美桜とアイドルスカウト 2018/12/1(Sat)

 わたしの所属している事務所は古くからある大手のひとつで、少し固いところがあるのでモデル業なんかは比較的苦手としている。

 じゃあアイドルはどうかというと、


「芸能人がこぞって歌手活動をする時代もありました。専門とは言いませんが、得意分野の一つです」


 元いた世界でも俳優や野球選手がCD(レコード?)出す時代があったみたいだし、なんとなく納得。

 アイドルがドラマの主演張ったりするのも珍しくないからそのへんの垣根もけっこう緩いんだろう。


「さて。当事務所で皆さんをお預かりする場合、考えているプランはこのようなものです」


 事務所の会議室のひとつ。

 そこにはわたしとマネージャーさん、アイドル部門の責任者さん、さらに恋と玲奈と叶音、三人のお母さんに加えて小百合さんと菖蒲さんまでが集まっていた。

 スカウトにあたっての詳しい話を聞くためだ。

 小百合さんは玲奈のお世話係、菖蒲さんは玲奈のお母さんのボディガードという名目だけど、責任者さんは自分よりよほど大物っぽい人(玲奈のお母さん)の存在を知って「社長に来てもらうんだった」とこっそり呟いていた。

 ともあれ。

 提示されたプランは大学学園祭でヒットしたユニットをそのままデビューさせるというもの。

 もちろん、今のわたしたちじゃ良く見積もっても「中学生としてはそこそこ」のレベルでしかないけれど、そこはプロの指導によって強化できる。

 叶音たちだってそれぞれに魅力ある子たちだから、変にバラしたり追加メンバーを入れるよりはユニットの「色」を尊重するべき、ということだ。


 話を聞いた玲奈のお母さんが手を挙げて、


「もし、メンバーの一部が不参加を表明した場合はどのようになさるのでしょうか?」

「その場合は次善の策として別のメンバーを加入させます。現在、事務所に所属している者から選出が難しい場合はオーディションですね」


 オーディションで選ばれた子にパフォーマンスで負けないか心配だけど、わたしたちはオーディションなしで合格、というだけでもかなりお得だ。


「もう一つ、当家の玲奈もスカウトに含まれているのは何故でしょうか? 臨時の追加人員であり、ダンスも披露しておりませんが」

「ビジュアル、センス、経験どれをとっても申し分ないと判断いたしました。さらに申し上げるのであれば、美桜さんとの相性ですね」

「つまり、これって美桜のためのユニットってことですよね?」


 ここで声を上げたのは叶音。


「美桜をさらに売るために仲のいいあたしたちを使うつもりで、いらなくなったら捨てるつもりじゃ?」

「叶音! 失礼でしょう!?」

「お気遣いなく。私共もビジネスですから、非情に徹しなければならない場面もあるのはその通りです」


 わたしだって事務所の戦略的に受けられない仕事もある。

 アイドルに関しては声優になる時点でライブ出演の可能性があるのはわかっていたので特に問題ない、というか願ってもないけれど。


「ですが、mioさんを売り出すためだけに三人ものお子さんを新たにお預かりするようなことはありません。ユニット自体にも一定以上の価値を感じているからこそご提案をしております」


 たぶんこれは本当だ。

 三人にプロのレッスンを受けさせるだけでもけっこうお金がかかるだろうし。


「みなさんにはみなさんだからこその魅力があります。それを最大限に活かせるのは当事務所を置いて他にないかと」

「────」


 言われた叶音はちらりとわたしを見た。

 叶音たちはもちろん、他の事務所に行くこともできる。でも、わたしの所属がここである以上、あの時のユニットを完全再現できるのは確かにここだけだ。

 ソロ、あるいは叶音をセンターとしたユニットを目指すなら話は別だけど。


「恋、あなたはどうしたい?」


 お母さんから尋ねられた恋は「私はいいと思うよ!」と明るく答える。


「美桜ちゃんと一緒なら私、アイドルやってみたい!」


 わたしと一緒なら、って。

 今すぐ恋を抱きしめたくなったわたしはうずうずする両手をなんとか停止させた。

 気づいた玲奈のお母さんがくすりと笑う。


「私としては反対、とは申しません。ですが、玲奈の将来を見据える上で必須の道のりだとも思いません。十分な成果を挙げられないのであればむしろ遠回り、邪魔になるだけかもしれません」

「お母様」

「その上で、玲奈、あなたはどう思う? みんなと一緒にアイドル、やってみたい?」


 玲奈は一拍置いたうえで自らの胸に手を当て、深く頷いて答えた。


「はい。突然のお話ではありますが、わたくしも美桜さん、恋さんと一緒であれば、この挑戦──前向きに臨みたいと思います」


 これで四人中三人がOK。

 残った叶音は「何よ」と唇を尖らせて、


「これじゃあたしが悪者みたいじゃない」

「叶音、別に断ってもいいんだよ? チャンスは他にもあるんだし」

「何言ってんのよ。前にも言ったでしょ? 利用できるものは全部利用するって」


 一転、強気な笑顔を見せた。


「やるわ。恋と玲奈が一緒なら百人力よ。美桜がいなくてもユニットとしてやっていける、って言われるくらいやってやるんだから」

「うん。いいね、それ。楽しそう」


 わたしも笑って、ここに全員の了承が得られた。

 責任者さんは大きく頷いて「ありがとうございます」と微笑んだ。


「皆さんを責任を持ってお預かりいたします」


 この事務所なら悪いことにはならないだろう。

 こけたらわたしの進退にまで関わってくるのだから使い捨てるような真似もできない。そういう意味でもここを選んでよかったのかも。

 と、


「ただ、今すぐデビューというわけには参りません。上に正式な了承を取り付け、準備期間を置いたうえで事務所所属となりますのでその点はご理解ください」


 これにちょっと拍子抜けした顔をする叶音たち。

 うん、まあ、どうせならこのままがーっと行きたくなるよね。でも契約とかもあるし、大人の世界というのはなかなかややこしいのだ。

 それでも、


「もちろん、ここまで来て上に『ノー』とは言わせません。期待してお待ちください」


 続けられた最大限の保証の言葉はみんなに再度笑顔をもたらした。

 事務所を出たところで、叶音は堪えきれなくなった、というようにわたしと恋の腕を引いて抱きついてくる。


「やった! やったわ! あはは、夢が叶っちゃった!」

「うんっ。おめでとう、叶音ちゃん」

「おめでとう叶音。でも、ここからが大変だよ?」

「わかってるわよ。そのくらい、いくらでも頑張ってやるわ。アイドルになれるんならね」


 今まで見た中でも一番の、叶音の笑顔。

 温かな気持ちになっていると、くいくいと少女の服の袖が引かれて、


「あの、叶音さん? どうしてわたくしだけ除け者にされたのでしょう?」

「だってあんたに抱きついたら後が怖そうじゃない」

「その通りですが、だからと言って美桜さんと恋さんに抱きつくのも納得できません」

「それくらいいいじゃない。面倒くさいわねあんた」

「面倒くさいとはなんですか……!」


 二人のやり取りにわたしは苦笑するしかない。小百合さんはどうかと見ると「女同士の友情は尊いです」みたいな顔をしているので彼女的には問題ないらしい。

 玲奈のお母さんも上機嫌で──と思ったら目が合う。

 膝を折った彼女はわたしたちをしっかりと見つめて、


「美桜さん。恋さん。玲奈をよろしくお願いしますね」


 わたしたちはしっかりとした声で「はい」と答える。

 なんかこれ、結婚の約束を取り付けたみたいになってるけど……うん、でも、ここまで来てわたしたちの縁が簡単に切れるとも思えない。

 むしろ、これからも末永くこの関係が続いてくれることを願いたい。

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