美桜とクリスマスの予定 2018/12/1(Sat)
アイドルユニット結成が仮決定した翌日。
わたしと恋は玲奈の部屋でお茶をしていた。
今日の話題は、
「クリスマス……どういたしましょうか?」
「クリスマス」
「クリスマスかぁ」
付き合い始めてから初めてのクリスマス。
こっちでもクリスマスは「恋人たちにとって特別なイベント」だ。
わたしだってもちろん二人と過ごしたい。プレゼントだってもう悩み始めていてだいたいの当たりをつけている。
とても楽しみなイベントなんだけど、
「美桜さんは当日、お仕事なのですよね?」
「……うう、そうなんだ。本当に残念なんだけど」
イブの日はとある大型商業施設のクリスマスイベントにキャンペーンガール的な役割で呼ばれている。
お姉ちゃんも一緒で、メディアの取材も来る。もちろんお客さんもいっぱい来るからここは正直外せない。来年のお仕事が捗るかどうか、ここで頑張るかどうかで何割か変わってきてもおかしくない。
と、いう話は実は昨日、事務所でも話があって。
玲奈も「すべてわかっている」という風にゆったりと紅茶を傾ける。
「抜けられないお仕事があるのはもちろん承知しております。……と、言いますか、わたくしも人のことを言えない立場です」
彼女も「特に予定がないなら挨拶周りに付き合いなさい」とお母さんから命じられているらしいし、そうでなくとも事務所との契約が控えている。
アイドルになったらプライベートの予定を犠牲にしないといけないことももちろんある。
「美桜さんと同じお仕事ができるようになるのはむしろ幸いです。これなら文句なく一緒にいられるわけですから」
「そうだよねっ。一緒にレッスンしたり、お仕事したり。楽しそうっ」
わたしは別の仕事もあるのでいつも一緒、というわけにはいかないだろうけど、一緒にいられる時間が伸びるのは間違いない。
ふう、と、玲奈はどこか恍惚とした息を吐いて、
「今までなかなか見られなかった美桜さんの顔がたくさん見られそうで今から楽しみです」
「? 玲奈ちゃん、どういうの想像してるの?」
「レッスン後の額に汗を浮かべた美桜さんですとか、歌っている際の美しい美桜さんですとか……そういったお顔ですね」
「は、恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいなあ」
「だーめ。そういうのなら私だって見たいもん」
二人にとってはわたしの頑張ってる姿を間近で見られる、というのも原動力の一つらしい。
不純な動機? でも、頑張れるなら理由がなんでも構わないと思う。
恋たちがレッスンや仕事に手を抜くのは想像できないし。
もちろん、叶音は燃えに燃えている。昨日の別れ際、「本格的なレッスンに備えて自主練増やさなくちゃ!」って言ってたので今日はさっそくカラオケにでも行っているはずだ。
ちなみに。
うちの中学・高校の文化祭で一緒にライブした二人は、わたしたちがスカウトされた件について羨ましそうにしたものの、素直に「おめでとう」と言ってくれた。
大学の学園祭でも緊張するくらいだからプロデビューなんてとてもじゃない、とのこと。むしろ他のアイドル研究会メンバーと一緒に「うちからプロデビューする子が出るなんて!」とはしゃいでいた。
「本当にごめんね、二人とも。別の日にずらしてもらってもいいかな?」
「もちろんです。……ちなみに美桜さん、確認なのですが、25日のご予定は?」
「う。あらためて聞かれると言いづらいけど、ラジオに出演予定です」
わたしやお兄さんがお手伝いしているゲーム会社の現行作関連のラジオだ。
わたしたちが関わっているのは近々リリース予定の新作スマホゲームなので直接は関係ないんだけど、新作の宣伝も兼ねて呼ばれることになった。
ほら、一応わたしも声優だし。関わりのある会社だから向こうも呼びやすかったらしい。
「もう、美桜ちゃんお仕事入れすぎだよ!?」
本当にごめんなさい。
「23日と26日は空いてるから! 絶対空けてくださいって頭を下げたから!」
「そんなに仰らなくても大丈夫です。美桜さんのお気持ちは十分に伝わっております」
「本当?」
「うん。本当はクリスマスしたいって顔を見ればわかるよっ」
そんなにわたし、わかりやすい表情をしていたのか。
もはやわたしにとって「プライベートの香坂美桜」が素になっているということだ。
意識しなくてもこの状態で話せるので、お仕事とかでモードを切り替える必要がない限り表情筋のコントロールがおろそかになっている。
普段から演技し続けるのも心苦しいからいいんだけど、少し恥ずかしい。
と、恋がここで「それにね」と苦笑して、
「せっかくだからみんなとクリスマス会したいからちょうどいいっていうか」
「ああ、あるよねそういうジレンマ」
家族、恋人、友人。人によっては友人とは別枠で「部活仲間」とかが入ってきたりするかもだし。
全員を一度に集めるのも難しいし、かといってどうせなら色んな人と一緒に過ごしたい。
それぞれの予定もあるからなかなか難しくて、男だった頃、家族と過ごすクリスマスなんかは日付関係なく「直近の土曜日」だったりしたっけ。
「うちは家族のクリスマスが20日くらいになりそうかなあ」
「美桜ちゃんのおうちはみんな忙しいもんねっ。うちはたぶん25日かなあ?」
「あら。24日が祝日ですのに敢えて平日になさるのですか?」
「あはは。ほら、24日って仏滅なんだよね、今年」
「ああ、なるほど」
クリスマスはキリストの生誕記念日だ。
キリストは仏様ではないけれど、仏滅の日に「誕生日おめでとー」と祝うのもなんかアレだ。
そういうの気にしない日本人も増えてきたけど、気にする家は気にする。
「でしたら23日に三人で、というのが最適でしょうか?」
「うん、賛成」
恋も異議なしだったので日付はわりとあっさり決まった。
問題は場所で、
「我が家でしたら何の問題もありませんが」
「皆さまのお祝いをする心の準備は既にできております」
と、玲奈も小百合さんも言ってくれたものの、さすがにいつも西園寺家に頼るのも悪い。
「わたしとしてはどうせなら夜景の綺麗なレストランとか招待したいな、とか」
「美桜ちゃん? 私たちまだ中学一年生だよ?」
「そうだけど! せっかくの記念だし!」
「わたくしも相当、想いが深いと自覚しておりますが、美桜さんもかなりのものですよね……?」
だって、初めてできた恋人がこんなに可愛くて優しくていい子なんだし。
「待って美桜ちゃん。そんな高いところ招待されたら私が何もできないよ!」
「そんな、恋さん。お気になさらずとも」
「そうだよ。わたしがしたくてするんだし」
「美桜ちゃん? 玲奈ちゃんにそれ言われて素直に納得する?」
しません。
……というわけで、夜景の綺麗なレストランも却下。
「うう。じゃあどうしよう? 素直に玲奈に甘える?」
「うーん……。あ、そうだ! 美桜ちゃんのおうちとか、だめ?」
「わたしの家?」
みんなの予定を思い返すと、お母さんは確か仕事。お姉ちゃんはモデル仲間か友達か彼氏(湊)とクリスマス会をする予定だと言っていた。
「うん、美空も一緒で良ければぜんぜん大丈夫だけど」
これに恋はにっこり笑って、
「じゃあ、みんなでお料理しようよ! そういうのもきっと楽しいよ!」
こうして、恋人たちとのクリスマスの予定が決まった。
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