美桜と習い事(その5) 2017/1/28(Sat)
「……おはよう」
翌日の土曜日、待ち合わせ場所に行くと相原さんは先に来ていた。
スマホで時刻を確認すると五分前。
「早いね、相原さん」
「別に。ちょっと早く着いただけよ。っていうかなんで私があんたたちとカラオケなんか」
「って言いながら来てくれたんだ」
「約束したんだから来なかったら悪いじゃない!」
ひょっとしてこれがツンデレというやつか。
相原さんは小学生向けの、ちょっと高いけどお洒落な品が揃うブランドをメインにお洒落していた。メインカラーは白で、そのせいかどことなくアイドルっぽさを感じる。
恋とも玲奈とも系統の違うコーデ。
せっかくなので今後の参考にしようとじっと観察して、
「もしかして、雑誌とかけっこう読むほう?」
「読むけど、悪い?」
「ううん。そういえば、わたしのことも知ってくれてたもんね」
僕の出ている雑誌もいろんな子が参考にしたり真似したりしてるんだな、とあらためて認識。
「あんたの服も読モで使ったやつ?」
「うん、インナーはそうだよ。コートは自分で買ったやつだけど」
なんて話しているうちに恋が時間ギリギリに走ってきた。
「お待たせー! 間に合った? 間に合ったよね?」
「大丈夫だよ、ギリギリセーフ」
「アウトよ。五分前行動も知らないの?」
「恋、相原さん一番最初に来てたんだよ。きっと楽しみだったんじゃないかな?」
「なんであんたはそういうことを人に言うのよ!?」
別に聞かれてまずい話でもないだろうに。
現に恋は感動したように目を潤ませて、
「叶音ちゃん……! うん、私も楽しみだったよ!」
「ねえ、この子なんとかならないの?」
「あはは、恋はこういう子だから」
昨日に引き続き手を握られた相原さんがジト目でため息をついた。
僕的にはまだ抱きつかれてないし、大したことないと思うんだけど。
「じゃ、カラオケに行こっか」
お店は前回とは別のところになった。
といってもチェーンは一緒。三人の家からなるべく近いところで選んだら駅前よりこっちのほうが近かったからだ。
勝手はわかっているのでフリータイムを頼もうとして、
「待ちなさい。お昼ご飯はどうするの?」
「? 適当に注文すればいいよね?」
「いやいや、カロリーと栄養考えなさいよ。こういうところのフードメニューなんてほとんどジャンクフードじゃない」
「まあ、外食する時点で一緒じゃないかなあ」
文句を言った相原さんも「仕方ないわね」とわりとあっさり折れた。
ドリンクバーからおのおの飲みたいものを注いで、
「気にしない割に無糖を選ぶのね、あなた」
「健康に気を遣うのはできる範囲でやる主義なんだ」
お姉ちゃんも自分がアイス食べたいからかあまりしつこくは言ってこない。
「さ、なに歌う、美桜ちゃん?」
「いつもより人数少ないからのんびり歌えそうだね」
「ふん。せっかくだからあなたたちの腕前見せてもらおうかしら」
などと言っているだけあって、彼女は歌が上手かった。
チョイスはちょっと前のアイドルソング。たぶん、アイドルに憧れ始めた頃に聞いた曲なんだろう。何度も練習したのが窺えるし、それ以上に声に熱が籠もっていた。
「すごい。さすがアイドル志望だね」
「なによ。もしかして馬鹿にしてるの?」
「してないよ」
「そうそう、すごいよ叶音ちゃん!」
とは言え恋も負けてはいない。
技術は未熟なものの、いかにも楽しそうに歌うので聞いているほうまでテンションが上がる。聞き終わった後の相原さんが「……なかなかやるじゃない」と素直じゃない褒め方をしたところからもそれがわかる。
こういうカラオケも悪くないかもしれない。
恋は友達の中ではかなりユルいほうだし、この環境なら僕もいつもと違うのを歌えそうだ。選曲機からチョイスしたのは、
「って、これ昭和の曲じゃない!」
「美桜ちゃんこういうのも歌えるの?」
「昔なにかで聞いたことがあったから」
昔のヒットソングの中には元いた世界とほぼ変わらないものもいくつかある。
(元の世界の)父さんや母さんが口ずさんでいたり、元号が変わった後、昭和を懐かしむテレビ番組が増えた関係で僕の耳にもわりと残っていた。
少なくともこっちの世界のオリジナル曲よりはわかりやすい。
そういえばこっちの世界だと元号どうなるんだろう? その時になってみないとわからないか。
「……ふう」
歌い終わると恋から拍手。
気になる相原さんの反応はというと無言だった。
黙ったまま睨みつけられると怖いんだけど、
「ふん」
見つめ返すとそっぽを向かれてしまった。
一体なんなんだと思いつつ、まあ文句は言われなかったし……と、そのまま昔の知っている曲をいろいろ歌ってみる。
こういうの、曲調が今風じゃないだけで歌詞はわりと刺さるのがあったりする。
恋の歌とかを今にあてはめると「スマホがあれば解決してるなこれ」ってなったりするのはまあ仕方ない。
──それにしても。
歌っていると「やっぱり音楽は好きだな」と思う。
美桜が持って生まれた天性の才能なんだろう。入れ替わらなかったら歌える仕事を目指そうなんて思いもしなかっただろうし。
この機会にいつもと違う曲を思いっきり歌ったので満足。
お昼ご飯はフードメニューをみんなでいろいろ頼んでシェアしあった。主なお客さんが女性なのでサラダ系も充実しているし、ここのチェーンの食べ物が美味しいのは前にチェック済みだ。
「そのうち全メニュー制覇できるかも」
「期間限定は見た時にチェックしないとだねっ」
「くだらないこと言ってるわねあんたたち……」
と言いながら相原さんもしっかり食べていた。
「確かにけっこう美味しいわね」
「カラオケってあんまり来ないの?」
「来るわよ。でも、普段は練習しに来るからフードメニュー頼まないだけ」
「えー、もったいない」
確かに、せっかくだから子供の頃の生活は満喫しておくべきだ。
「たまには自分へのご褒美も必要だよ、相原さん」
「お遊びコースで泳いだ後、アイス食べてたもんね、あんたたち」
「そこに戻らなくても……」
なんだかんだけっこう長居してしまった。
おやつタイムに近づいた頃「せっかくだから甘い物も注文していく?」「いいから出るわよ!」とか言いながら退店。
恋は満足そうに息を吐いて、
「楽しかったね! また来ようよ!」
「そうだね。それもいいかも。相原さんはどう?」
水を向けられた彼女はしばらく悩むように黙った後、小さな声で、
「条件があるわ」
「条件?」
「また来てあげてもいいけど、あんたたち、私と一緒にアイドル目指しなさい!」
これはまた、予想外の発言だった。
「わ、私がアイドル? 無理だよ。ね、美桜ちゃん?」
「うーん、恋ならいけるんじゃないかな?」
「えええー!?」
彼女にはアイドル系アニメの主人公ができそうなオーラがある。
むしろ相原さんは主人公よりも相棒役かライバル役が似合うタイプだ。二人で組んだらわりとバランスがいいかもしれない。
「むしろわたしが無理だよ」
「なによそれ、自慢?」
「え」
ちょっと考えてから「わたしならユニット組む必要ないしー?」っていう意味に取られたと理解。
慌てて「そういう意味じゃなくて」と弁解して、
「ただ、アイドルもわたしのやりたいこととちょっと違うかなって」
「なんでよ。歌って踊ってキラキラできるのよ。絶対楽しいじゃない」
「それはそうだけど」
今日、いつもと違うカラオケをしてみて少しビジョンが明確になった気もする。
歌や踊りは好きだけど、それだけじゃ足りない。
どうせなら僕が今、好きな物をもっと詰め込みたい。それができそうなのは──。
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