美桜とえっちな話 2017/4/10(Mon)

「じゃあ、お姉さんも男の人とえっちするんだ」

「ちょっと恋、声が大きいから」


 うちの小学校の昼休みは給食が週三回、お弁当が週二回という変則的な構成になっている。

 これはたぶん最低限の栄養バランスを取るため。お弁当の日でも紙パックの牛乳だけはもらえるので、僕はコンビニでパンを買って食べることが多い。

 恋はお母さん特製、または手製のお弁当。

 玲奈は使用人の作った豪華なお弁当だ。お母さんもたまに作ってくれるけど、忙しい人なので「毎回作ってほしい」とは頼めない。いちおうあの調理実習から料理してはいるとはいえ、冷食中心になるならコンビニで買っても大差はないし。


 学校内には購買はあるけど学食はなく、お弁当の日でもほとんどの子が教室内で食べている。

 そんな教室を見渡した恋は首を傾げて、


「湊くんはいないよ?」


 数少ない男子生徒はここぞとばかりに逃げ出して固まって食べていることが多い。


「いや、女の子同士でも恥ずかしいってば……!」

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。みんな大きくなったらするんだし。授業でも習ったじゃない」

「それはそうだけど……」


 思い返すのは僕がまだ香坂美桜になって間もない頃。

 保健体育の授業でクラスに人(主に女の子)の身体の仕組みについて説明されたことがあった。

 そう、全員。湊も一緒である。

 僕の時はどうだったか。小学校の頃なのではっきりとは覚えていないものの、たぶん普通に体育してたか外で遊んでいたはず。


『男の子と女の子では身体のつくりが違います。そして、はたらき方も違います』


 生理とはどんなものか。生理用品の使い方。子供のでき方に避妊の方法。

 小学五年生にこんな生々しい授業を受けさせるとは、と戦慄した。女子が大人びているのはこういう知識のせいなんじゃないだろうか。

 教育的なタッチのイラストとはいえ女子の裸の絵まで見せられていろいろ解説された湊の心境はさぞかし大変なことになっていただろう。ある意味公開処刑だ。

 一部女子は嫌悪するどころか期待するように少年を見つめていて──飢えた狼に狙われる羊かなにかか。 


「いいなあ、えっちって気持ちいいんだよね?」

「恋さん、わたくしももう少し慎みを持った方が良いかと……」

「良かった。玲奈はわたしの味方だ」


 助かったと手を握ると少女はほんのり頬を染めた。

 しまった、女子同士とはいえやりすぎたか。


「西園寺家は厳格な家柄ですので、身体を許すのは将来が期待できる相手のみと決められております。ですので……」


 玲奈に手を出した時点で結婚を覚悟しろ、と。


「もう、二人とも真面目だなあ」

「わたしとしては恋がそんなにノリノリなのが意外……でもないか」

「恋さんですからね」


 恋はこれに「どういう意味?」と唇を尖らせて、


「美桜ちゃんたちだって一人でえっちなことしてるでしょ?」


 僕と玲奈は二人がかりで恋を黙らせた。



   ◇    ◇    ◇



「……ここなら安全でしょう」

「うん。防音だし。個室だし」


 話は翌日、火曜日に持ち越し。

 僕たちは放課後、三人で駅前のカラオケボックスへと入った。

 今日は歌うためじゃなくて内緒話をするためだ。


「カラオケといえば、ここでえっちなことする人もいるらしいよね」

「そういうのって禁止じゃないの?」

「男女交際の場合は出入り禁止等の措置が講じられることが多いですが、女性同士の場合は見逃される場合が多いと聞いております」


 男女差別、でもないか。

 要は汚れが目立ちやすいかどうかだろう。


「カメラもついてるのに」

「見られてるかもしれないって思うほうが興奮するんじゃないかなっ?」


 なにその特殊性癖。


「恋、昨日からちょっとおかしくない? なにか変なもの食べた?」

「違うよ。……ほら、私たちも六年生になったし。えっちな話してもいいかな、って」


 少し恥ずかしそうにこっちを見てくる様子は可憐でほっとするんだけど、話題は「えっちなこと」である。


「だからね。美桜ちゃんたちは週に何回してるの? 私はね──」

「黙秘権を行使します」

「わ、わたしも秘密」

「えー、それじゃここに来た意味がないよ!」

「恋が過激なことばっかり言うからだよ……!」


 そもそも、僕はそういったことをあまり考えないようにしている。

 小学生相手じゃ興奮しないというのもあるけど、この身体は借りものだからだ。声優を目指したりけっこう勝手をしていても、直接弄ぶのはさすがに気が引ける。

 もちろん、それは恋たちには言えない。


「と言いますか、話の流れからして恋さんは……」

「うん。だから私は週に」

「言わなくていいから」


 グラスを渡してドリンクを飲ませると、恋は不満そうに頬を膨らませながらも口をつけた。


「……恋さん。同性といえど性的な話は気を遣うべきです」


 お嬢様として慎み深い玲奈がいてくれて本当に良かった。

 彼女は恥ずかしそうに頬を染めつつも冷静な表情で、


「同性での恋愛も成立するのですから、同性だから対象外とは限りません。わたくしたちから性的な目で見られることも考慮してください」

「そっか、そうだよね」


 ようやくわかってくれたか。

 こくん、と頷いた恋はちらっと僕たちを見て呟くように、


「……私は美桜ちゃんたちなら別にいいけど」


 また、そういう反応に困ることを言わないで欲しい。

 その点玲奈はまだまだ冷静だ。


「では、正式に婚約者として我が家へご挨拶に」

「待って! それは無理! 私、絶対変なこと言っちゃうもん!」

「わかってくださってなによりです」


 さりげなくこっちにアイコンタクトしてくれる彼女にこっちも目線だけで「ありがとう」を伝えた。

 これでなんとかひと安心。

 それにしても、恋までお姉ちゃん寄りだったとは。

 考えて見ると香坂美桜ぼくと共に恋愛急進派だったわけだから不思議じゃない。恋は大人のする行為に興味深々なタイプ、玲奈は禁止されているからこそある種の憧れを持っているといったところか。確かに元の美桜とは相性がいい。

 僕もアイスティーをちびちびと口にしつつ、


「女の子同士の恋愛ってけっこう普通なのかな」

「普通だよ!」


 めちゃくちゃ食いつかれた。


「恋愛ドラマでも描かれることは多いでしょう? 美桜さんもご覧になられていますよね」

「ああ、うん。普通の恋愛ものなのか百合ものなのか混乱したっけ」

「百合? 花の話?」

「検索してみましょう。……ええと、なるほど。女性同士の恋愛のうち心の機微を繊細に描いたジャンルのことですね。美桜さん、そういったものもお好きで?」

「う、うん。ちょっとだけ」


 実際のところ百合ものとして鑑賞した作品はほとんどない。

 ただ、玲奈も言っていた通りこっちのドラマやマンガ、ラノベなんかは普通に女同士の恋愛を入れてくる。その中には「女同士だから」と悩むものもあった。

 悩んでいる文脈が「許されない恋だから」じゃなくて「最初から男を諦めていいのか」だったりするので厳密に言うとちょっと違う気がするけど。


「そうなのですね。……でしたら、もっと早く仰ってくだされば」

「ごめんなさい。なんだか恥ずかしくて」


 すると玲奈はくすりと笑って、


「わかります。他人に言いづらい趣味というのはどうしてもありますよね」

「百合かあ。私も読んでみようかなあ」

「あら。恋さんが本を読もうなんて珍しい」

「私だって本読むよ! ……マンガなら」


 なんだか、思ったよりもこの世界の人々は柔軟なのかもしれない。

 恋愛ものの作品は「お前も男と恋愛するんだ」と言われている気がして少し苦手だったんだけど、あまり気にしなくてもいいのか。

 今度、恋におススメするためにも百合系のマンガを探してみよう。

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