美桜と文化祭(その1) 2018/9/3(Mon)
「お姉ちゃん、夏休みって短すぎると思わない?」
「思う。思うけど、あんたは私より三日くらい長かったじゃない」
長くない。お姉ちゃんは宿題で最後の数日が潰れてただけだ。
「慣れなさいよ。芸能界にいる間はこれが続くんだから」
「うん、覚悟しておくよ」
普段、平日を潰してお仕事したりお休みしてるんだからその分、夏も変則的になると思えばいい。
新学期の朝をいろんな気持ちを抱えたまま過ごしていると、
「お姉ちゃんたちは友達に会えるの嬉しくないの?」
「もちろん嬉しいよ。嬉しいけど」
「あんた、一番会いたい子たちとは十分会ってたもんね」
「あはは……。うん、そうなんだよね」
お仕事で何日か休む、とかも何度かあったからクラスメートと久しぶりに会うのは慣れてるし。
「今日も一緒に登校するんでしょ? あんまりいちゃいちゃしすぎないようにしなさいよ?」
「うーん……我慢できるかなあ?」
夏休みの間にわたしの中でいちばん変わったのがこれからもしれない。
恋や玲奈のことを好きな気持ちが抑えられなくなった。
会いたいし話したいし、大好きで仕方ない。ちょっと間違えただけでヤンデレに首を突っ込んでしまいそうなくらいだ。
これが女の子の恋愛ってものなのかな、と思ったりもする。
素直に気持ちを口にしたわたしを美空は羨ましそうに見つめてきて──お姉ちゃんは「ふーん?」と頬をつねってくる。
「自慢してるんじゃないわよ、この」
「お姉ちゃんだって彼氏いるんだからいちゃつけばいいでしょ!?」
「彼氏とは一緒に登校できないし、家に会いになんか行ったら歯止めきかなくなるじゃない!」
いや、平日のご実家に朝行って歯止めきかなくなるのはダメでしょ。
「相手中学生だよ? お母さんいるじゃない」
「だからダメだって言ってるでしょ。私だってさすがに気まずいわよ」
この世界だと「息子をよろしくお願いします」ってなるお母さんも生息してるみたいだけど。
「まあ、そうだよね。男の子だと、女の子を落とすテクニックを身に着けるほうが学校の勉強より役に立つかもだし……」
わたしが思い浮かべた人物は玲奈のお父さんだ。
お金持ちのお嬢様を射止めて婿になった勝ち組。浮気性を許されているのはそれだけ彼が玲奈のお母さんから愛されているからだろう。
……もし、わたしが玲奈と結婚したらあの人の義理の娘になるのか。ちょっとやだなあ。でも義理でも娘になっちゃうのがいちばん安全かなあ。そもそもこの世界で親子ってほんとに安全なのかなあ。
ちょうどよく恋たちがチャイムを鳴らしてやってきたのでわたしは変な思考を打ち切った。
「おはようございます、美桜さんっ」
「うん、おはよう、玲奈」
ドアを開けて出迎えるなり飛びついてきた恋人を抱きしめる。
もう一人の恋人はにこにこしながらわたしに挨拶してくれた。
「おはよっ、美桜ちゃん」
「おはよう、恋」
恋とは朝のランニングで会うので、夏休み中もけっこうな頻度で顔を合わせる。
今朝ももう一度挨拶を交わしているので軽いノリだ。
対して、玲奈とは会えた回数が少ない。暇を見つけて会うようにはしていたけど、玲奈のほうも忙しいのでどうしても会えない期間は長くなった。
業を煮やした玲奈が「わたくしもお散歩をしましょうか」とか言い出したこともあったけど、わたしたちに会うためだけに早起きするのはやめよう、と、恋と二人で説得した。
「さあ、参りましょう美桜さん」
「うん。……それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、美桜」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
わたしと手を繋ぐどころか腕を組んだ玲奈が半ば引っ張るようにして玄関から連れ出してくれる。
対照的に恋のほうは自分のぶんとわたしのぶん、二人の荷物を持って隣に並んだ。
「玲奈。歩きづらいから、手を繋ぐだけにしよ?」
さすがに外は危ないからと声をかけると「……仕方ありませんね」としぶしぶ腕を解いてくれる。代わりに恋人繋ぎなのでこれもなかなかレベルが高いけど。
「美桜様、恋様。お嬢様をよろしくお願いいたします」
「おはようございます、小百合さん。十分気をつけて登校しますね」
「なにかあったら私が美桜ちゃんたちを守るよ!」
お嬢様の玲奈はもちろん、わたしも芸能人で有名だったりするので、ここは恋が張り切ってくれる。
と言っても積極的な悪意に対してはみんなで逃げたほうが良さそうだ。
「あっという間の二学期だね……」
「ふふっ、そうですね。わたくしは忙しいと言っても家の中の用事も多かったのですが、美桜さんは出かけるご用事が多かったでしょう?」
「そうなんだよね。おかげで充実してたけど」
「私も大変だったよ! アイドル部の活動、夏休みもあるんだもん」
恋はそのお陰で歌やダンスがかなり上達したらしい。
「ですが、わたくしは新学期が始まって正直ほっとしているのです」
「どうして?」
「決まっているでしょう? 美桜さんに会えるからです」
真っすぐに見つめられたわたしは「そっか、そうだね」と笑った。
「わたしも玲奈たちに会えるのが嬉しい。少なくとも登下校とか昼休みは一緒だもんね」
「ええ。この時間はとても安心いたします」
登校しながら、わたしたちは二学期の学校行事について話した。
「二学期は文化祭があるんだよね?」
「そうですね。高等部と合同ですからとても賑やかな催しになるはずです。準備も大変でしょうね……」
「前に見に行った時もすごかったよね」
文化祭には小学生時代に行ったことがある。女子校のなんて初めてだったのですごくわくわくした。こっちの世界だと女子校、ぜんぜん珍しくないので、行こうと思えば年に十も二十も女子校の文化祭に行けるけど、それはそれ。
玲奈はくすりと笑って、
「ですが、特進クラスはそれほど準備に力を入れないはずです。おそらく研究発表かと」
「そうなんだ。ちょっと寂しいねっ?」
「その分、当日に自由時間をいただけると思えば悪くありませんよ」
「学園祭……お仕事で行けない、とかないといいなあ」
「美桜さんがいらっしゃらないのでしたら、わたくし、当日はお休みします」
特進クラスは学園祭当日、登校せずに自宅学習をする権利があるらしい。
「でも玲奈、こんな機会そんなにないんだし、ちょっともったいないんじゃない?」
「自宅学習と嘯いて男性を家に連れ込む方よりはマシではないかと」
特進クラスなのにそんなことする子もいるんだ……!?
「学力が高いということは将来有望ということです。若いうちから唾をつけておこう、と考える男性も少なくないようですね」
肉食系女子が草食系インテリ男子を青田刈りする感覚なのか。
「あの、玲奈? ほのかが変な男に引っかからないように気にしてあげてね?」
「そうですね。ほのかさんでしたら大丈夫だと思いますが、気にかけるようにいたします」
ほのかと玲奈も読書関係で仲がいい。夏休み、二人で出かけたこともあったようだ。
「ねえねえ美桜ちゃんっ。うちの出し物はなんだろうねっ?」
「そうだね。なんだろう……? いろいろあるから難しいよね」
文化祭・学園祭の出し物あるあるを話し合っているとあっという間に学校に到着。
上履きに履き替えたわたしは玲奈と向き合って、
「美桜さん。お別れのキスをいただけますか……?」
玲奈、夏の旅行からほんとに積極的になったなあ。
キスを待つように目を閉じた彼女をわたし自身拒めないのがまた困る。
わたしは玲奈の肩にそっと手を置くと唇を重ねて──きゃあ、と、周りにいた生徒たちから歓声が上がった。
「あら。これはまた、私の付け入る隙がなさそうな……。でも、少しは自重したほうがいいんじゃないかしら?」
数々の女の子を落としてきた美貌の先輩、梟森杏樹に囁かれたわたしはなんだか急に恥ずかしくなって頬を真っ赤に染めた。
玲奈もさすがにまずいと思ったのか、学校内でおおっぴらにキスするのはこれ一回きりに。
でもこの話は校内に広く伝わって、
「文化祭の出し物は香坂さん主演の劇がいいと思います!」
文化祭にまで小さくない影響を及ぼした。
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