第十話 能力者と異世界
事務所の階段を上がり終えると階段の先には重々しい扉がピタリと閉じられ、警備の部下が
扉の前まで来ると、部下が扉をゆっくりと開けた。部屋の中からは重厚感のあるカーペットの香りがした。
部屋は元の世界にもありそうな綺麗な
部屋の
「失礼します」
銀司が断ってから中に入ると、モーガンは銀司に顔を向けた。
「来たか。そこに座れ」
モーガンに
「どうだ、こっちでの生活は?」
モーガンは吸っていた葉巻を灰皿に置いた。
「はい、おかげさまで、何とか生きていられています」
「ハハッ、生きていられる、か」
「知らないことばかりですが、バレットには色々と助けられました」
バレットは黙ったままだったが、隣で嬉しそうな反応を示した。
「そうか……。ギンジと言ったな。今日はお前の今後について話したい」
「……はい」
「お前にまだ大事なことを伝えていなかった。転生者についてだ」
モーガンの眼つきが微かに変わったのを銀司は感じた。しっかり訊けとでも言われているようだった。銀司は身構えざる得なかった。
なんといっても、銀司に対する主権は今モーガンにある。銀司の未来を決めるにあたって、銀司の希望など一切関係のない。それを銀司は昨日の出来事で悟っていた。力の差が余りにも違い過ぎるからだ。
「他の転生者の存在を知っていると
あの日、バレットやヴォネ爺に助けられて、ここに運ばれてきた時に交わした転生者の話はパニックになりながらも覚えている。
「前にも話した通り、お前の他にも転生者はいる。俺の把握しているのは数人程度だ。だが世界は広い。他にもっといてもおかしくない」
「でも、会えないとおっしゃっていましたよね?」
「ああ、言ったな」
「一体、どういうことですか?」
「この話を理解するには、
一つ呼吸を置いてモーガンは続けた。
話は以下のとおりだった———。
「社会の裏事情にも通じているはずのバレットも知らない通り、一般的にはもちろん、新聞屋や権力者の間でも転生者の存在は殆ど知られていない。だが、それは、単純に存在感が薄いとかそういう訳ではなく、意図的に存在を隠されているからだ。実際に、転生者は世界で大きな影響力を持っている。転生者の力が無ければ社会が成り立たないくらいにな」
モーガンの言葉に初耳だ、という顔のバレット。
「転生者の存在を知るのは一部の上級権力者だ。権力者たちは転生者の存在が広まることで起こりうる混乱を恐れ、
「転生者は戦闘能力が高く、あと、(銀司は)分かると思うが、どうやら向こうの世界のほうが文明が進んでいるらしい。だから、俺らと比べて近未来的な技術の知識が異常だ。権力者はこの世界の文明を発達させるために、転生者を利用した。王都では、技術や知識に
「転生者をめぐる情勢はとにかく昔からぐちゃぐちゃだ。転生者と権力の結び付きは利益も生むが対立も生む。いつしか、お互いがお互いを利用し、敵視もするようになった。そして、それは今でも続いている。だから、同じ転生者だからといって、全員が味方とは限らない」
「権力者は転生者を操って動かしたり、転生者は同じ転生者を使ったりと、まぁ色々な
「お前が転生者だと目を付けられれば、権力側からも転生者側からも利用されるのがオチってわけだ」
ここで銀司が思わず尋ねた。
「転生者同士で対立しているってことですか?」
「ああ、実際に大きな争いも起きている」
「転生者同士の争い?そんなのきいたことねぇ」
バレットは驚きを口にした。
「決して表には出ない争いだからな。俺にも詳しくは耳に入ってこない。ただ、王都に限らず世界中で起きている争いに転生者が密かに関わっていることは間違いない」
「そんな……」
銀司は、異世界にも転生者がいると知ったときから、転生者同士で手を取り合って生活しているとばかり思っていた分、ショックが大きかった。
しかし、モーガンの話からは、銀司が想像していたよりも転生者の数が多いようで安心している自分もいた。現代よりも科学技術の発展が遅れている異世界に現代人が来てしまえば、現代人が活躍するのは簡単に想像できる。異世界に取って影響が大きいのも無理もない話である。
「ダンジョンに伝わる神話に、異世界人が来る話は幾つか存在するんだがな、おとぎ話みたく鵜呑みにする奴なんていない。長年冒険者をやってるヴォネ爺でしかし、これは決して、陰謀論でも都市伝説でも何でもない」
「なんで若はこの話を知ってんだ」
「昔からの知り合いに転生者がいてな、今そいつは俺でも簡単に手が出せないところまで取り入ってしまった」
モーガンは少し悲しそうな顔をした。
「恐らくスラム街で転生者の存在を知っているのは、俺とヴォネ爺くらいだろう」
「やっぱりヴォネ爺も知ってたのか」
バレットはヴォネ爺のほうをむいて言った。
「まぁ、昔、ダンジョンで何回か手合わせしたことあるくらいだ」
「俺の知っている限り転生者にはある特殊スキルが付与されていて、その力は強大だ。この世界で生まれ育った者とは圧倒的な差がある。ダンジョンが盛んなこの国で、いや、世界中で戦力として非常に重宝されているだろう」
「では、俺にもその……特殊スキルがあると言うことですか?」
銀司は転生者だが、特殊スキルと言う言葉にピンと来ていない。
「そのことなんだが、お前にはその
「……スキルがない?」
「ああ。他の転生者を細かく調べたことはないが、転生者と少し交えば、特殊スキルの
そうキッパリと言われると、期待した分、元々何も持たない者が感じるはずのない喪失感がある。
「ステータス表を開けるか?」
ヴォネ爺が銀司に尋ねた。
「ステータス表?」
銀司は困惑した顔をすると、モーガンはバレットに自身のステータスを出すように言った。そう言われたバレットは、空間に手先でタッチパネルを触るように動かした。すると、そこには文字列が並んだ表が浮かび上がってきた。
ヴォネ爺が説明した。
「これには自分の能力値やスキルが書かれている。たとえば、特殊スキルを持っていればそれが表示される。他人からは見えないようになっているが、本人にとっては成長しただけ、それを
「どうだ、出せるか?」
ヴォネ爺に言われた銀司は
「これは……」
銀司は自分のステータス表の数字を眺めた。パワー、スピード、フィジカル、体力、戦術、身体能力、魔力量、など基本となる能力値の下に、スキルなどの欄がある。しかし、銀司の表には何も書かれていない。手の動きでステータス表を
魔力量って魔法とか出すときに必要なやつか!と一人で感心したのもつかの間、銀司にとって重要な特殊能力に関する記述は皆無だ。
「持っているなら、基礎能力値の下の枠に特殊スキルが書かれているはずだが、どうだ、ヴォネ爺」
「特殊スキルを持たない転生者は初めてだ。ワタシの目からも全く確認できん」
ヴォネ爺が銀司の手元をじっくり見ながら言った。他人のステータス欄を見ることができるヴォネ爺には、はっきり見えているらしい。
「ヴォネ爺でも特殊スキルが見れないとなると、どうやら本当に特殊スキルがないのかもな。それか、隠された能力なのか……」
モーガンが腕を組んで考えている。
「僕は一体どうなるんですか?」
銀司はたまらずヴォネ爺に聞いた。
「特殊スキルというのは普通は持てるものではない特別なスキルだ。別に持っていなくても、死ぬ訳じゃない。ただ……
どのくらいが低いのか高いのか銀司には分からないが、確かに数値は自分でも低いと思う。ヴォネ爺の言葉が刺さる。
「マジ……すか?」
「大抵、転生者は冒険者として転生してくるから戦闘能力も高いが、お前はどれも低い」
「そんな……」
数ページあるステータス表をあれこれ
「特殊スキル以前に能力がこれじゃあ、この世界で平穏に暮らすことも難しいかもしれないな」
と、モーガンが情けを掛けるように言った。銀司は絶望の淵に堕ちた気分だった。正しくは、これから先がないことが決まってしまったよだうな気がした。
「俺はどうすれば……」
するとモーガンは銀司の眼をしっかりと見据えてこう言った。
「そこでお前はファミリーに加われ」
「俺がファミリーに……ですか?」
「ああ」
「……さっき能力がないと言われたばかりだし」
「お前の存在は転生者の中でも異質な可能性が高い。尚更、お前の存在を知らせるわけにはいかない。それにファミリーの仕事も、別に戦闘が全てではない。もちろん戦闘に出てもらうかもしれないが、その時は、バレットに付いていてもらうし大丈夫だろう」
銀司の横でバレットは、何故か少し嬉しそうだった。
「俺らがお前を守るだけなど甘っちょろいことは言わん。お前も正式にファミリーに入って活動するんだ」
「その、ファミリーに入って俺は何をすれば?」
「仕事は沢山ある。これまでと同じように、この世界に慣れるまで時間をやる。能力を持たない今のお前は慎重にならなけれいけない時だ。だからここで好機を待つんだ」
不安とは裏腹に、冷静になれば、銀司にとっては嬉しい提案なのかもしれない。捨てられてもおかしくはないと思っていたが、案外求められていることを知り、心のどこかで嬉しくなってしまったのだ。
銀司はマフィアの一員になるという、現実の世界では考えられない
「……分かりました」
これは銀司にとって人生で最も重要な決断であっただろう。本人にとってはそんなこととは知らず、ただ生き残るためだけに選んだ、非常に簡単な決断だった。
「では迎え入れるとしよう。名前はどうしようか、銀司のままか」
「名前なら俺はもうギンと呼んでますよ」
バレットが横から口を出した。
「ギン……か。良い名前かもしれない。今日からよろしく頼む」
「はい!」
出会いから、ほど経っていない彼から頼られることが、どうしてこんなにも嬉しいのか。銀司はモーガンのカリスマ性をヒシヒシと感じていた。
こうして銀司は、たったいま、異世界で
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