美桜と魔女 2018/10/5(Fri)
「美桜さんを完全に繋ぎとめておけるとは思っていませんでしたが、やはり梟森先輩でしたか……」
「女の子にモテるのにまだ美桜ちゃんのこと狙ってるんだねあの人。しつこいっ」
「玲奈も恋も落ち着いて。そういう用事じゃないってば」
わたしは放課後、梟森先輩と約束をしていた。
前もって伝えてあったんだけどやっぱりお気に召さないみたいでこの調子。玲奈にいたってはわざわざ特進の教室から会いにきてくれた上でだ。
玲奈についてきた──連れて来られた? 叶音とほのかはそれぞれ呆れ顔と困り顔で、
「恋、あんたも部活でしょ? さっさと行くわよ」
「玲奈ちゃんも、あんまり美桜ちゃんを困らせたらだめだよ」
「……それはそうだけど」
「……あの梟森先輩の家となるとさすがに平静ではいられません」
考え過ぎなんだけど、まああの先輩もかなりアレな人なので玲奈たちの気持ちもわかる。
「大丈夫だよ。わたしは恋と玲奈の彼女だから」
はっきり言えば少しは落ち着いてくれるかと思って告げると、他のクラスメートから「きゃあ!」と歓声が上がる。
友達同士で「どっちが攻めだと思う?」とか言い合うのもどうかと思う。
「それはそうですが、美桜さんは人気がありますから」
「いつ誰に取られてもおかしくないよね?」
そんな泥棒猫みたいな奴はそうそういない、と思うんだけど。
「それ言ったら玲奈たちだって人気あるでしょ。ほのか、玲奈と付き合えるとしたらどう?」
「え、私っ!? それは、えっと、うう……」
真っ赤になって硬直するほのか。うん、わりと脈がありそうだ。
「叶音は恋から告白されたらどうする?」
「付き合うわよ当然」
「ほら。わたしだって玲奈たちから飽きられないように頑張ってるんだよ」
「うう。い、今私たちの話はいいの!」
あ、強引に話を遮られた。
「本当でしたらあの方とは話もしないでいただきたいのです」
「梟森先輩はその気のない子に無理やりする人じゃないよ」
「でしたらせめて用件だけでもきちんと教えてください」
「わかった。じゃあ、小百合さんの車の中でね」
周りが「ここじゃ言えない話なんだ!」と盛り上がるのはこの際仕方ないとして、玲奈たちと一緒に昇降口で向かおうとすると、
「美桜? 先に家に帰っていればいいかしら?」
「すみません、先輩。そうしていただけますか?」
にやりと笑う梟森先輩が火に油を注いだ。
恋たちは先輩を睨みつけつつわたしの腕を取る。ほんとに仲悪いなあ……。
「美桜様。大事な話とのことですが、私は外に出ていましょうか?」
「えっと……そうですね。すぐ終わりますので、車の外にいてもらえますか?」
「かしこまりました」
車の中で三人だけになって玲奈たちに話したのはわたしが髪に着けてるお守りに魔術的な効果があるという話。
「梟森先輩と先輩のお母さんは魔術に詳しいの。だからお守りのメンテナンスをしてもらいに行くんだ」
「……にわかには信じがたいですね」
「美桜ちゃん、マンガの話じゃないんだよね?」
「うん、まあ、わたしも半信半疑な部分はあるんだけど。だから話しづらかったんだよ」
入れ替わりの件を伏せようとすると微妙に舌足らずな説明になるし。
「魔術などというものが実在するとして、そのお守りは必要なのでしょうか?」
「うん。あったほうが呪いとかかけられた時に安心できるし」
「呪いですか。……確かに、美桜さんも有名人ですものね」
ふう、と息を吐いた玲奈はどこか遠い目をした。
「我が家にも呪いめいた文言や品物が送られてくることはあります。もちろん、使用人がただちに処分するのでわたくしやお母様の目に触れることは基本的にありませんが」
納得してくれた玲奈たちと別れて先輩の家へ。
小百合さんに会えたのはちょうどいい面もあった。貴重品だからと預かってもらっていた品を返してもらって、先輩たちに渡す。
「これ、お守りをいただいたお礼です」
「別に気にしなくても良かったのだけれど」
「もう買ってしまったので受け取ってください」
持ってきたのは北欧から取り寄せた木彫り細工だ。
かなり凝った装飾がされているうえ、よく見るとルーン文字も彫り込まれている。
「お婆ちゃんの伝手で取り寄せてもらったんですけど、どうですか?」
「良い品ね。さすがだわ」
木彫り細工じゃなくて銀細工とかのほうがいいんじゃないかと思って心配だったけど、どうやら気に入ってもらえたらしい。
「でも、美桜ちゃん? 高かったでしょう? 大丈夫?」
「大丈夫です。こう見えてわたし、結構稼いでるんですよ?」
基本給の中から服を買って、いくらか家にお金を入れても余る。
パソコンを買ったり、DCGに初期投資という名の課金をしたりしても余裕があるのでそこから捻出しただけだ。
そう伝えると先輩は遠い目をして「芸能人はさすがね」と呟いた。
「じゃあ、少しお守りを貸してくれるかしら。この家なら魔術防御が効いているから外しても大丈夫なはず」
「わかりました。お願いします」
メンテナンスと言っても機械と違ってあれこれ弄り回すわけじゃない。
むしろ手に取って何かを感じ取ったり念を送るような作業が中心で見ていて非常に地味だった。
「魔力は十分供給されているわね。劣化の心配もなさそう」
「本当ですか?」
「ええ。美桜ちゃんはいい素質を持っているわ。神職でもやっていけそうなくらい」
微笑んだお母さんはふと真剣な顔になって、
「でも、思ったよりも『攻撃』が多いみたい。相応に恨まれて──いえ、妬まれているのでしょうね」
「魔術が使える人ってそんなに多いんですか?」
「ちゃんとした魔術とは限らないわ。ただの念であってもそれが強かったり、長い期間続いたり、なんらかの道具と組み合わされば十分に呪いになりえるから」
芸能界に入ったばかりの新人が次々仕事をもらっているのだから嫉妬を受けて当然。
わたしの周りはみんないい人だけど──もしかしたらわたしの見えていないところで黒い想いを抱えている人もいるのかも。
それとももちろん、わたしが直接会ったことない人かもしれない。
「玲奈の家も嫌がらせをされてるみたいなんですけど、お守りとか贈ったほうがいいでしょうか?」
「西園寺家でしょう? あそこは大丈夫よ。屋敷自体が結界になっているし守りの装飾も多い。女系の伝統も魔を退ける一助となっているはず」
ちなみにわたしに向けられた呪いもお守りの効果で呪詛返しされ、呪った相手にちょっとした被害を出しているらしい。
呪った側が殺意とか向けない限りは大した被害は出ない──せいぜいお腹痛くなるとかその程度だという話なのでその点は安心である。
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