【後日談】美桜とコスプレ

「美桜ちゃん、今日はいつもと違う感じだねっ」


 付き合い始めて早くも一年近く。

 幸い恋、玲奈との仲が大きく拗れることはなく、わたしたちは交際を続けている。

 忙しい中、時間を見つけてデートもしている。

 と言っても女の子同士だから「三人で遊びに行く」というのとそんなに差はないんだけど。せっかくのデート、服装にはできるだけ気を配っている。

 ある日、わたしが選んだのは、恋が言うように普段とはちょっと違う衣装で。


「やっぱり変かな?」

「変と申しますか……」


 お嬢様らしく上品に着飾った玲奈が小首を傾げて、


「見るからに視線を集めそうです」

「やっぱり変だったんだ」

「そんなことない、可愛いよ! それ、ライブの時に着たやつでしょ?」


 可愛らしくも活動的な服装の恋がなんとかフォローしてくれる。


「うん。せっかくだからちょっとアレンジして着てみたんだ」


 二度目のライブ、大学学園祭の時に着たゴスロリ系衣装。

 一度着たものだからと(クリーニング後)そのまま譲ってもらったのだけれど、さすがになかなか着る機会がなくて眠っていた。

 でも、せっかくの服、たまには着てあげないと可哀想だ。


「けっこう個性的な服着てる人もいるから大丈夫かなって思ったんだけど」


 女ばっかりなので自分を出さないと本当に埋もれてしまう。そのせいで道行く人のファッションも多彩だ。

 玲奈のほうを窺うと、彼女は恥ずかしそうに視線をそらして、


「とてもよくお似合いなので困ってしまうと思ったのです」

「美桜ちゃん可愛いから、そんなの着たら目立っちゃうよ」

「あはは。確かに、来る間も見られてるなー、とは思ったんだけど」


 知名度の高い身なので見られるのには慣れてしまっている。

 いちいち気にしていたらキリがない、と、ある程度スルーする癖がついていた。

 とりあえず、着替えなくても大丈夫そうではあるのでそのまま三人でデートに。

 ちょっと動きづらいのが難点だけど、気をつければ買い物とかお茶するくらい特に問題ない。


「ところで、美桜さん。アレンジにコンセプトなどはおありなのですか?」

「一応あるよ。わたしのやってるカードゲームにこんな感じのキャラが出てくるの」


 ちょっと工夫すればそれっぽく仕上がるんじゃないかと思ったので挑戦してみたのだ。


「じゃあ、コスプレってこと?」

「そうかも。こういうのもやってみると楽しいよね」


 コスプレと言ってもいろいろあって、メイドや看護師など非日常的なコスチュームを纏うのもコスプレだし、特定のキャラクターを再現するのもコスプレだ。

 わたしは前にどっちも経験済み。

 もちろん恥ずかしいのは恥ずかしい。だけど、女の子として生きる以上、可愛い服は着たい。特に若いうち限定のファッションは今のうちに楽しんでおかないと。


「美桜さんは声優ですから、ゆくゆくは演じたキャラクターの衣装を着ることもあるのでしょうね」

「予行演習もしておいたほうがいいかもね」


 コスプレに本格的な興味が出きたわたしは暇を使ってイベント情報とかコスプレ情報を調べてみた。

 向こうの世界では男性向けジャンルも大きく取り扱われていたコスプレイベント、同人誌即売会も、こっちだと圧倒的に女性のイベントだ。

 女子が食い物にされる危険はそのぶん少なくて初心者でも参加しやすそう。

 むしろ、よく知らない男子が一人で参加するほうが危険とされている。

 必要なものは申込書とか入場料とかを除けば衣装とケア用品。ぶっちゃけモデルの仕事で必要になるものとほとんど変わらない。

 いろんな人のコスプレ写真なんかを眺めていても楽しそうで、どんどんやってみたい気持ちに。


「衣装はどうしようかなあ」


 既製品もあるけど、完成度がいまいちだったり、品はいいけど値段がすごかったりする。

 悩んだわたしはひとまず手持ちの服を組み合わせて遊んでみることに。

 こういう時は服をいっぱい持っててよかったと思う。

 これを使えばこのキャラができるんじゃないか、みたいな悩み方もパズルみたいで楽しい。

 前のゴスロリ姿をSNSにアップしたところそこそこ反響があったので、続いて色んなコスプレを投下するとうまいこと盛り上がった。

 そこへ、


「美桜。コスプレがしたいなら言ってくれればいいのに」


 梟森先輩が秘蔵の衣装をプレゼントしてくれたり、


「部室にある使ってない衣装なら好きにしていいよ!」


 漫研のみなさんが好意で衣装を提供してくれたりした。

 さらに、


『美桜、コスプレに興味あるなら一緒にイベント行かない?』


 読モ時代の友人から連絡。

 服に興味があるのは相変わらずらしく、コスプレの道に進んでいたらしい。

 わたしは快く了承して、


『せっかくだから友達連れてきてもいいよ』


 人数多いほうがトラブルも少ない。

 そう言われたわたしは知り合いの顔を思い浮かべる。玲奈は恥ずかしがりそうだし、恋だけ誘うのもちょっと申し訳ない。叶音は来ない気がするし、


「ね、ほのか。わたしと一緒にコスプレイベント行かない?」

「こ、コスプレ!? 私には無理だよそんなの」


 見るだけでも、と思ったんだけど。

 詳細を話す前に着る前提で来るあたり、実はちょっと興味があるのでは……?

 ここは押しても大丈夫だと思ったわたしは「一緒なら大丈夫だよ」と説得にかかった。


「みんなコスプレしてるんだし、ほのか、自分が思ってるより可愛いんだから」

「うう。……じゃあ、美桜ちゃんがそう言うなら」


 かかった。

 当日友人と引き合わせれば、人見知りするほのかは最初ちょっと怖がったものの、


「可愛い! もしかしてこの子も芸能関係?」

「違うよ。ほのかは友達の作家さん」

「美桜ちゃんの交友関係はどうなってるの? でも、もったいないなあ。読モくらい余裕でできそうなのに」

「わ、私なんてそんな……」


 などと言いつつも褒められるのは嬉しい様子のほのか。

 可愛い衣装を身に纏うとさらに「笑みが抑えきれない」という感じになってきて、わたしは友人と二人で「可愛い!」と絶賛してしまった。

 その甲斐あってか、引っ込み思案な少女はコスプレブースに見事足を踏み入れ、向けられたカメラにも(若干引きつり気味ではあったものの)笑顔で答えることに成功。

 撮影側も女子ばっかりなのは心理的なプレッシャーを抑えるのに有効だったと思う。

 その反動で終わった後は完全に縮こまってしまったものの、


「良かったらまた行こうね、美桜、ほのか」


 という友人の呼びかけに「は、はい」と、小さい声ながらきちんと答えていた。

 イベントの画像はSNSで拡散されて話題に。

 わたしには企業関係のコスプレのお仕事も来るようになったし、ほのかが「可愛い少女作家」として取り上げられるきっかけにもなった。

 どういうわけか声優のお仕事まで増えて、


「なんででしょう、マネージャーさん?」

「声優本人がコスプレできるとイベントで使いやすいからじゃない?」


 モデルでもあるのである程度のクオリティも保証できる。

 こうしてわたしはさらに忙しくなり、おかげでコスプレイベントに出られる残念ながら頻度は減ってしまったのだった。

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