美桜と新しいマンガ 2018/10/3(Wed)

 私は某社でマンガ編集者を務めている。

 他社の少年マンガが空前のブームを起こそうとしている現状に苦い思いをしていたところ、他部署の知り合いから連絡を受けた。

 久しぶりに食事でもどうか、と。

 行きつけの定食屋で日替わりを二つ注文してお茶を飲んだところで話を始めると、


「それで、なにか話があるんでしょう?」

「ええ。マンガの企画を持ち込ませてもらえないかと思って」

「あなたがマンガの企画を?」


 私は相手の話に少しむっとした。


「うちが苦しんでるのは主にあなたのせいなんだけど?」

「仕方ないじゃない。私だって後悔してるのよ」

「はあ……。モデルとしてのmioの人気もうちで独占できてないし、ほんとあそこの会社調子乗りすぎじゃない?」

「そこで企画なのよ。mio原案のマンガをうちでもやらない?」

「できるの?」


 もともとmioを引っ張ってきたのは彼女だ。

 知り合いのモデル(元読モ)からの知り合いだったらしいが、娘さんの友達でもあるらしくプライベートでも交流がある。


「美桜ちゃんから送られてきた企画書よ」


 にやりと笑った彼女はタブレット端末に表示したデータを見せてくる。

 どれどれと私はそれを覗き込んで、


「……しっかりした書式ね?」

「テンプレくださいっていうから書き方だけ教えたのよ」


 題名に見出しに、みたいな本当に簡単なやつを転送しただけだそうだが、それでそこそこまともな企画書を作れる中学一年生って……。


「内容もかなり特殊ね。男の子ばっかりの不良もの?」

「面白いでしょう?」


 不良と呼ばれる存在は昔から一定数いる。

 ただ、大規模なグループを形成したり派手に暴れることはほとんどない。乱暴な女は男受けが悪いから流行らないし、喧嘩をして怪我をすれば恋愛や出産に差し支えるかもしれない。

 酒やタバコもよほどの無茶な子でない限りは「ちょっと触れてみる」程度だ。……大人になってからドハマりする人は少なくないけれど。

 男の不良なんて猶更いない。

 彼らは爆発させるほどの不満を抱かないからだ。政府からの補助が手厚いので貧乏でも生活できるし、女にも困らない。別に勉強ができなくても二、三人女を囲って貢がせるだけで死ぬまで安泰だ。

 なのに、企画書にあるのは男女の人数比が均等な現代で男の不良が幅をきかせている世界の話。

 学校ごとや地域ごとに不良のグループがいくつもあって日夜抗争を繰り広げている……なんて、ちょっとすぐには理解が追いつかない。


「原案にしては情報量が多いんだけど」

「ツッコまれそうなところを補足していったら長くなったそうよ。ついでに私もいくつかツッコんだらそんな感じにね」

「例えばで書かれてるストーリ案が具体的なのも……」


 可愛い幼馴染のいる主人公。

 一緒の高校に進学したかったけど幼馴染の行く進学校には合格できず、不良の多い低レベルの高校に通うことに。そこでチンピラから因縁をつけられた彼は喧嘩をし、それをきっかけにとある不良グループから勧誘を受けるようになる。

 不良グループは一般人から煙たがれているものの、裏では地域の治安を守ってもいる。

 他のグループにシマを荒らされれば大切な幼馴染も傷つく、と考えた主人公は不良グループに入り、戦い、やがて「地方の不良グループを一つに統一して平和をもたらす」という壮大な夢を抱くようになる。


「つまり、不良をテーマに三国志や戦国時代をする感じなのね」

「そう考えると理解できなくもないでしょう?」


 男女比率の偏りが本気で問題にされ始めたのは約百年前。私も男がたくさんいた時代は知らない人間だが、以前は男が女と同じくらいいて戦争や肉体労働で活躍していた。

 当時の世界を描くのマンガでもドラマでの一つの人気ジャンルだが──こんな退廃的な「現代」はなかなか想像しづらい。


「似たような作品はまだないでしょう?」

「ええ」


 これはファンタジーだ。絶対にリアルではありえないからこそ面白い。

 男性的な格好良さを描く作品だから男子にも受けるだろうし、男の子がたくさん出てくれば読む女子はいる。

 私は頷いて、


「編集長にかけあってみる。企画書のデータを転送しておいてくれる?」

「勝算は?」

「通る。……っていうか、通すわ。あくまでも原案だから修正も効くし、ここまでしっかりした叩き台があればマンガ家さんもアイデア湧いてくるでしょ」


 ちょうどいい人が空いていないか確認しないと。もし空いていなければ画像投稿サイトなんかをチェックして在野の上手い人を発掘して来よう。

 彼女は「役に立ちそうで良かった」と微笑んで、


「美桜ちゃんは『他にも考えてみる』って言ってたから、もし通らなかったらそっちも検討して」

「代案になるようなアイデアがまだあるの……!?」


 もうとりあえず「mio原案」で片っ端からマンガ化してみたらどうだろうか、と、私は本気で思った。



   ◇    ◇    ◇



 十日くらいかけて考えたネタを橘さん──ほのかのお母さんに送ったら一週間もせずに「編集部に来られる?」と連絡が来た。


「ごめんね、平日なのに放課後に来てもらって」

「いえ、慣れてますから。それに放課後のほうが急ぎの用事ができづらいので」


 日中だと「今から来られる?」と電話が来ることもたまにあるのだ。

 橘さんは「本当に大変ね」と苦笑するとわたしをマンガの編集部に連れていってくれる。


「制服だとコーデ考えなくていいから楽ですね」

「美桜ちゃんいつも私服もしっかりしてるじゃない」

「考えるの大変なんですよ、あれ」

「またまた。むしろ流行を作る側の癖に」


 流行を作る側に見えてる人にも実はメーカーからさりげなく新商品が送られてきて無言の期待が込められていたりするの、橘さんだって知ってるじゃないですか。


「美桜ちゃんはどうしてそんなに平気そうなの……?」


 現地で合流したマネージャーさんは緊張していた。


「何度も来てるので慣れちゃいました」


 マンガの原案とか明らかにモデルも俳優も声優も関係ないけど一応事務所通してのお仕事ということになるので来てもらった。

 そんなわけで、会議室まで行って編集さんと編集長さんに挨拶する。……って、編集長!?


「あの、どうして編集長さんまで?」

「また聞きで承認する方が手間だと思ったので」


 詰められる内容はこの場で詰めてしまえ、という気合いに危機感を覚えたわたしだったものの、話し合いは思った以上にさくさく進んだ。

 ちなみに橘さんは挨拶とわたしの引き渡しだけしたら戻っていった。


「向こうの出版社との契約は問題ないんでしょうか?」

「現行作品の関連作であれば他社に提供しない契約がありますが、新規オリジナル作品であれば問題ありません」

「mioの名前を出して宣伝することも可能ですか?」

「独占契約は結んでいませんし、御社とはもともとお付き合いがありますので文句を言われるいわれもありません」


 マネージャーさんがいると話が楽っていうか、わたしこの場に必要だった? という勢いである。


「マンガ家さんですが、候補をこちらにまとめました」

「もうそこまで話が進んでるんですね……?」

「こういったことは早いほうが良いので」


 三人の候補はどの人も上手くて悩ましかった。

 あれ? というかなんか覚えのあるハンドルネームの人がいるような……? と思ったらお兄さんのアシスタントさんの一人だった。


「これは契約的に大丈夫なんですか? 引き抜きですよね……?」

「アシスタントは基本、マンガ家さん個人が雇うものですので問題ありません。にもかかわらず『他社でのデビュー禁止』と言うのは不当な囲い込みでしょう」


 なんであなたのところでさっさとデビューさせなかったの? というわけか。


「でも先生の仕事が滞るのは間違いないですよね……?」

「それはまあ仕方のないところかと」


 しれっと言われたけどわりと問題だ。

 でも、一応話だけ持っていってみたところ「連載にこぎつけるには数か月かかるしその間はアシスタントを続けられる。それから連載一本で食べて行くのも難しいので連載開始してもアシスタントを続けるべき」という話になったので、結局その人にお願いすることになった。

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