美桜と文化祭(その2) 2018/9/6(Thu)
「わ、わたしが主演……!?」
始業式から数日後のLHRでのこと。
教室内に拍手が起こる中で声を上げると、複数のクラスメートから「なにか問題でも?」という顔をされた。
「香坂さんはプロの役者なんだから文化祭の演劇くらい簡単でしょ?」
いや、プロのクオリティを求めるなら役作りと稽古にかなりの時間が必要なんだけど──って、それはまあ置いておくとして。
そんなに簡単に決めてしまっていいのか。
「でもわたし、当日お仕事が入ったら来られないし」
「あ、そっか」
さすがにこれは効いた。
演劇を予定しておいて主演が来られません、は普通に他の子も困る。
「残念。恋愛の劇にしたら絶対盛り上がるのに」
「嬬恋さんに相手役やってもらったり」
その場合、わたしが男役なんだろうか。
まあでも、これで目立つのは避けられた。みんなのお祭りなんだからここでまでわたしがでしゃばる必要はないはず……。
「去年は香坂美姫さんがお仕事として出席していたはずだけど、今年は生徒会から依頼はないのかしら?」
「先生、そんな話があるんですか?」
「ええ。香坂さん、生徒会から何か聞いてない?」
「初耳です」
すると先生は「確認してみる」とわたしたちに約束してくれた。
文化祭に来られるのはありがたいけど、これで再び流れが変わってしまい、
「じゃあとりあえず二パターン考えておこっか」
「そうだね。片方は美桜ちゃん主役のやつで」
「やっぱり演劇かなあ?」
「メイド喫茶とかもいいと思う!」
メイドさんの格好とかお仕事でもしたことない。
……うん、プライベートでさせられたことはあるけど。
ツッコミを入れたいような、でも演じるのもお洒落も嫌いじゃないし。
みんながいいならいいのかな、とわたしは自己完結した。
「頑張ろうね、美桜ちゃんっ」
「そうだね。もし当日来られなくても準備は手伝えるし」
生徒会からは翌日の昼休みにさっそくアクションがあった。
「お忙しい中、お越しいただいて申し訳ありません、香坂美桜さん」
「いえ、そんな。お気になさらないでください」
なんと呼ばれたのは高等部の生徒会室。
中等部の生徒会長、それから中等部・高等部の文化祭実行委員長まで揃っていてそうそうたる顔ぶれだ。
昼休みに呼ばれて食堂に行けない分、お弁当まで用意してくれている。近くのお弁当屋さんで買ってきたものらしく、まだ温かいうえに味も良かった。
「先生からも聞いているかもしれませんが、生徒会、および文化祭実行委員会では美桜さん──mioさんにお仕事を依頼したいと考えております」
「それって、いわゆる文化祭に芸能人を呼ぶやつってことですよね?」
「ええ。当学校に芸能人がいらっしゃるのであれば活用しない手はありません。むしろ、当日お仕事で来られない、という話になってはかなりの痛手です。でしたらきちんとお金を支払ってでもスケジュールを確保していただくほうが良いでしょう」
文化祭に芸能人が呼ばれるのは珍しくない。
イベント用の予算も学校側からもらえるので、その範囲でギャラも支払われる。ただ予算の都合上大した額は出せないので、たいていの場合は生徒や先生の知り合いが呼ばれたり、OB・OGが母校の頼みということで格安で引き受けたりする。
文化祭だからってお仕事をお休みさせてもらうよりはギャラが安いけどお仕事です、ってなるほうがわたしとしても話を通しやすい。
「mioさんから了承いただけるのであれば事務所に正式にお願いしようと思うのですが」
「わたしはもちろん大歓迎です」
「ありがとうございます。ただ、お仕事としてお願いする以上、生徒会や他の団体からの応援依頼を受けていただくこともあるかと思います。そこも考慮してお返事いただけると」
なるほど、クラスで演劇やってる時間以外は他の助っ人に周るわけか。
「わたしにできる範囲であればもちろん大丈夫です。……ちなみにお姉ちゃんも一緒ですか?」
「ありがとうございます。そうですね、昨年に引き続き美姫さんにも参加していただこうと考えております。ですが、美桜さんのほうがおそらく人気があるかと」
お姉ちゃんはモデルなので使い道が限られる。
わたしはモデル兼役者兼声優なのでいろいろ使えるのだ。いろいろ兼業してるのもたまには役に立つ。
その後、事務所からも正式にOKが出たのでわたしとお姉ちゃんは自分の学校の文化祭にお仕事で出る、という不思議な立場になった。
学校からの依頼でもあるので出席はちゃんとつくしこれはなかなか悪くない。
わたしが参加できるとわかって恋たちやクラスメートも喜んでくれた。
そして、
「アイドル部の代表として来たわ。美桜、一緒にライブに出なさい」
「裁縫部です。コスプレ撮影会に参加していただけませんか?」
「文化祭実行委員会ですがミスコンに是非」
「文芸部で朗読劇をするんですが、音声収録の形で出演を──」
「調理部なんだけど、試作品の味見して評価してくれないかな?」
エトセトラ。
なんかすごい数の依頼が来た。これはとてもじゃないけど全部は無理そうだと思ったところで、
「美桜ちゃんっ。私がマネージャーやるよ!」
「ほんと? ありがと恋」
時系列にわたしのスケジュールをまとめた表を作って入れられる仕事と入れられない仕事を分けていく。
二日間の文化祭内だけのスケジュールならそこまで複雑でもないので中学生の恋でもできる。
わたしは親友兼恋人に心から感謝して、
「じゃあ恋、部員のよしみでうちのを優先的に入れなさい」
「おっけー」
「え、そこおっけーするの!?」
「だって私も出るから。美桜ちゃんと一緒に歌いたいもん」
そう言われてしまうと弱い。
上手く協力を取り付けた叶音はほくほく顔で帰っていった。敢えて一年生の叶音に任せた部の他の人たちもなかなかにできる……。
こうしてわたしは当日ものすごく忙しいことが確定しまった。
「これ、SNSのネタになりそうだなあ」
わたしの在籍している学校は事務所のHPを見ればわかる。
文化祭がいつ行われるかは学校のHPに載っている。
隠してもあんまり意味ないので、びっしり埋まったスケジュール表の写真を合わせて公開してしまう。
すると案の定そこそこ話題になった。
もしかしたら文化祭に来てくれるお客さんが増えるかもしれない。お客さんが増えると各店舗の売り上げも増えるのでいいことづくめだ。
クラスメートの中には「美桜ちゃん目当てで男の子が来てくれるかも!」「もしかしたらチャンスがあるかも!」って喜んでる子もいた。
わたしとしても、文化祭のお手伝いとはいえこれだけお仕事があったら技能のアピールになる。
思わぬ収穫だと喜んでいたら実行委員会の人から連絡があって、
「文化祭にテレビ取材の依頼が来ました」
そこまで!? ってなった。
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