは関わりたくないからね」
「そうですか……確かにその方が」
「あと、……俺らが今日会ったことも忘れることだな。俺も、表舞台で目立ってはいけない人間なのでね」
「確かに……その方が悪いお兄さんのためなのかもしれません」
「悪いお兄さんだって?」
少女はいたずらな笑顔を浮かべた。
「これ、ありがとうございました」と少女は黒いマントを脱いで銀司に返した。
「ああ、捕まんなよ」と、言って受け取った。銀司はマントを貸していたことをすかり忘れていた。
「はい」
と、返事した少女の顔は、今日出会ったばかりの人には見せないような、とても素直で決意に満ちた表情だった。銀司は思わず、「おう」とだけ声を漏らした。
少女が家に入るのを確認したあと、銀司はバレットの待つ武器屋へ急いで向かった。
少女が何者なのか、今の銀司には分からない。ただ、この出会いが銀司の未来を大きく変えることになるのだ。
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