第七話 ダンジョンと世界

 「……?」


 「ほら、あそこ」


 バレットが指差した先には路面店で買い物している、バケットハットを頭に乗せた、冒険家らしい格好した若い男がいた。


 「奴は冒険者だ。備品どうぐを揃えて、ダンジョンの準備だろう」


 「ダンジョン?」


 銀司ぎんじはもう一度、聞き返した。


 「そう、ダンジョンだ」


 「ダンジョンって、冒険しながら宝を集めたりする?」


 「まあ、簡単にいえばそうだな。後は、階層かいそうをクリアしたりしてな」


 「おお!階層かぁ」


 「分かるのか?サヴィーロの近くには、地下ダンジョンがあるんだ」


 「そうだったんだ。王都の近くにあるのか……」


 「ああ、サヴィーロは世界中から冒険者が集まる場所なんだ。冒険者から見せ場サヴィーロはダンジョン攻略の聖地だ」


 なんだかやっと知っている異世界っぽくなってきたと、銀司は静かにテンションが上がった。


 「ちなみに、俺も傍から見ればただの冒険者だ」


 バレットはマフィアなので当然、表に出れば違う顔をしなければならない。銀司は彼がモンスターを一撃で倒し、昨夜も男二人組を倒したことを思い浮かべた。彼の強さは銀司も知っているから、納得のできる話だ。


 「冒険者はパーティーを組んで、ギルドで依頼を受けるんだ。その成功報酬と獲得した素材を売ったりして、冒険者は飯を食っている。大きな任務を成功させれば、大金が手に手に入るし、なかでも、階層の攻略なんかに貢献できれば、一躍いちやく王都のヒーローだ」


 夢のある話だと銀司は思った。バレットの話だと、この世界では冒険が盛んらしい。異世界に来た実感をここでも覚えた。


 「ダンジョンは資源が豊富なんだ。だから、サヴィーロ王都はデカくなったし、冒険者を仕切っているのがギルドだからギルドもデカい」


 「じゃあ、さっきの冒険者も王都のギルドへ行くのか?」


 「いや、それはどうかな。この街には別のギルドがあってな。王都の正規ギルドを通さず、王都のギルドでは受けられないような依頼を非合法で受けることができる」


 「非合法?」


 「ああ、ウチが仕切っている非合法ギルドだ」


 半歩先を歩くバレットが小ぢんまりとした木の小屋の前で足を止めた。


 「まぁ、ギルドの話は今度だ。ほら、着いたぞ」


 小屋の入り口の前にはタンクトップを着た大男おおおとこが座っていた。バレットは小屋に入る前に「ちょっとお邪魔するぜ」と大男に断ってから中へ入った。銀司は大男を刺激しないよう、慌ててそれに続いた。

 小屋に入るとそこは飲食店のようになっていた。いくつかの大きな円卓の周りにイスが並べられている。正面にはカウンターがあり、店の店主と思しき男性とカウンターの席に座る中年の男性が会話していた。バレットが、店主に遠くから挨拶すると、店主もそれに返した。

 店のすみには下り階段があり、バレットは店の中など気にせず階段を降り始めた。銀司は黙ってそれに付いてゆく。


 段差がかろうじて見えるほど、最低限度の明かりに照らされた階段を降りると、そこはスラム街のドロンとした雰囲気とは異なる、多くの人で賑わう活気あふれた場所だった。


 武器を背負った冒険者らしき人物に、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな上半身をあらわにして、運動終わりのような汗をドロドロとかいている男もいる。

 まだ太陽は空の上にいるはずだが、皆、酒を片手にテーブルを囲っている。


 バレットと銀司はその者たちの間を抜けて、店の奥へと進んだ。

 酒場の奥には、何やらひとだかりができていた。

 バレットが人だかりの前で止まると、ドッ!と客たちの歓声が湧いた。急な盛り上がりに銀司は戸惑った。歓声は皆の中心に向けられているものだった。

 銀司は人と人の間のから覗いてみると、その中央には格闘技のリングが置かれていた。リングロープで囲われているリングではなく、金網かなあみで円形にがっちりと囲われていた。

 金網の中では男が二人、格闘技の試合をしていた。


 リングに立っているのは、力士のような体格の男と、相手と比べるとかなり身長が小さく、かよわそうな男だった。

 力士のような大男が動き出した。迫力を持って相手を捕まえにいく。低い姿勢で待っていた小さな男は、大男の潰されたかと思えば、スルッとふところから抜け出し、大男に足をかけた。

 足をかけられた大男は、バランスを崩し前のめりでドカッと倒れてしまった。大男がすぐさま起き上がろうとすると、大男の顔面をめがけて蹴りを入れた。男の蹴りはきれいに大男の顔面にヒットして、大男は意識が落ちるようにぐたりと倒れた。


 その瞬間、周りの人びとの歓声が響いた。試合の終了を告げる打楽器の大きな音で、試合にまさった小柄な男へ向けて歓声が更に高まった。轟音と言うより魂の叫びと言おう。銀司はその迫力に頭に浮かぶ言葉さえも失った。

 客たちは両手を上げて騒いでいる。よく見ると、手にはぜにのようなものを握り、それをリングに向かって投げている。興奮で四方に飛び散った銭が銀司の足元に一枚転がって来た。

 銀司はそれを拾い上げてみると、金貨には価値を表す数字のほかに、鳥の紋章が彫られていた。銀司はそれをリングに向かって投げ返した。


 「ここはスラム街きっての人気スポット、地下闘技場だ」


 バレットは銀司の方をみながら笑顔で言った。


 闘技とうぎが終り、リングの周りから客がバラけていく。バレットは周りを一瞥してから、「どうだった?」とバレットが聞いてきた。銀司は失った言葉を取り戻そうと、あたりを見渡した。

 闘技場の手前にあるカウンターではマスターであるスタイリッシュな白髪の老爺ろうやが穏やかな顔をしてガラスのコップを拭いていた。スラム街の中とは思えない、その雰囲気は映画のワンシーンのようだった。


 「なんか……すごいな」


 「だろ、ここはいつもそうだ」


 「みんな金を賭けているのか?」


 「まぁ大体だな、夜になるともっとすごい」


 「これでも充分すごいよ。あんたは賭けないのか?」


 「たまにやるな」


 「(金は)当たるもんなのか?」


 「確率は二分の一だからな。数字通り半分は当たるかな。ただ、俺はどっちかというと、リングの方が性に合ってる」


 バレットは偉そうに言った。


 「ギンの居たところがどんな所か知らないが、スラム街にはとにかくヤバい奴が沢山いる。はじめは大変だと思うが、慣れれば楽しいもんだぜ」


 バレットが嬉しそうに言った。店内には、晴れ晴れと人生を謳歌おうかしている表情の客もいれば、頭を抱えて人生が終わったかのように悔しがっている客もいる。ただ、全員に共通するのはこの熱気を彼らがつくり出しているということだ。それが銀司の皮膚にバシバシ伝わってきた。


 「飲むだろう?ビールでいいか?」


 銀司は頭を縦に振った。バレットはカウンターに向かって、ビールふたつ!とマスターに伝えた。マスターは後ろの棚から木製の大きなジョッキを取り出して大きな樽の蛇口を捻ると、勢いよく黄金色の液体が注がれた。

 マスターの動きに夢中になっていると、他のテーブルで群がる客たちの中から一人、恰幅かっぷくの良い男がビールジョッキを片手に持って声をかけてきた。


 「これは、これは、お前が助けたと噂のヒヨッコじゃねぇか」


 その声にバレットと銀司が振り向いた。バレットは男の顔を見るなり表情を崩した。


 「なんだペップか。紹介するよ。同じファミリーのペップだ」


 バレットは男を銀司に紹介した。頭に布を巻き、口が隠れるほど髭を蓄えた職人のような見た目の男だった。思い切りが良さそうで、バレットとの相性も良さそうだ。 

 ペップと紹介された男は銀司を舐めるように見た。それからバレットを肘で突いた。


 「バレット。まだ若いくせにもう手下てしたを付けたのか」


 「そんなんじゃないって。ずっと事務所で寝てたから、気分転換に街でも案内してやってんだよ」


 「それでなんだよ、いきなり酒かい。随分と陽気だな。おい、ボウズ、俺はペップっていうんだ。バレットとは冒険のパーティー仲間で、よくコイツと出かけてんだ」


 ペップはそう言って笑った。顔をほのかに赤く染めてすでに酔っているようだった。


 「ギンです。よろしくお願いします」


 銀司とペップは握手を交わした。

 丁度、マスターからビールがテーブルに運び込まれてきた。


 「ほら、ビール持って。それでは新たな出会いに乾杯でもするか」


 ペップが勝手にこの場を仕切り始める。


 「では、出会いを祝しまして……」


 「「「乾杯!!」」」


 三人はビールジョッキをはじいた。

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