美桜と二度目のライブ(その3) 2018/11/24(Sat)

 翌日のライブは予想通り金曜日以上の盛況ぶりだった。

 これもうミニライブとして十分成立してるでしょ、っていう人。裏で待機しながらついついその人数を数えたくなる。


「美桜、わかってるんでしょうね?」


 すっかり立ち直った叶音はわたしの脇を突いてジト目。


「大丈夫だよ。わたしも、わたしなりに気持ちを入れ換えてきたから」


 文字通り──わたしは自分たちの出番に向けて意識を切り替えていく。

 プライベートの香坂美桜はお休み。モデルの時の「静」の自分とも違う「動」のわたしを作り上げていく。一瞬の表情を完璧に仕上げるんじゃなくて、動作全てを洗練、最適化させてトータルでの存在感を強調する。

 隣にいた叶音が「急にオーラ出すんじゃないわよ」と理不尽なことを言ってきたあたり、ある程度成功したようだ。

 ロリータ衣装に身を包んだ玲奈が「本気なのですね、美桜さん」と頷いて、


「では、わたくしも大勝負に臨むつもりで」


 うん。やっぱり西園寺玲奈このこは人間のでき方が違う。

 どうやったら生粋の中学一年生が王者のオーラを発散できるのか。気合いを入れたはずの叶音が若干ドン引きし始めるレベル。

 恋はというと「すごいね、二人ともっ!」と目をキラキラさせ「私も頑張らないと」と拳を握る。

 確かに、この子みたいなタイプがみんなに夢と希望を与えるのかもしれない。

 一方で泥臭く、がむしゃらにアイドルという夢を追いかける叶音みたいなタイプも、また。


「やろう。今度こそお客さんにわたしたちの全力を見せよう」


 円陣を組んで「おー!」と気合いを入れたわたしたちは「出番です」というスタッフさんの声にステージを飛び出した。


 一度、舞台に立ってしまうと時間が過ぎるのはいつもあっという間。


 呼吸を整えながら観客を見渡すと、昨日よりもずっと大きな拍手がわたしたちに向けて響いた。

 鷹城さんや小百合さんがカメラをこっちに向けているのが見える。ついでにお兄さんとほのかが連れ立って応援してくれているのも。ほのかってば、あんなところ見られたらお兄さんの存在バレちゃうと思うんだけど覚悟を決めたんだろうか。

 わたしはくすりと笑って、


『ありがとうございましたっ!』


 四人で野外ライブ会場に声を響かせた。


 二日目のライブはこのまま打ち上げしたいくらいの大成功。

 SNSに上げてくれている人もいるようで、無事知名度向上にも役に立ったみたいだ。

 この流れなら三日目もいいパフォーマンスができそう。

 後は気負い過ぎるよりもこの成功体験を明日まで持って行くこと。


「ねえ、みんな。明日はちゃんと学園祭を見てまわらない?」


 叶音は若干の難色を示したものの「仕方ないわね」と(どこか嬉しそうに)答えてOKをくれた。

 というわけで、ライブのために集合するまでの間、わたしたちは小百合さんや菖蒲さん、マネージャーさんについてもらいながら食べたり遊んだり普通に楽しんだ。

 鷹城さんがそこを撮ってくれたりもして、後で画像をわたしにもくれた。


「もう、スカウトがどうとかいったん忘れるわ」


 三日目のライブを迎えた叶音はわたしたちの前でそう宣言。


「今日はこのライブを楽しむ。それからお客さんに少しでも楽しんでもらう。それだけでいいと思うの」

「うん。きっと、そういう気持ちも大事なことだよ」


 やる気を出す方法は一つじゃない。

 前を向けるのなら、実力以上の力を出せるのなら、それがその人にとっての良い方法だ。


「みんなで楽しもう!」

「おー!」


 お祭りは、終わってしまえばあっという間だった。


「本当にありがとう! お陰でいいライブになりました!」

「お役に立てたでしょうか?」

「それはもう! 来年も出て欲しいくらい!」


 企画担当の人もとても喜んでくれて、やってよかったなと心から思う。

 この後、ライブメンバーで軽い打ち上げがあるから良かったら、と声をかけてもらってからメンバーだけになったところで、スーツ姿の女性が寄って来て、


「失礼いたします。私、こういう者なのですが、本格的なアイドル活動にご興味はおありですか?」

「~~~っ!?」


 その言葉を聞いた叶音が一瞬で卒倒しかけるほど興奮した。

 玲奈が「まあ」と目を丸くし、慌てた恋が少女の身体を支える。

 私たちと一緒に応対したマネージャーさんが「ふむ」と名刺に書かれた社名を見て、


「きちんとした事務所ですね。私も保証します」

「あら。そちらはmioさんの?」

「はい。申し遅れました。私はこういう者です」


 業界人らしい名刺交換。

 ちゃんとした事務所の人が傍にいてくれるのってすごく強いな、とあらためて思った。


「相原叶音さん。嬬恋恋さん。私としても上とあらためて相談させていただきたいので、できましたら即答は避けていただけると……」

「あら。それは少し横暴では?」

「即席とはいえmioさんの参加するバンドなのですから当方にある程度の権利はあるものと考えております」


 なお、この後さらに二組ほど名刺を渡されることになり、叶音はもう半死半生の有様だった。


「あたし、もう死んでもいいわ」

「待って叶音。まだ夢は叶ってもいないからね」

「十分叶ったわよ。あたしがアイドルのスカウトもらったのよ?」


 うん、気持ちはわかる。

 わたしはさらっと事務所入りしてしまったので、一般人のまま声優スカウトを受けてみたかった気持ちはあるし。

 と。


「一週間ぶりだね、叶音ちゃん。それから恋ちゃんも」


 男性の爽やかボイスが不意にわたしたちへと投げかけられた。

 誰? と思い振り返ると、そこにいたのは初対面の男性だった。線が細くて女性的な印象。……だけど、なんだろう。その目だけはギラギラしていて、なんというか性欲が強そうに見える。いや、わたしの偏見かもしれないけど。

 お姉ちゃんを紹介してくれと言った時の湊に近いというか、それよりもっと直接的というか、ちょっと身の危険を感じる。


「そちらのお二人は初めまして。西園寺のご令嬢と噂のmioさんには是非会ってみたかったんだ」

「叶音、この人知り合い?」

「あー。ほら、前に話したスカウトの人。新しく事務所を作るからって」


 ああ、例の胡散臭いスカウトか。

 頷いたわたしは警戒心を強める。偏見かもしれないけど、敢えて男性のスカウトを使ってくるあたりとか妙に馴れ馴れしいあたりとか嫌な感じしかしない。向こうの世界だったらAVの勧誘じゃないかと思ってるところだ。いや、さすがに中学生を使ったりしないとは思うけど。

 玲奈も目を細めて(玲奈の場合、男全般にわりと厳しかったりするけど)「どちら様でしょう?」と硬い声を出して、


「申し遅れました。私、こういう者です」

「……ああ。お母様の話は母から何度か聞かされております。有能な部下だ、と」

「光栄です。私も母のように、とまではいかなくとも世の中に貢献出来たら、と新たな事業を計画しておりまして、その一環としてスカウトを行っている次第です」

「そうですか」


 あ、珍しく玲奈がわかりやすく不機嫌だ。

 どうでもいいから美桜さんに近づかないでくださいますか? とまで思っているかどうかは定かではないものの、あまり好みのタイプではなかったらしい。

 まあそうだよね。この人、玲奈のお父さんと同じタイプだし。

 要するに女の子を片っ端から食い散らかしそうな男だ。

 わたしはマネージャーさんをつんつんして正気に戻らせる。イケメンに釣られそうになっていた彼女ははっと仕事モードに戻って、


「申し訳ありませんが、過度の勧誘はご遠慮ください。特にmioさんは既に当事務所に所属しておりますので」

「これは失礼。今日はご挨拶だけで長居するつもりはありません。それではまた、機会があれば」


 それでもしっかり名刺だけは渡して去っていった彼は、去り際にちらりとわたしを見た。

 当人もわたしに気づかれたとは思っていなかったかもしれないけど──その目はとても冷え切っていて、にもかかわらず燃え上がりそうなほどの憎しみを宿しているように見えた。

 いったいどうして。

 帰ってからお母さんやお姉ちゃんに聞いてみてもわたしとのまともな繋がりは見出せなくて、わたしは狐につままれたような気分を味わった。

 彼が再びわたしの前に現れてとんでもないことをしでかすのはもう少しだけ先の話になる。

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