美桜と習い事(その6) 2017/2/6(Mon)
「それでそれで、美桜ちゃん。声楽のレッスンってどうだったの?」
「美桜さん。先に『声優を目指す』という件について詳しく教えていただけませんか?」
「ねえ、っていうかこいつ誰よ?」
月曜日と金曜日恒例となったスイミングスクールの後。
僕は恋、玲奈、相原さんと一緒にファミレスにいた。
きっかけは恋が「せっかく会うんだから詳しい話を聞きたい」と言い出したことだ。
言ってしまうとこれは抜け駆けである。「思い立ったが吉日」とばかりに家族だけで突っ走ったため、親友二人にも声優の話は詳しくしていない。玲奈が「ずるいです」と言い出し、スイミング後に合流するから一緒に食事をしよう、ということになった。
そこに「私も交ぜなさいよ」と相原さんが入ってきて、気づいたらこうなっていた。
「申し遅れました。わたくし、西園寺玲奈と申します。美桜さんとは入学以来のお付き合いです」
「なるほどね。私は
「なにそれ二人とも、私初耳だよっ!?」
「違うよ。親友同士ってこと。っていうか恋はわたしたちの関係知ってるじゃない」
「あ、そっかそっか。えへへ。ごめんね、つい」
照れ笑いをする恋。「本当にしていただいても構いませんけれど……」と冗談を飛ばしてくる玲奈はひとまずスルー。
「それで、えっと。先に声優の話しちゃった方がいいよね」
「その前に注文しない? 私、もうお腹ぺこぺこよ」
「ぺこぺこ……」
「あ、なによお嬢様」
「いえ、とても可愛らしいな、と思いまして」
にっこり微笑んで答える玲奈に相原さんは「そ、そう」とだけ答えて黙ってしまった。
これが恋だったら「からかってるでしょ?」とさらに突っかかりそうだけど、玲奈が言うと冗談で言っているようには聞こえない。
僕たちは思い思いに注文。このところ外食が増えてきている気がする。本格的に仕事するようになったらもっとかもしれない。
「そうです。ここの支払いくらいは持たせてくださいませ。わたくしが希望して設けていただいた場ですし」
「そんな、いいよ。むしろ話的にはわたしがホストだし、わたしが払いたいくらい」
「話を聞くだけなら学校でも良かったのですから、わたくしの我が儘ではありませんか」
「いいじゃない。払ってくれるって言ってるんだから甘えちゃえば。ただし、そうとなったら遠慮なく飲み食いするけど」
「ええ、もちろんです。お好きなだけどうぞ」
と言ってもごくごく普通のファミレス、しかも小学生女子四人だ。お酒が絡むわけでも大食いができるわけでもない。
せっかくなのでちょっと高いメニューにサラダとスープをつけてデザートも、となる程度で支払いは常識的な額に収まった。飲み物はごくごく普通にドリンクバーである。
僕たちと何度か訪れているので玲奈も慣れたもので、温かい紅茶を淹れて自席に置く。
「それでね。わたしが声優になろうと思ったのは──」
「なるほど。確かに、美桜さんはマンガも好んでらっしゃいますものね。歌やダンスまでできるとなればうってつけなのかもしれません」
「声優ね。まあ、あんたファンに媚びるのとか得意そうだもんね。アイドル声優とか向いてるんじゃない? アイドル声優とか」
あくまでも僕にアイドルをやらせたいのか。
「うん。場合によってはアイドルっぽいこともできるかも。わたしが決められることじゃないのが残念だけど」
「お父さまにお願いして芸能事務所を設立すれば良いということですか……?」
「玲奈ちゃん、ちょっと今日は飛ばし過ぎだよ、大丈夫?」
「申し訳ありません、つい」
ともあれ、声優を目指す経緯を説明し終えたので話は声楽のレッスンへ。
「今日はお試しって感じだから、わたしがどれくらいできるか確認しながらいろいろやってみよう、っていうことになったんだけど」
「だけど?」
「……もの凄く疲れた」
準備運動と発声練習から始まって朗読、歌、ダンス、ピアノのフルコース。
踊るのはもちろん歌うのもけっこう体力を使うものだし、小休止を取りながらとは言ってもけっこう長い時間集中することになった。
「本格的なレッスンを受けると全然違うんだなって実感したよ」
「ふうん。じゃあ、手ごたえがあったのね?」
「それはもう。引き続き教えてもらえれば確実に上達できると思う」
奏先生はさすがプロだった。
『声優は特殊な職業よ。ある意味ではプロの声優であってもプロではないと言えるかもしれない』
声の演技に関してはもちろん
必要なのはファンの心を掴むこと。
そのためには必ずしも「上手ければいい」というわけでもない。ある程度下手なほうが親近感を持ってもらえる、という場合もある。
『こういう点においてはアイドルと共通する部分があるかもね』
もちろん、技術があるに越したことはない。
先生が言いたいのは「愛敬がセンスを補うことがある」という意味であって、自分にできる限りの練習をするのはもちろん必要。
なんなら「敢えて下手に聞こえるように演じる技術」を身に着ければいいわけで。
『私は教育の専門家でもなければ声優でもない。だから声優の仕事に即した教え方はできないけど、代わりにつぶしのきく技術を教えてあげられる』
声優としての技術だけにこだわるな、ということだ。
『あなたにはきっとそのほうが合っていると思う。どう?』
『はい。わたしも、先生にもっと教わりたいです』
というわけで、達成感と未来への展望を感じられるいいレッスンだった。
「まだお母さんたちとも相談しないとだからなんとも言えないけどね」
「いつ通うのか、という問題もありますものね」
「あんた週三で習い事してて読モの仕事もあるんだっけ? これ以上増やしたら休みの日がなくなるか、平日の自由時間が吹き飛ぶわね」
「そうなんだよねぇ……」
「え、もしかして美桜ちゃん、水泳やめちゃったりする……?」
不安そうな顔になる恋には「やめないよ」と微笑む。
「体力はあったほうがいいし、肺活量も歌うのに役に立つから。……でも、さすがに週一回に減らすかも」
ピアノも小学校を卒業するくらいまでは少なくとも続けたい。
週二回の水泳を維持すると、読モのない土日ぜんぶ研究所に通うか、空いている火曜日と木曜日に入れることになる。
玲奈がかすかに眉をひそめて、
「友人と交流を持つのも大事な経験です。あまり予定を詰め込み過ぎるのもよくないかと」
「玲奈が言うと説得力が違うなあ」
「この子じゃなくても言うわよ。あんたね、身体は一つしかないし一日は二十四時間しかないのよ? 分身できるわけじゃないんだから根を詰め過ぎるのは止めなさい」
やれることは全部全力でやる方針の相原さんに言われるとは思わなかった。
「ちなみに相原さんはどれくらい習い事してるの?」
「私は週二でスイミングと週一で日舞、空いてる日は自主練。後は朝ちょっと走ったりとかね」
「もしかして叶音ちゃん、そんなに頑張ってるから友達が少ないんじゃ……?」
「うるさいわね、友達作るより将来の勉強した方が効率いいじゃない!」
さっきの玲奈の台詞を聞いてたんだろうか、この子は。
「でも、そうだよね。少なくともわたしたちとは友達だし」
「あ、そっか。じゃあ大丈夫だねっ」
「美桜さんと恋さんはすぐにお友達を増やしますね」
「ちょっと待ちなさい。私たちがいつ友達に……っ、べ、別に嫌だなんて言ってないけど!」
突発的な食事会はおなかいっぱい、大満足のうちに閉会したのだった。
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