第八話 緊急招集

 日の暮れた頃、銀司ぎんじは酒場から事務所に戻り、部屋のベッドに横になるとすぐに眠りについた。バレットに呼び出され何かを覚悟していたが、結果的には呑みに出ただけだった。疲労感と、久しぶりに飲んだ酒の心地よいアルコールの感じが、気持ち良かった。


 目が覚めて起き上がると、アルコールはすっかり抜けて、スッキリとした気分だった。窓の外を覗くとすでに真っ暗な夜の空になっていた。ここでは星がよく見える。


 陽が落ちるとテンションが高くなるのはこの世界でもどうやら同じらしく、体を動かしたくなった銀司は、気分に押されて事務所の中でも周ってみようという気になった。闘技場でペップから事務所の表向きは酒場バーになっているというのを聞いていたのだ。


 バーは事務所の地下にあり、銀司は階段を下りてファミリーたちが出入りする関係者専用の裏口から店に入った。

 赤と黒を基調きちょうとした店内はシックな感があり、闘技場の酒場とは違い、重めの大人びた雰囲気があった。長いカウンターとその後ろには、幾つかテーブルが距離を保って置かれている。銀司はこのたぐいのバーで飲んだことはないが、ここで飲む酒はうまいだろうなと思った。


 銀司が店の雰囲気に気を取られていると、カウンターに座っていたファミリーの構成員と思われる一人が、何やら店の裏口に向かって急いで出て行った。その慌ただしい様子が気になった銀司は裏口を覗くと、事務所の方が騒がしかった。

 丁度そこにはバレットもいて、銀司を見つけるなり声をかけてきた。


 「ギン!招集だ。お前もついて来い!」


 そう言ってきたバレットの姿は、ネクタイをピチッと締めた見慣れないスーツ姿だった。

 言われるまま銀司は、先を行くバレットと共に事務所の裏口へと向かった。裏口には馬にそっくりな動物が数頭が待機していた。銀司はそれを横目で見ながら、先を行くバレットを慌てて追いかける。

 後ろから見るとバレットは腰に短剣を付けていた。これは大事おおごとかもしれないと銀司は手に汗をかいた。


 事務所に面した裏道を少し進むと、建物の間から小屋が見えた。中へ入ると、小屋の奥の方までずらっと馬が並んでいた。この場所は厩舎きゅうしゃなのだ。


 厩舎の奥からバレットが、事務所の裏口前にいたような馬を引いて連れてきた。ただ、その馬は元の世界で見る馬よりも一回り大きかった。凛々りりしく品のある雰囲気とは違い、首が太く、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで力強い印象だった。


 「コイツに乗っていく。はじめてか?」


 そう言いながらバレットは手を出して、先に乗るように招いた。銀司はバレットの手につかまりながら、あぶみに足を乗せて、力いっぱい脚を持ち上げてまたいだ。

 腰を胴体に落ち着かせると、生き物の息づかいが尻を伝いダイレクトに伝わってきた。銀司は少し怖かったが、この体験に静かに興奮していた。

 バレットも続いて銀司の前に跨った。


 「振り落とされないようにちゃんと捕まってろよ」


 銀司はバレットの腰をつかんだ。

 バレットが馬の手綱たづなを引くと、馬はゆっくりと動き始めた。


 「……俺の世界にもいた」


 「ん?なに」


 「俺の、世界にもいたんだ。馬っていう似たような動物が」


 「それはほんとか。こいつもウマっていうぞ」


 「え?」


 「なんか意外と、似てんだなこっちの世界とお前のとこの世界」


 異世界といえど人間社会だからなのか、建物や習慣から生存している動物まで似ているとなると、遠く、無関係であると思っていた、この世界と元の世界が近い存在であるように思えてきた。


 バレットと銀司を乗せたウマは、細い裏道を容赦ないスピードで駆け抜けていく。銀司は振り落とされまいと、夢中でバレットにしがみついた。

 裏道はいつの間にかスラム街を抜け、建物の感じがスラム街とはまるで異なってきた。大通りを避けながら、角を幾つか曲がると、次第に背の高い建物が増えてきた。街灯だけではなく、飲食店だろうか、店の中から明かりが外に漏れだしている。ネオンカラーと呼ぶべきか、街全体が独特な色を放っていた。通行人も増えてきた。この独特な雰囲気を銀司は元いた世界で何度か目にしたことがあった。歓楽街かんらくがいだ。


 歓楽街に入ってから三ブロックほど進むと、とある建物の前でバレットはウマのスピードを緩めた。いくらか大人が建物の前の裏口に集まっていた。バレットは、その人だかりを指して「ここだ」と銀司に伝えた。バレットは人だかり横にウマを止めた。そこにはすでに何頭かのウマが大人しくしていた。そしてその場にいる全員がスーツを着ていた。

 バレットは素早くウマから降りて、次に銀司を降ろしてくれた。建物の壁には『CLUB エース』と書かれた看板がそこまで目立たないように置かれていた。


「この店はファミリーで経営しているだ」


 元の世界でもクラブには一度も入ったことのない銀司は、一体何が起きたのか、見当も付かなかった。


 「どうも、バレットさん」


 と、近くにいた男が声をかけてきた。


 「中はどうなってる?」


 「まだ暴れてますね。」


 バレットは、「そうか」とつぶやいた後、銀司に顔を向けた。


 「怪我したくなかったら、あまりでしゃばるなよ」


 バレットは銀司にそう忠告して、裏の従業員口から建物の中へ入った。入り口には黒いジャケットを着た男が見張りをしているほかに、数人が急いで店へ入ったり出たりしていた。物騒な雰囲気が現場からただよっていた。

 倉庫になっている裏の動線にはドレス姿の女性が何人かで固まって、心配そうに店内の方向を見ている。どの女性も整った顔の美人だった。店内へとつながる扉が開きっぱなしになっており、バレットと銀司は店内に入っていった。


 金色が目立つ派手な装飾品をかざった豪勢ごうせいな店内は、無惨むざんにもテーブルがひっくり返り、グラスと飲み物が散乱した修羅場になっていた。そして、店の真ん中には、男が刃物を持って叫んでいた。

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