美桜とほのか(その3) 2018/9/21(Fri)

 金曜日の夜、不意に響いた着信音。

 宿題を片付けてひと息ついていたわたしは何気なくスマホを手に取り──表示されていた名前を見て緊急事態を察した。


「もしもし、ほのか?」

『美桜ちゃん。……あのね、明日うちに来れないかな?』


 この友人がいきなり電話してくるなんてなにかあったのでは、と思ったけど、どうやら本当になにかあったらしい。


「もちろん行くけど、いったいどうしたの?」

『ちょっと電話だと話しづらいから、明日直接聞いて欲しいの』


 本当にどうしたのほのか!?

 ものすごく気になる。でも明日でいいならやばい話じゃないだろう。

 ある程度安心して眠りにつき、翌日の十時ごろに訪問するとお兄さんにお母さんまで勢揃い。


「今日はお仕事はお休みですか?」

「切羽詰まってはいないし、仕事してる場合じゃないもの」

「ほんとになにがあったのか気になるんですけど……」


 話の先を促せば、お兄さんが「ほら」とほのかを急かす。

 なんだか複雑な表情をした友人は「えっと」とわたしを見て、


「わたしが小説を投稿してるのは知ってるでしょ?」

「もちろん。マンガの外伝もだけど、オリジナルのほうも大人気だよね」


 贔屓なしでポイントを入れたし、こっそり感想も書いた。

 誰の作品かは伝えず玲奈に教えたら彼女もハマってたし。


「それで、サイトの運営さん経由で『書籍化しませんか?』って話が来て……」

「おめでとう、ほのか!」


 わたしは立ち上がってほのかの手を握った。

 なんだ、心配してたのにすごくいい話じゃないか。


「良かったね。あ、でも、外伝のほうなんて半分公式なんだしそっちもそのうち本になるよねきっと。わたし、知り合いが作家になるなんて初めてだよ」


 お婆ちゃんは翻訳家だから本は出してるけどちょっと違うし──と。


「全然よくないわよ」

「ええ……?」


 まさかの方向、ほのかのお母さんがお怒りモードだった。

 えっと、ひょっとしてお酒でも飲んでる?

 これにお兄さんがあきれ顔をして、


「別にいいだろ、ほのかの才能が認められたんだから」

「いいわけないでしょ、ほんとにどうしていつもいつも……」

「あの、いったいどういう?」

「いや、ほのかに連絡してきたのがうちのマンガと同じ出版社でさ」


 ああ、なるほど。そりゃ半公式──というか公認外伝なんて書くくらいなのでほのかの存在は向こうの会社には伝えてある。

 小説・ラノベ部門の人がオリジナルの方も読んでみて「これは売れる!」と思ってもぜんぜんおかしくない。

 むしろあとあと外伝のほうを売るための布石かも。わたしの写真集みたいに。


「美桜ちゃんとこの子を取られてるのに、なんでほのかの小説まであっちから出されなきゃいけないのよ。私編集者なのに」

「橘さん、編集者だからって贔屓はしないみたいなこと言ってませんでしたっけ?」

「賞の選考に手を入れたら不正だけど、スカウトなら話は別じゃない」


 自分の娘を自分のところの出版社でスカウトできないのが不満と。


「根回しはしたんですか?」

「ああ、うん。そういう単語がさらっと出てくるあたり美桜ちゃんも腹黒くなったというか……いや、元からか?」

「どういう意味ですかお兄さん」


 それはともかく。


「根回しなんかしてないわよ。違う部署に娘売り込むとか職権乱用じゃない」

「そうやって変に真面目ぶるから手柄持ってかれるんじゃね?」

「じゃあどうしろっていうのよ?」

「ほのかに返事を待ってもらって、小説の編集者さんに話をしたらいいんじゃないですか?」


 若干職権乱用感はあるけど、別に保護者として「この出版社はやめときなさい」って言うのはおかしくないし。知り合いの出版社があるなら「今熱いWeb小説があるんだけどどう?」と売り込むくらいたぶん問題ないだろう。

 お母さんもこれに「なるほど」と言って、


「じゃあさっそく知り合いに電話──」

「でもほのかもあっちの会社と繋がってるようなものだろ。下手に打診を蹴ると外伝の書籍化もなくなるかもしれないぞ」

「そもそもそっちの書籍化ってほんとにある話なの?」

「今の段階で俺に話が降りてくるわけないだろ」

「わたしはあると思います。わたしが編集者だったらこんな美味しい話見逃しません」


 原作者(この場合はお兄さん)公認の半公式外伝。

 この作品の投稿からマンガの二次創作も増えていてマンガ自体の売り上げも上がっている。知名度が増えればさらに新規読者を呼び込めるのでまさに好循環だ。

 じゃあとりあえず外伝作者のオリジナル作品を書籍化してさらに燃料を投下しておき、外伝および二次創作への興味関心をさらに煽っておくのはいいと思う。


「ねえ、美桜ちゃん? うちの会社でプロデューサーかなにかやらない?」

「……ほんとに美桜ちゃんは見えてるものが人と違うよね」

「俺が分身できたらもう一、二本並行してマンガ描くんだけどなあ」


 なんかこれ、褒めると見せかけて罵倒されてない?


「わかったわ」


 はあ、とため息をついたお母さん。


「ほのかをうちで使ってもらうのは諦める。……その代わりに美桜ちゃん、うちでもう一本マンガの原案をしてくれない?」

「ええ……!? わたしただの役者兼モデルですよ?」

「兼声優だろ?」

「ゲームのアドバイザーもしてるんだよね?」


 なんでも屋なんだからいいだろ、とばかりに詰め寄られたわたしは「正式なお話をいただければ……」と答えてその場を逃れた。

 とりあえずなんか良さそうなネタをいくつか考えておかないと。ヒットしなかったら最悪「わたしこれ本業じゃないし」と開き直る。


「ほのか、それでこの話はどうするんだ?」

「うん。……よろしくお願いします、って返事するよ」

「そうね。あの会社なら大手だから安心だし」


 お母さん、さっきと言ってることが違います。


「それもあるし、その、私の小説を一番に『良い』って言ってくれたところだから。ちゃんとお礼がしたいな、って」

「うん。そういうのも大事だよね」


 商売だから売れるのが優先。でも、作品を作っているのも流通させているのも人間だ。人と人との繋がりだって疎かにしていいわけじゃない。

 深く頷いて「わたしも覚えておこう」と思っていると、今度はほのかがわたしの手を取って、


「ありがとう、美桜ちゃん。美桜ちゃんがいなかったら私、きっとこんな経験できなかった」

「そんなことないよ。これはほのかの実力だよ」


 わたしなんてただのきっかけだ。

 ほのかならきっと、わたしがいなくても成功していた。わたしはそう思う。

 でも、お兄さんはわたしの頭にぽんと手を置いて、


「素直に胸を張ってもいいんじゃないかな、美桜ちゃん」

「お兄さん」


 子供扱いしないでください、と言いたいところだったけど、大学生と中学生じゃ実際子供だ。


「わたし、もうちょっと生意気になってもいいんでしょうか?」

「いいんじゃない? 試しにやってみなよ」

「え、今ですか? えっと、お兄さんのざぁこ♪ 悔しかったらマンガ描け♪ みたいな」

「そういう方向性で生意気になるのは違うだろ!?」

「冗談です」


 ほっと息を吐いたお兄さんは「変な趣味に目覚めそうになるだろ」と呟いていた。

 そういえばこの世界だとメスガキってどうなんだろ。……男が強い世界だから、空想の中にしか存在しない「都合のいいメスガキ」は案外需要があるかも。


「じゃあ、わたしが出演するアニメはわたしが自分で確保する、くらいのつもりで原案頑張ってみようかな……?」

「うん。頑張って、美桜ちゃん」

「はは。まあそこまでしなくても、俺のマンガがアニメ化したら美桜ちゃんを推薦するけどな」


 知り合いの声優をキャストに指定するマンガ家もなかなかに職権乱用じゃないだろうか。

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