美桜と女装少年(その2) 2017/5/3(Wed)

 『mio』とは奇妙な縁があるのかもしれない。

 カラオケの一室、少し離れて座る彼女を横目で見ながら僕は思った。

 会うのはこれで二度目。

 一度目は去年の夏、大きなプールへ遊びに行った時のことだった。

 彼女はとても短い間に僕のことを男だと見抜いた。


 ──衝撃だった。


 自慢じゃないけど、僕は顔が整っている。

 女の子に間違えられたのも一度や二度じゃない。数えきれないくらい女装をしてるけど、男だと見破られたことはほとんどなかった。

 クラスメートに見られた時だって気づかれなかったのに。

 可愛い子だったのもあって彼女のことは記憶に残っていた。


 髪はさらさら、肌はすべすべ、まつ毛が長くて二重まぶた。

 色白で手足は細い。

 頑張って似せるまでもなく天然ものの美少女。仕事の現場で可愛い子を見慣れている僕でもそう思う。つまり、彼女の魅力は決して劣っていない。

 羨ましい。

 こんな風になりたい、と憧れたその子が読モになっていることを知ったのはそれから少し経ってからのことだ。


「そうだ。どうしてあの時、僕のことが男だってわかったの?」


 お昼ご飯代わりに頼んだ軽食を摘まみつつ尋ねると、mio──もとい美桜ちゃんは困った顔をした。


「わたしにもよくわからないよ。……強いて言えば勘?」

「勘って」

「あれかな。可愛いすぎたっていうか、可愛い女の子を作ろうとしてる感じが引っかかったのかも」

「……なるほど」


 自然に見えるようにしてたつもりだけど、どうしても違和感は残ってしまうのか。


「観察眼が鋭いんだね」

「わたしも似たようなところがあるからかも。同族っていうか」

「え、美桜ちゃんでも作ったりするの?」

「するよ、もちろん。もっと可愛く見えるように。食べ物だって気を遣ってるし」

「ああ、食事制限は辛いよね」

「わかってくれるんだ。男の子に理解してもらえたのは初めてかも」


 僕は普通の男子からはだいぶ外れている。

 小さい頃から子役として仕事をして、大人に囲まれることが多かった。そのうえこの趣味だ。同世代の男子とは話が合わないことが多い。


「僕も女子と自然に話せるのは嬉しいよ」

「学校で女の子に囲まれてるんじゃないの?」

「趣味のことは隠してるから。服の話とか乗り過ぎると怪しまれるんだよ」

「ああ……」


 納得したという顔になった美桜ちゃんは「大変だね」と言ってくれる。


「わたしでよかったらなんでも話してよ。心配させちゃったお詫びに」

「僕のほうこそいろいろ申し訳なかったんだけど……でも、せっかくだから甘えてもいいかな?」

「もちろん」


 僕は他の人にはなかなか話せないファッションの話をここぞとばかりに話した。

 あのブランドのこの服が可愛いとか、この服にはこういう小物がいいとか。

 美桜ちゃんも読モをしているだけあって詳しい。そういえばお姉さんもモデルをしてるんだっけ。ならそっち関係に強いのもよくわかる。

 女装がバレたのがこの子で良かったかもしれない。


「なんだか楽しそうだね、葉君」

「あ、ごめん、つい。……というか、女装してる時に本名呼ばれるのはちょっと」

「あ、そっか。変装もバレちゃうもんね」


 美桜ちゃんは「それじゃあ」と少し考えるようにしてから、


一葉ひとはとか?」


 言われて、僕は少しどきっとした。

 言葉に詰まったせいで「だめだった?」と尋ねられてしまう。

 慌てて首を振って、


「そんなことないよ。じゃあその、一葉でお願いします」

「わかりました。それじゃあ一葉で」


 くすりと笑った美桜ちゃんは少し冗談めかしてそう答えた。

 僕としても本名と音の違う名前だとバレづらくて嬉しい。

 美桜ちゃんは自分のことも「美桜でいいよ」と言ってくれたけど、女の子を呼び捨てにはできない。

 むしろ下の名前で呼んでいるだけで十分思い切っている。これは『mio』でも美桜でも大差ないからっていうのもあるけど。


「ところで、美桜ちゃんってもしかして演技とか興味ある人なのかな?」

「うん。でも、どうしてわかったの?」

「一人で映画を見に来てたし、さっき同族だって言ってたから」

「そういえばそっか。うん、そうだよ。って言ってもわたしはただ目指してるだけだけどね」

「役者?」

「ううん、声優」


 声優か。

 確かに声も綺麗だし、向いているかもしれない。


「顔も可愛いし、演技もできるんだったらもったいない気もするけど。……あ、でも、今時マルチタレントも珍しくないのか。人気が出たらドラマとか映画に顔出し出演するっていう手もあるもんね」

「今、演技を教わっている先生もいろんな分野の基礎を伸ばす方針で教えてくれてるんだ」


 有名な先生なのかと尋ねると目代奏という人だと教えてくれた。

 僕も名前くらいは聞いたことがある。今はもう一線から退いているものの、間違いなく実力のある人だ。

 指導が専門じゃないのが気になるところだけど、その分、実践的な技術を持っているので「見て盗む」能力があれば問題ない。


「美桜ちゃんにはぴったりかもね」

「わたしも奏先生で良かったって思ってるよ」


 声優。きっと美桜ちゃんならなれるだろう。

 僕が役者になったのは親がそうだったからっていうのが大きいし、そうじゃなかったら今、この時点で役者をやれていたかは怪しい。

 それを考えると美桜ちゃんは努力もしているし才能にも恵まれている。目標に向かって順調に前進しているところだ。


「そっか、声優志望かあ。じゃあ演技の話もできるんだ」

「大歓迎だよ。むしろいろいろ教えて欲しい」


 女装がバレて知り合ったのが口が固くてお洒落に詳しくて演技に興味のある可愛い女の子だなんて本当にできすぎだ。

 僕はちゃっかり情報を得ようとしてくる美桜ちゃんをむしろ好ましく思いながら「いいよ」と答えて、


「じゃあ、連絡先を交換してくれないかな? これからもいろいろ話したいから」

「うん、わたしも」


 僕たちはそうして連絡先を交換しあって、


「あ、ひょっとして今のって女の子を口説く常套手段だったりする?」

「しないよ! 普段は連絡先を押し付けられて困ってくるくらいだし」


 自分から交換しようと言うなんてよっぽど話したい相手だけだ。


「そっか。芸能人で男の子なんて女性経験多いのかと思った」

「ないってば。……それはまあ、芸の幅を広げるためにも経験しておきなさいってよく言われるけど」

「それ言ってるのってだいたい女の人なんだよね?」

「正直身の危険を感じるよ……」


 その点、美桜ちゃんはぜんぜんぐいぐいくる感じがない。

 僕に触ろうともせず、むしろ一定の距離感を保ってくれているし、かと思ったら愚痴に共感してくれたり適度にからかってきたりする。

 こんな子がいたなんて。


「美桜ちゃんさえ良かったら仲良くしてほしい。……その、一緒に服を買いに行ったりとか」

「もちろんいいよ。わたしも一葉と一緒だったら楽しそうだし」


 こうして、僕に「女装姿で気軽に会える友達」ができた。

 美桜ちゃんは友達とマンガやラノベの読み合わせをして練習したりもしているそうで、せっかくなので僕も協力を申し出た。

 前に使った台本とか、流出させなければ練習用に提供できるし、いろいろアドバイスし合ったりもできる。


「同い年くらいの子もいるけど、ほとんど女の子だからさ。場合によっては練習そっちのけで口説かれたりするんだよ。僕も気にせず練習できるならすごく嬉しい」

「本当に苦労してるんだね、一葉」


 遠い目になってから協力を約束してくれる美桜ちゃん。

 本当に人間ができている。本当に小学生なのか、というか、本当に女の子なのか疑わしくなるレベルだ。


「実は僕と同じで女装してるだけだったりしない……?」

「しないよ……! わたしは正真正銘女の子です」


 睨んでくる彼女に「ごめん」と謝りながら、僕はほっと息を吐いた。

 なんだかこれから楽しくなりそうだ。

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