美桜と美姫 2017/4/8(Sat)
「ねえ美桜、話があるんだけど」
「お姉ちゃん、ノックしないで入ってこないでっていつも言ってるでしょ?」
「はいはい、ごめんなさい。で、話があるんだけど」
相変わらずお姉ちゃんはちょっと適当というか、人の話を聞かないところがある。
流していると読モの時のようになりかねないのでできれば止めたいけど、なんだか真面目な話っぽいのと、代価にクッキーが差し出されたのでここは許す。
勝手知ったるとばかりにベッドに座るお姉ちゃんと同じくベッドの上で、シマエナガのぬいぐるみを抱いて向かいあった。
飲み物があまーいカフェオレのペットボトルだったのはこの際我慢。
「それで、どうしたの?」
「うん、あのね」
珍しいことにもじもじと言いづらそうにしてから、僕のほうをちらちら見つめて、
「私もそろそろ処女捨てようかなって」
「っ!?」
僕は口を付けたばかりのカフェオレをこぼしそうになった。
軽く咳き込んだ後、お姉ちゃんを軽く睨んで、
「いきなりなに言ってるの!?」
「だから、そろそろ処女捨てようかなって」
「お姉ちゃんまだ中学二年生だよね……!?」
「別に処女なんて小学生で捨ててる子けっこういるじゃない」
低年齢化が進むにも程があるんじゃないだろうか。
だとすると僕の高校のクラスメートの中にも小学生で経験済みの子が何人も……? いやいや、さすがにこっちの世界特有の話だろう。
あっけらかんと言いながらもお姉ちゃんが部屋のドアをちらっと見るのは美空を気にしているからか。
いくらこの世界の女子が肉食系でもあの子にこの話はまだ早い。
はあ、と、僕はため息をついて、
「じゃあ、彼氏とか作るんだ? 付き合えそうな人がいるの?」
「そこはほら、告白して駄目だったら処女だけ奪ってもらえばいいし」
聞いていて頭がくらくらしてきた。
「お姉ちゃん、もうちょっと自分を大切にしようよ……?」
「なに言ってるの。いつまでも未経験とかそっちのほうが駄目なんだからね。美桜だって六年生になったんだから適当な人とヤっちゃっても──」
「わたしはそういうのはまだいいの」
「えー。美桜ならたいていの男は落とせるよ? なんならあの美桜が好きな子、適当に胸でも触らせて誘惑すれば」
もうやだこの世界。
僕は香坂美桜になってから初めて本気で「元の世界に帰りたい」と思った。
どうにかしてあのおまじないの本をもう一回手に入れてやろうか。でも、お母さんたちに迷惑かけるのも悪い。
「そうだ。お母さんには相談したの?」
尋ねると、お姉ちゃんはクッキーをさくさくとつまみながら、
「避妊はちゃんとしてもらいなさいって。あと、あんまり人気のないところにはいかないようにとか、それくらい?」
「若いんだからもうちょっと気をつけた方がいいと思うんだけど……」
「お母さんだって若いのに三人も子供産んでるんだよ?」
そういえばそうだった。
お母さんはむしろお姉ちゃんに近い思想なのか。
「まあ、男の人は普通女関係で犯罪とかしないんだけどね。誘拐とか監禁とかしなくたって抱ける女いくらでもいるから」
「お姉ちゃんもそういう、いくらでもいる女の一人になるんだ?」
「経験してセックス上手くならないと結婚相手に選んでもらえないもん」
結婚ってそういう基準でするものだったっけ。
実はここってエロマンガの世界だったりするのかと思いつつ、
「っていうかモデルってそういうの大丈夫なんだ? ファンに怒られたりとかしない?」
「男性経験豊富なモデルとか普通に女子からの憧れだけど?」
そうか。男子が少ないからモデルのファン層も同性がほとんどなんだ。
みんな男との交際に憧れているから男性経験豊富なのはステータス、と。
小学校くらいだとそこまで荒れて、もとい進んでないから今まではあんまり意識してなかった。
っていうか、美桜が恋愛急進派に育ったのってほぼ間違いなくお母さんとお姉ちゃんのせいなんじゃ。
「……うん。もうお姉ちゃんの男関係にはなにも言わない」
「美桜って変なところで固いよねー。今時流行らない大和撫子っぽい考えどっから持ってきたの?」
異世界からです。
「経験したら感想教えてあげるからね。あ、記念撮影もしたほうがいいかも」
「お姉ちゃん、リベンジポルノには気をつけてね。ほんと危ないからね」
それとも、こっちだと男子の方が気にするべきなんだろうか。
「さっきなにも言わないって言ったのに。……あ、もしかしてあれ? 私に誰とも付き合って欲しくない的な? 同性なら姉妹でも結婚できるもんね」
「初耳なんだけど。っていうかそういうのじゃないから!」
「残念。……まあ、そうだよね。美桜を私が取っちゃったらいろんな人から恨まれそうだし」
「わたしがお姉ちゃんのファンに恨まれるほうが多いよ」
ただの読モとプロのモデルじゃファンの数が違う。
というか、変な話をしていたらなんか疲れてきた。消費したカロリーを補充しようと僕もクッキーを頬張る。
「でね、美桜。イケメンの知り合いいたら紹介してね?」
「! けほっ、けほっ」
「大丈夫? 飲み物いる?」
誰のせいだと思っているのか。
自分の分のカフェオレを飲んで呼吸を落ち着けて、
「わたしの知り合いは恋愛にうんざりしてる人ばっかりだから無理かなあ」
お兄さん、鷹城さん、湊、と指折り数えて「無理だ」と頷く。
知り合いっていうか、何故かプールで女装してた子もいたけど、連絡先も名前も知らないからどうしようもない。僕に告白してきた後輩はさすがにお姉ちゃんには紹介できない。
「なんだ。美桜の役立たず」
「役立たずはひどくない?」
「本当のことでしょ?」
本当にお姉ちゃんは口が減らない。
このくらい逞しいからこそモデルの仕事をやっていけてるんだろうし、美桜になったばかりの頃にいろいろ助けてもらったから感謝してる。
読モの仕事を始められたのだってお姉ちゃんのおかげだ。
なんだかんだと親しんで、本当の家族みたいに思えるようになった彼女が男を知って変わっていくのは少し寂しい気もする。
っていうか、家族の生々しい話とか別に聞いても嬉しくない。
「美桜ってば、最近はちょっと潔癖すぎじゃない?」
あらかたクッキーがなくなったところで僕はシマエナガごとお姉ちゃんに抱きしめられて、
「ちゃんとオナニーしてる? ストレス解消も必要なんだからね?」
「……して欲しいなら急に部屋に入ってこないでよ」
「へー、ふーん、そっかそっか。やる気はあるんだ。ならよかった」
「待って。そういう意味じゃなくて。そういう意味じゃないからね!?」
慌てて弁解したものの、ニヤニヤしたお姉ちゃんにはまったく聞き入れてもらえなかった。
女の子同士の生々しい会話。
香坂美桜として過ごすことにはずいぶん慣れたつもりだったけど、まだまだ女の子として生活するために知らないといけないことは多いのかもしれない。
久しぶりにこの世界と元の世界とのギャップにドン引きしたところで、
「お姉ちゃんたち、なに話してるの?」
あまりにも騒がしいから気になったのか、部屋にやってきた末の妹をチェスに誘って、お姉ちゃんと二人してボコボコにされた。
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