美桜と将来の夢(その1) 2017/2/4(Sat)
「声優!? せっかくモデルでやっていけそうなのに!?」
翌日、僕は決まった夢を家族に話した。
一番に反応したのはお姉ちゃん。その顔には「反対」と書いてある。
「いいじゃん、美桜。このままで。美桜ならモデルでもやっていけるってば」
「わたしにはモデルは無理だよ。……人前で裸になったりするんでしょ?」
「あー、まあ。そういうこともあるけど」
すぐに着替えて、と言われて対応できないようじゃプロとしては失格らしい。
下着の跡がつかないように朝からブラをしないで過ごす、とかもあるそうだし、華やかなだけの仕事じゃない。
「どうせ女ばっかりなんだしいいじゃない。……男に見られて気に入られたらそれはそれでお得だし」
「わたしは男の人とそういうの無理なの」
お姉ちゃんはちょっと感性がおかしい。
いや、この世界だとわりと普通なんだろうけど。自分からモデルを志すくらいだから人に見られるのは得意なのだ。つまり軽い露出狂である。
関係者とはいえ男に裸を晒した上に恋愛に発展する可能性があるとか、猶更抵抗がある。
「私はいいと思うけどな。お姉ちゃんが声優になったらアニメに出られるかもしれないんでしょ?」
反対に賛成してくれたのは妹の美空だ。
頭の良い子だけどまだ小学二年生。日曜朝の子供向け番組はしっかりチェックしている。アニメに対する好感度は家族でいちばん高い。
頭を撫でて上げると彼女は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
お姉ちゃんは反対に頬を膨らませて、
「声優だっていろいろ大変でしょ。ストーカーとか」
「え、いるんだストーカー」
「そりゃいるよ。女の子に道端でキスされそうになったとか、私も聞いたことあるし」
……それはご褒美なのでは?
「モデルだって同じでしょ?」
「モデルと声優じゃ客層が違うじゃない」
うん、まあ、どっちのファンがお洒落度高いかって言ったら前者だろうけど。
「美姫。あんまり頭ごなしに否定しないの」
ここでお母さんが仲裁してくれる。
「えー。お母さんも賛成なの?」
「そうじゃないけど」
お母さんは「どちらとも言えない」という困った顔。
「美姫に続いて美桜まで芸能界なんて。……それに、声優業界は私もあまり繋がりはないから、そういう意味では心配」
「大丈夫だよ。昔ならともかく、今は芸能界もだいぶ良くなってるんでしょ?」
女性が強い世界なので僕の元いた世界よりはだいぶ清浄化も早かったみたいだ。
体質改善が進んで、今は女性が食い物になるようなところじゃなくなっている。
「それだけじゃなくて、芸能界は実力主義よ。美桜に実力がないとは言わないけど、勝ち残れるかどうかはわからない。……最終的には運も絡んでくるしね」
「もちろん。それに、それはモデルになっても同じだよ」
目を見つめてはっきり答えると、お母さんは小さくため息をついて微笑んだ。
「覚悟ができてるなら何も言わないわ」
「ちょっと、お母さん!」
「美姫。あなた、美桜と一緒にやりたいだけなんでしょう?」
「……む」
図星だったのか、お姉ちゃんは僕たちを軽く睨んで黙ってしまう。
しばらくそうした後、彼女は「しょうがないなあ」と折れた。
「やってみればいいんじゃない?」
「ほんと、お姉ちゃん?」
「少なくともデビューするまでは読モ続けられるだろうし。……声優ならまあ、後からでも戻ってきやすいでしょ?」
「お姉ちゃん、まだ諦めないんだ」
「当たり前でしょ。美人姉妹モデルとか絶対話題になるし」
それ、どっちかが人気で負けて病むやつじゃないだろうか。
お母さんがくすっと笑って、
「正直、私も美桜はモデル以外の道に進むんじゃないかと思ってた。……美桜、歌ってる時すごく楽しそうにしてるから」
「わかる。歌ってる時のお姉ちゃん、私も好き」
「え、わたし、そんなに家で歌ってる?」
「たまに部屋とかお風呂で歌ってるでしょ。もしかして無意識?」
部屋で歌ってるのは練習だけど、お風呂のはわりと無意識だった。
恥ずかしい。でも、バレてしまった以上は控えても変わらないか。
ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできたお姉ちゃんは「それじゃ」と立ち上がると僕を後ろから抱きしめにきて、
「声優になるにはどういう方法があるのか調べてみよっか」
「え、さっそく?」
「なに言ってるの。早いほうがいいに決まってるじゃない」
言うが早いかスマホを取り出すお姉ちゃん。
お母さんまでノートパソコンを持ち出してきてネットに接続する。妹の美空はお母さんの膝に座って興味津々、一緒に画面を眺めはじめる。
血筋だなあ、と再び実感しながら僕もみんなと一緒にスマホを操作して、できる限りの情報を検索。
結果、だいたいルートとしてはこのあたりだ。
・専門学校に入る
・養成所に入る
・事務所に所属する
・一般公募のオーディションで合格する
広く役を募集しているオーディションもあるので、一般人でもそこで合格できればいきなりデビューできる。早さでいったらこれが最短。
事務所に所属すればその手の仕事の話が舞い込んでくるので活躍の機会がぐっと上がる。
ただ、事務所に入るにももちろん審査がある。現実的に考えたら養成所(事務所が主催しているものも多い)に入って実力をつけるところから始めたほうがいい。
さらに現実的に考えるなら専門学校に通って学びながらオーディションに応募し、卒業後に事務所、あるいは養成所に所属することになる。
「専門学校だとだいたい十八歳以上が条件だね」
「事務所の応募要項も同じね。……まあ、ある程度責任が取れる人間でないと受け入れる側としても不都合が多いもの」
子供だと「やっぱり止めた」とか言い出しやすいし、成長するにつれて将来のビジョンが変わることも多い。
「養成所とか一般公募のオーディションは年齢制限ないところもけっこうあるね?」
「実力主義なんでしょ。もちろん、責任が取れる相手かっていうのも見られるとは思うけど」
なんと小学生から入れる養成所もある。
週に一、二回通って二時間くらいレッスンを受けるだけの習い事感覚だ。それくらいなら確かに小学生でもなんとかなりそうである。
「うちに近いところはどこかな?」
「うーん……近いって言ってもバスか電車は必要でしょう? 送り迎えの問題もあるのよね」
「それに『家から近いから』だけで選ぶのは危険だよ。どうせならちゃんとしたところに入らないと」
こういう時、ジャンルは違っても知識のある人がいてくれるとありがたい。
あれこれと役に立つ意見が出てくる。
やっぱり家族に相談したのは間違いじゃなかった……と、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
美空がくいくいと服の袖を引いて僕を見上げてきた。
「声のお勉強がしたいんだよね? だったら、いいところがあるよ」
「え、どこ?」
小さい妹がそこまで助けてくれるとは思わなかった。
見落としていた養成所があったのかと思い尋ねると、彼女はにっこりと笑って、
「わたしの塾」
美空は学校にたまにしか通っていない。
代わりに塾、というか天才養成機関みたいなところに通っていて、そこで知能開発なんかを受けているらしい。
前にも誘われて、その時は「止めておいたほうがいい」という結論に至ったんだけど、
「そう言えば、あそこは声楽も扱ってたわね」
「そうなの?」
「ええ。声優は専門じゃないはずだけど、声を使う分野という意味では教えてもらえることは多いと思う」
声を使った芸能というのは幅広い。
声優もそうだし役者、歌手、落語家とかお笑いなんかもそうだ。役者だってドラマ、映画、舞台などいろいろあるし、歌手だってJ-POPにオペラ、演歌などいろいろに分けられる。
声の出し方、声に感情を籠める方法など、共通する部分というのは必ずあるはずだ。
思わぬコネクション。
これもなにかの導きかもしれない。
「美桜、一度相談しに行ってみる?」
お母さんの問いかけに、僕は「うん」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます