第九話 歓楽街にて

 銀司ぎんじとバレットが到着したとき、店の中はまるで事件現場のようだった。壁には、酒の跡なのか血の跡なのか、赤いシミが飛び散っていた。


 店の真ん中では男が刃物を手にしていた。男の足元では、男がもう一人クラブのホステスの女性の首元に刃物を突き付けて、人質にとっていた。銀司よりも早く到着したファミリーの構成員が、男をどうにかしようと囲むように配置されている。


 「ちょっとこれ、警察か何か呼んだ方が……」


 テーブルがひっくり返り、グラスやその破片が散乱している店内を見て銀司は言った。


 「馬鹿か。ここはファミリーのシマだ。こういうのを処理するのも俺らの仕事だ」


 しばらくお互いの牽制けんせいが続いた後、中央で刃物を持っている男が叫びながら銀司たちのほうへと走ってきた。銀司の後ろには店の裏口がある。

 銀司はこの時、ふと、転生した直後に路地でぶつかってきた男のことを思い出した。いま向かって来る男と、シルエットが重なったのだ。


 「どいてろ」


 バレットが横からそう言った。「えっ?」と銀司が反応する前に、後ろに下がるように銀司を手で制して、バレットが前に出た。

 男は刃物を振り回して向かってくる。バレットはノースタンスで近づいてくる相手をじっくり見ているだけだ。男の刃物のリーチに入る。振った刃物をバレットは静かに避けて、スッと男の懐に入った。低い姿勢のまま相手のあしに蹴りを入れた。男の崩れてきた上半身をすくい、柔道のように背負って投げた。


 ぐはっ!


 男は背中を思い切り床に打ち付けた。一瞬の出来事だった。バレットは手をはたいて、えりを直した後、倒した相手を見下ろした。


 投げられた男は苦しそうに息している。背中を打ったせいだろう。しかし、バレットは容赦なく男の襟元を掴んで引っ張り上げると、顔面に3発、こぶしを入れた。鼻と口から血が噴き出し、男の顔から血がタラタラと垂れてきた。


 バレットはそのまま、襟元を掴んで店の中央へ引きずった。

 バレットが倒しているに、ホステスを人質に取っていた男もファミリーによって対処されていた。どうやら人質に取られていた女性も救出され、先ほどまで威張っていた男たちは、あっけなく鎮圧された。バレットは男をとれえられた男の隣に乱暴に置いた。


 銀司はバレットの勇敢さと圧倒的な強さににビビりながらも、一日街を案内してくれた優しい男の乱暴な強さを目の前にして、この優しい青年の暴力的という恐怖と同時に、正義の味方のようにも感じた。


 騒動がバレットによって収まりをみせた頃、ガランと音を立てて店の表側の入り口が開いた。そして、外から数人の部下を引き連れた、上下グレーのスーツを着た若頭モーガンが入ってきた。

 この瞬間、店内の空気がガラッと変わったと思うと、この場にいる皆が一斉に頭を下げた。それに合わせて、銀司も慌てて頭を下げる。

 モーガンはゆっくり店内を見渡すと、


「これは、掃除が大変だぁ」


 と、つぶやいた。

 銀司は頭を下げながら眼の動きだけで周りを見ると、すでに皆、頭を上げて普通にしていた。銀司は急いで頭を上げた。


わかママは無事か?」


 モーガンが

そう何処どこかに問いかけると、店の奥から一人女性が出てきた。

 真っ赤なロングドレスを身にまとい、ブロンドの髪の毛を上でまとめた、北欧の出身の女優のような貫禄かんろくのある美しいオーラがある。

 それを銀司は圧倒された様子で見ていると、そのうしろで仲間のホステスの手を借りてやっと立ち上がった若いホステスに眼が移った。オフショルの爽やかな白いドレスは、裾幅すそはばが破けていて、ドレスに数か所に赤い血痕のようなものが染み付いていた。怪我を負ったのか、顔をしかめている。銀司は彼女が人質に取られていたホステスだと理解し、被害者がいる現場だと認識して体が少し強張った。


 「私は大丈夫でしたけど、この子が」


 若ママはその怪我をした若いホステスの方に顔を向けた。


 「そうか。大丈夫か?」


  モーガンはその若いホステスに声をかけた。


 「はい……大丈夫です」


 見た限りでは無傷ではなさそうだが、彼女からは彼女なりの意地のようなものを感じた。強い女性だと、銀司は思った。


 「怪我したのは一人か」


 若ママが頷いた。

 モーガンが大人しくなった客の男2人に視線を移した。


「おい。お前ら良い度胸してるな」


「こんな暴力的な店があるなんて、警察を呼ぶぞ!」


 男はそう叫んだ。


「……お前ら、よそ者か」


「それがどうした」


「会員制のはずだ。どうやってこの店に入った」


「若、これです」


 二人を抑えていたファミリーの構成員が会員証をモーガンに見せた。男の所持品だろう。


「ほぉ、店の常連様から奪ったのか」


「違う!譲り受けただけだ。そうだ、招待だ。招待してもらったんだ」


「招待だと。ならば、招待したお客様はどちらかな。この店は会員証の貸し借りはお断りしていると注意しなくてはいけない」


「それは……知らなかったんじゃねぇのか」


「この会員様は長くお世話になっている客の一人でな。うちのルールを知らないわけがないんだよ。大事な我々のお客から会員証を奪って、その上に店で暴れられたんじゃな。キッチリとその代償を払ってもらわなければな」


 グレーのジャケットを脱いで近くの部下に渡し、ベスト姿になると、捉えられた男たちと同じ目線になるようにしゃがんだ。

 モーガンの鋭い眼光に男二人は、すっかり圧倒されていた。モーガンは男の腕を乱暴に掴んだ。


「どこの指を残したい?」


「え?」


 銀司からは見えなかったが、モーガンの背中からゴキゴキゴキという音がした。思わず、銀司はその不快な音から耳を塞いだ。


 うわぁぁぁぁぁ!!!!!


 男たちの悲鳴が店内に響く。モーガンはそれに構わず続ける。そしてモーガンが立ち上がると男は手を抑えてその場にうずくまっていた。


「一応、他の組が関係していないか、確認してから片付けろ」


 モーガンは近くにいたファミリーにそう言いつけるとファミリーのメンバーが数人、指が変な方向に曲がった2人をつまみ上げて店の外へと引きずり出した。


「こいつらだけじゃねぇ。どうも最近よそ者が街でウロチョロしやがる」

 

 モーガンの発言には、よそ者である銀司はドキリとした。


「おそらくこれもの影響かと」


 部下の一人が言った。


「この場所もしばらくの間、警備の数を増やせ。もし近くで怪しい動きがあったらすぐに共有しろ。ネズミ野郎が一匹たりとも紛れ込まないようにな」


「「「はい!」」」


 クラブのフロアにいるファミリー全員が答えた。銀司もその圧に思わず返事をしてしまった。




 その後、ファミリーが皆で荒れてしまった店の片付けをしていた。銀司も当然のように手伝いながら、怪我をした若いホステスのことが気になっていた。

 歳は銀司より少し若いだろうか。華奢きゃしゃで弱々しい姿から、何か悔しさがにじんでいるようだった。


「おい、ギン!ちょっとこっちも手伝ってくれ」


 テーブルを運んでいるバレットに声をかけられた。バレットの元へ駆け寄り、バレットの指示に従って、動いた。銀司は久しぶりに体を動かして、強張った体が少しほぐれたような気がした。壊れたテーブルを運んでいると、店裏の動線では、下っ端と思われる男性従業員が若ママ向かって懸命に頭を下げていた。

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