【後日談if】熱愛の噂

「一葉ちゃんって男の子だったの!? しかもあの花菱葉!?」

「美桜の連れてくる子だからただものじゃないとは思ってたけど……」


 お母さん、一葉を連れてきたのは美空だから。

 それにわたしの友達がみんな有名人ってわけでも……うん、恋も叶音もアイドルになったし、ほのかも商業作家だから、家に呼ぶことがありそうな子は有名人かも。


「黙っていて申し訳ありません。ただ、あの雰囲気では言い出せそうになかったものですから」

「私と美桜お姉ちゃんは知ってたから大丈夫だよ?」

「そうね。葉くんなら変なことをする子じゃないし」

「別にえっちなことくらいなら普通だしね。……あれ? 美桜、あんたこの子とお風呂入ってなかったっけ?」

「それは忘れて、お姉ちゃん。もちろんなにもしてないし」


 ある時、一葉こと葉がうちの家族に正体を明かすことになった。

 美空とも仲良くなりネット経由でゲームするようになって、家にも何度か遊びに来た後のことだ。

 これ以上騙し続けるのが心苦しい、という理由。

 お母さんもお姉ちゃんもあっさり許してくれたのでわたしとしてもほっとした。


「これで普通に遊びに来てもらえるね、お姉ちゃんっ」

「そうだね。葉もいちいち女装してくるの大変でしょ?」

「あはは。私──僕は慣れてるし趣味だから気にしてないけど、確かに手間はかかるかも」


 美空は「せっかくだから遊んでいってください」とねだったし、お姉ちゃんなんか「葉くんって実際女の子に興味あるの? ないの?」と身体を近づけながら迫っていた。


「お姉ちゃん、燕条君に怒られるよ?」

「湊と拗れるのは勘弁して欲しいな。二重の意味で気まずいから」

「葉? お姉ちゃんに手を出したら『花菱君』って呼ぶからね」

「出さないってば」


 わたしとしても葉が遊びに来てくれると演技の話も捗る。

 役者同士だと例えば一緒に映画見てるだけでも勉強になるし。


「遠慮せずに遊びに来てくださいね、葉さんっ」


 と、いうことがあってから葉はうちによく遊びに来るようになった。

 事務所からの帰りが一緒になった時とかに「泊まりに来る?」と気軽に誘えるようになったのが大きい。

 葉が来るならついでにタクシーに乗せてもらえるし、そういう意味でも大助かりだ。

 男の子が泊まりにくるなんて普通なら大騒ぎだけど、女の子モードを完璧にこなす葉には気を遣う必要もない。お姉ちゃんはたびたび誘惑しようとしてたけど。


「葉は女の子に興味ないもんね」

「美桜ちゃん? 僕だって男なんだからね?」

「じゃあ、葉さんはどんな女の子が好きなんですか?」


 その台詞を葉の腕に抱きつきながら言う美空は、実は魔性の女なのかもしれない。

 葉も「そうだなあ。優しい子かな?」と微笑んで頭を撫でてたけど、美空が末っ子かつ年下じゃなかったら危なかった。

 と、そんなことがあってからしばらくして。


『美桜さん。大事なお話があります』


 わたしは玲奈からガチの剣幕で呼び出された。

 西園寺家の玲奈の部屋。

 一緒に呼び出された恋も困惑気味。ある意味『香坂美桜』と対峙した時以上の雰囲気に怖くなる。

 え、なにこれ、もしかして別れ話?


「どうしたの玲奈、すごくあらたまって」

「用件は他でもありません。この報道記事は事実でしょうか?」


 テーブルの上に載せられた週刊誌のコピーには『あの人気マルチタレント、あの人気少年俳優と熱愛!?』の見出し。

 わたしは驚き戸惑うと共になんだか感動してしまった。

 噂に聞く週刊誌報道にわたし自身が取り上げられるとは。

 まあ、こっちの世界だと恋愛関係の縛りは緩いので、別にわたしが葉と交際していても炎上はしない。女同士のカップルが一人の男の子とまとめて交際するケースも多い、というか推奨されてさえいるし。

 それはともかく。


「違うよ。葉とはただの友達だよ」


 証拠と言ってもサブスクの映画視聴履歴くらいしか出せないけど……。


「美桜さんがそうおっしゃるのでしたら信じます」


 玲奈はあっさり矛を収めると小百合さんにお茶の用意を命じ始めた。


「信じてくれるの?」

「玲奈ちゃん、怒ってたんじゃないの?」

「まさか。そもそも、花菱さんと美桜さんが連れ立って帰るところはわたくしも目撃しております」


 そう言われてみるとそうだ。

 玲奈たちもアイドルになったことで稽古場や仕事場から一緒に帰ることも多くなった。

 中には玲奈たちと別れて「じゃ、一緒に帰るから」と葉とタクシーに乗ったこともある。そんなさっぱりした浮気があるか! という話。

 馬鹿でももうちょっと隠そうとする。


「念のために確認しておきたかっただけです。用件も終わりましたし、せっかくですからお茶とお話をいたしましょう?」

「あはは。うん、そうしよっか」


 一気に和やかな空気が流れ、わたしたちはのんびりと会話を楽しむ。


「ところで美桜ちゃん。葉くんってどうしてそんなに遊びに来るの?」

「んー、最近はね、わたしじゃなくて美空と遊ぶために来てる感じなんだよね」


 男の子だからか、葉はむしろわたしよりDCGにハマっている。

 美空ともいろいろ話してデッキを研究しているようで、美空の部屋であれこれ検討したり対戦したりしていることもよくある。

 すると恋は「そうなんだ?」と首を傾げて、


「それって、美空ちゃんと付き合ってるんじゃないの?」

「やっぱりそう思う?」

「美桜さんもうすうす感じてはいらっしゃったのですね?」

「さすがに仲良いなあとは思うよ。でもあの二人だから」


 男女の仲っていう感じはあんまりしない。

 清い交際なら別にいいかなと思うし、葉ならえっちなことをするにしても美空の身体を気遣ってくれるだろう。

 変な男にもらわれるよりはずっと安心できる。


「でも、美空もお姉ちゃんもわたしの知り合いと付き合わなくてもいいのに」

「美桜ちゃんが知り合い多すぎるんだよ」

「それを言われると……」


 ただでさえ男子が少ないんだから確率的にも確かに高い。


「美空さんはわたくしたちにとっても妹のようなものです。良い方と交際できるのであれば何よりです」

「そうだねっ。葉くんもいろいろ疑われなくて済むし」


 思春期にさしかかっているというのに彼女を作らないどころか女性経験もないので、葉は「生殖能力がないのでは?」とかいろいろ好き勝手に囁かれている。


「実は男の子が好きなんじゃ? とか言われるのは可哀想だもんね」

「それはそれで妄想は捗りますけれど……」

「玲奈。BLなんて現実にはそうそうないんだよ?」

「玲奈ちゃん。なんだかんだ言って男の子もけっこう好きだよね?」

「自分の恋愛と妄想は別ではありませんか。わたくしは美桜さん一筋です」


 葉と絡ませるなら誰だろうか。やっぱりお兄さんか鷹城さんかな……と、わけのわからないことを考えたわたしは慌てて思考を振り払った。


「玲奈のせいかな。わたしもBLいけるようになってきたかも」

「本当ですかっ? でしたらわたくしのおススメを」

「じゃあ玲奈ちゃん、私にも貸してよ」

「恋さんは駄目です」

「なんでっ!?」


 恋に見せると「やっぱり男の子との恋愛もいいなあ」とか言い出しそうな気がするので、玲奈の気持ちもちょっとわかってしまうわたしだった。

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