【後日談】試写会と反響
収録から約一年。
待ちに待ったわたしの初出演映画が公開される時が来て。
「……試写会とか初めてなんだけど」
ドレスを着つけられ舞台袖に待機したわたしは独り言のように悲鳴を上げた。
その横には平然とした花菱葉がいて。
「そりゃ、初めての映画なんだから仕方ないよ」
この子ほんとうにわたしと同い年なんだろうか。
釈然としないものを感じていると横から左腕を抱きしめられる。
この映画のヒロイン役である同世代の女優さん。わたしとも友達なんだけど、
「大丈夫だよ、美桜。何かあったら私がフォローしてあげるからね」
「うん、ありがとう。頼りにしてるね」
「~~~っ!?」
微笑みを返しただけで彼女は蕩けるような笑顔を見せた。
初めは「私の葉くんを取らないで!」とばかりに目の敵にされていたものの、気づいたらなんだか妙に気に入られていた。
たまに一緒に遊んだりもするし、楽しい時間を過ごせる良い友達なんだけど、仲が良すぎるのではないかと最近は玲奈に警戒されている。
わたし自身、同性に甘いのは自覚しているものの、かといって同性に厳しいのもおかしな話だし、なかなか匙加減が難しいところだ。
と、耳元で囁くように話しかけられて、
「やっぱり美桜はスーツのほうが良かったと思うんだけどなあ」
「あはは。男物のスーツが入るのも今のうちかもしれないしね」
もうちょっとしたらお尻のサイズ的に男物は苦しくなりそうだ、という意味で言うと頬をほんのりと染めて、
「胸の大きな子のスーツもえっちでいいと思うな」
これ、もう誘惑されてるってことでいいかな?
異性からの誘いならきっぱり断るんだけど、同性からの誘いはどうしたものか。あんまり邪険にすると友達付き合いもできなくなるし、難しいところだ。
ちなみに梟森先輩のお誘いはきっぱり断っている。あの人は何度断っても懲りないから問題ない。
わたしたちの様子を見ていた葉が小さくため息。
変にくっつかれなくて助かってるけど、ちょっと申し訳ない、と言ったところだろうか。
「でも、美桜ちゃん。できれば上手くやったほうがいいよ。ここで次の仕事が決まるかもだし」
「あ、やっぱりそういうのあるんだ?」
腕に抱きついたままのヒロインの子が「もちろん」と笑って、
「関係者も見に来るもん。直に見て可愛かったら『次使おうかな』って思ってもらえるかも」
「二人ともそういうの経験あるんだ?」
「偉い人にホテルに呼ばれてお食事したこともあるよ?」
それはいわゆるアレなのではなかろうか。
世界事情的に相手も女性だろうし、食事だけなら健全だけれど。
そういえばわたしはそういうの受けたことがない。お誘いすら来ないのは興味を持たれていないのか、マネージャーさんがシャットアウトしてくれているのか。それとも西園寺家がそれとなくプレッシャーをかけていたりするのか。
ともあれ。
「……映画、楽しみだけどちょっと恥ずかしいよね?」
「まあね。僕たちの演技がスクリーンに映るわけだし」
「納得いってないところとか『見ないで!』ってなるよね」
この羞恥は生身で出演する役者がひときわじゃないだろうか。
でも声だけだからこそ際立つ演技もあるし、写真一枚で表現されるモデルは可愛さに誤魔化しが効かないし……やっぱりどれも違った恥ずかしさがあるのかも。
ぜんぶ経験しているわたしはちょっと損している気もする。
「これも経験かあ。頑張って乗り越えないとね」
「乗り越えてもどんどん次が来るけどね」
「頑張って乗り越えようとしてるのに……!?」
試写会のチケットは恋や玲奈にも渡そうとしたけど、試写会が始まる頃にはもう二人とも事務所経由でチケットが手に入る立場になっていた。
ちょっと残念なような、無理なく、いち早く見てもらえるのは嬉しいような。
わたしは深呼吸をすると気持ちを整え、試写会と出演者挨拶に臨んだ。
◇ ◇ ◇
映画は大好評だった。
葉はもちろん圧倒的な人気。ヒロインの子とのカップリングに自己投影する子も多数。
わたしが演じた中性的キャラも思った以上に反響があって、男同士とも男女カップリングともとれる(なんなら葉のほうが女子という妄想まで生まれた)ことが倒錯的な思い入れを生み、一部のファンを大きく引きつけたようだった。
恋たちも喜んでくれて、特に玲奈は試写会の後しばらく心ここにあらずに。
「……あれは劇薬です。接種には細心の注意が必要かと」
「そこまで気負わなくても、玲奈にならいつでもしてあげるのに」
「美桜さんはわたくしをどうするおつもりなのですか……!?」
大袈裟すぎる。
「恋は大丈夫だった?」
「うんっ。格好良かったけど、私はいつもの美桜ちゃんのほうが好きかな」
「そっか」
人それぞれ好みがあるのか、それともやっぱり玲奈が過剰反応しているだけか。
わたしの裸だって見てるのに卒倒しそうなほど興奮しちゃうんだから、感受性が人一倍高いのかもしれない。
「玲奈はわたしのファン第一号だもんね」
「え、なにそれ美桜ちゃん。私は?」
「もちろん恋にも感謝してるけど、玲奈は特別っていうか。ね、『rena』?」
「っ」
びくっとした少女は意図を察して「……お気づきだったのですか?」と上目遣いにわたしを見た。
「さすがに気づくよ。いつもありがとう、リクエストや応援をくれて」
「では、わたくしがあんなことやこんなことをリクエストしたのも!?」
「なにしたの玲奈ちゃん!?」
「あはは。もう付き合ってるんだから直接言ってくれればいいのに、とは思ってたけど、ぜんぜん気にしてなんかいないよ」
王子様っぽく囁いて欲しいとか添い寝ボイスが欲しいとかヴァーチャル耳かきして欲しいとかいうリクエストは映画以降急増したので古参フォロワーである『rena』が目立つこともなくなった。
代わりにアイドルデビューした玲奈が同じ芸名を使ったことで「もしかして」という声も聞こえてくるようになったけど。
「香坂さん! しばらく王子様モードで登校してみる気はない!?」
「え、ええ……?」
映画の影響はさらに、クラスメート等々に不思議な要望をさせたりもした。
「王子様って言っても、うちに男子制服はないよ?」
「スカートのままでいいんだよ! 王子様女子には男の子にはない魅力があると思う」
「なるほど?」
わたしとしては女の子は女の子らしいほうが良いと思うのだけれど、キャラの引き出しの多さは役者を続けていくうえで役に立つ。
そう言われるなら、と、男装用ブラで胸を小さく見せ、敢えて髪をラフにセットした王子様風スタイルでしばらく登校してみた。
すると、女の子たちからきゃあきゃあと黄色い声が飛んできて大好評。
ものすごく恥ずかしいけど悪い気はしない。
「そうだ。玲奈たちも一緒にやらない?」
玲奈とか男装の麗人風で絶対似合うと思ったんだけど、残念ながら「いいえ、わたくしは」と首を振られてしまい、
「万一、美桜さんに異性交際に目覚められては困ります」
「あれ、それわたしがやるのもまずくない?」
「わたくしはある意味手遅れですのでお気遣いなく」
手遅れなのも駄目じゃん、と思ったものの、そんなわたしの思考はみんなのノリノリの声に打ち消された。
「梟森先輩と香坂さんにいちゃいちゃして欲しい」
「私は美姫×美桜」
「むしろ美桜×美姫」
先行き不安な世界だけれど、この世界の女子たちは今日も元気だ。
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