美桜と水着(その7) 2016/7/15(Fri)

 私と美桜ちゃんが出会ったのは学校に上がる前、保育園の頃だった。


『わたしのお母さん、凄いんだよ!』


 最初の言葉──だったかどうかはわからないけど、その言葉はよく覚えてる。

 美桜ちゃんはお母さんやお姉さんを自慢するのが好きだった。

 楽しそうに話す美桜ちゃんの顔が私は好きだったし、私が遊びに誘うと「いいよ!」と必ずOKしてくれるのも嬉しかった。

 それからはずっと一緒。

 いつの間にか、美桜ちゃんのする自慢話は「家族の自慢」から「わたしの自慢」になってたけど。


 私にとって、美桜ちゃんはいちばん最初の友達。


 事故で記憶喪失になったって聞いた時はすごく心配した。

 本当はいろいろ聞きたかった。

 自殺したんじゃないか、ってクラスの子から聞いた時はすごく悲しくて、その子と喧嘩しそうになっちゃった。美桜ちゃんがそんなことするはずないって思ったから。

 美桜ちゃんはいつも自信満々で、明るくて、みんなの中心にいた。


 もしかしたら、それが負担だったのかも。


 だから、私は美桜ちゃんにあれこれ聞かないことにした。

 できるだけいつも通り傍にいて、いろいろ助けてあげようとした。

 記憶喪失になった後の美桜ちゃんはちょっと様子が変わってて、あんなに大好きだった湊くんにあんまり話しかけなくなった。代わりに私や玲奈ちゃんの話をにこにこして聞いてくれる。

 前は休み時間の度に湊くんに話しかけていて話せない時も多かったから、これは嬉しくて。玲奈ちゃんやみんなもほっとしてた。


 私は、どっちの美桜ちゃんも好き。


 たぶん、美桜ちゃんは変わってない。

 きっと今は、昔の家族思いの美桜ちゃんが帰ってきただけ。だとしたらやっぱりストレスが溜まっていたのかもしれない。

 だけど。

 だとしたら、問題はなにも解決してない。


 今も美桜ちゃんはみんなの中心。


 それどころか、前よりもみんなに好かれてる。

 みんなに優しくしていたらまた気にし過ぎてが起こってしまうかもしれない。

 だから、私は我慢していたことを美桜ちゃんに聞くことにした。


 私と美桜ちゃんと玲奈ちゃんだけの場所。

 きっとそこでなら答えてくれると思って。


「自殺……?」


 お風呂の中で、嫌われるのも覚悟して抱きついた私。

 美桜ちゃんはきょとんとして私の目を見た。


「……違うの?」

「違うよ。そんなことしない。……えっと、まあ、わたしは覚えてないから、もしかしたらそういうこともあったかもしれないけど」


 私は「ええ……?」とどうしていいかわからなくなった。

 美桜ちゃんはぜんぜん悩んでいる様子じゃない。むしろ私が聞いたせいで悩み始めちゃったみたいで、


「美桜ちゃん、悩みとかない? ストレスでまた自殺して記憶喪失になったりしない?」

「恋さん、それは──」


 玲奈ちゃんが止めようとしてきたけど、ここまできたら我慢できない。

 私はここぞとばかりに聞きたいことを聞いて、


「しないよ。自殺なんてしない。約束する」


 美桜ちゃんは私を見つめたまま答えてくれた。

 きっと、これはありのままの美桜ちゃん。

 お互い裸で、隠すところなんてなにもない。

 だから、


「ずっと一緒にいられる? 急にいなくなったりしない?」

「しないよ。わたしはずっと、恋と、玲奈と一緒にいる」


 きっと、私たちはこれからも一緒。


「……うんっ!」


 私は笑顔で美桜ちゃんを抱きしめた。

 最後に答える時、美桜ちゃんがすごく切なそうな、悲しそうな顔をしたことだけは見なかったことにした。


 わかってる。


 進学とかいろいろ、先のことなんてわからない。もし誰かが結婚したらなかなか会えなくなるかもしれない。

 それでも、きっと私たちは一緒。

 だって、約束したんだから。



   ◆    ◆    ◆



 わたくしが美桜さん、恋さんと出会ったのは小学校の入学式でのことでした。

 出会った時、二人はもう親友同士で、わたくしは二人の関係に割り込ませてもらったようなもの。


 西園寺家の人間は友達付き合いも選ばなければいけない。


 厳しく教えられて育ったわたくしには本当の意味での友達なんて一人もいませんでした。だから二人はわたくしが自分で選んだ最初の友達。

 もしかしたら、自分で選んだと思っているだけで、本当は家の誘導があったのかもしれません。

 美桜さんも恋さんも親と才能に恵まれた「勝ち組」だったのですから。


 それでも。


「本当に良かったのですか? 恋さんとあんな約束をしてしまって」


 わたくしは二人を本当のお友達だと信じています。

 お風呂から上がった後、わたくしは美桜さんをテラスへ連れ出しました。

 恋さんは小百合さんと一緒に料理中。

 意外なことに彼女は料理を得意としています。お母さんのお手伝いをして習っているのだとか。料理をする機会のないわたくしと美桜さんは戦力外。少し悔しいですが、話をするにはちょうどいいタイミングでした。


 恋さんは上機嫌で、もうなにも気にした様子はありません。


 それがいいところであり、危ういところでもあります。

 以前は一人で気をもんでいたわたくしですが、今、ガラスの向こうのキッチンを窺う美桜さんの瞳には心配の色があります。

 記憶を失う前よりもずっと視野が広くなり落ち着きが出てきた美桜さん。なにかが変わったのは間違いないでしょう。

 彼女はわたくしの問いに微笑んでこう答えました。


「大丈夫だよ。だって、わたしの本当の気持ちだから」

「ですが……」

「それは、もちろん。心配もあるよ。絶対なんて言えないし」


 未来のことはわかりません。

 美桜さんもそれがよくわかっているのか、夕闇の中、空に一番星を探しながら、


「もしかしたら明日、事故に遭って死んじゃうかもしれない。そうしたら恋や玲奈とは一緒にいられない」

「縁起でもないことを言わないでください……!?」

「でも、そういうことだよね? 絶対なんてない。約束は嘘になるかもしれない」


 それでも、と。

 告げて微笑んだ美桜さんの姿は、きっとわたくしの独り占めだったでしょう。


「わたしの気持ちは嘘じゃない。わたしは二人と一緒にいるよ」


 気づくと瞳には涙が浮かんでいました。

 彼女たちと友達になってよかった。

 西園寺の人間として恥ずかしい。そう思いながらも、わたくしは涙を堪えず代わりに指で拭って「はいっ」と答えました。


「約束ですよ。わたくしたち三人は何があっても一緒です」


 二人だけの静かな時間。

 ときどき、こうやって美桜さんを独り占めしたくなる時があります。きっと恋さんも同じでしょう。

 失いかけた大切なもの。本当に失うことなんて想像したくもありません。


「小百合さんたちも楽しそう。夕食はなんなのかな?」

「カレーだそうですよ。キャンプの定番ですよね?」

「うん。海で食べるカレーも美味しいよね。そういえばプールでは食べ損ねたし、ちょうどいいかも」


 一晩寝かせて朝食に食べるカレーがまた美味しい、と笑顔で語る美桜さんに「続けて同じ料理を……? しかも、夕食時には未完成ということですか?」と返しながら、わたくしはきっと訪れるであろう幸せな未来に想いを馳せました。

 少なくとも、今の美桜さんが自殺することはないでしょう。


 前と今、どちらの彼女が良いかなんて言えません。


 ただ、今も昔も美桜さんはわたくしの親友です。



   ◇    ◇    ◇



 わたくしたちは恋さんと小百合さんの自信作だという美味しいカレーをお腹いっぱい食べ、眠くなるまでトランプをしたりお喋りをしてから眠りにつきました。

 ダブルベッドを二つくっつけて三人一緒。

 恥ずかしがる美桜さんを恋さんと二人でサンドイッチにして穏やかな眠りに落ちて、気づくともう朝になっていました。


 二日目は思いきり海ではしゃいで。

 お昼はサンドイッチとスープ、サラダで軽く済ませた分、夜はバーベキューを思う存分楽しみました。

 楽しい時間というのは早く過ぎていくもの。

 お土産を買う時間も考えるとあまりのんびりはできないとわかっていながら、三日目の午前中ギリギリまで砂遊びをして、それからたっぷりのお土産をキャンピングカーに積んで帰路につきました。


 一番のお土産は旅行の思い出かもしれません。


 写真もたくさん。小百合さんにもたくさん撮ってもらいましたが、わたくしたちのスマートフォンで撮った写真はわたくしたちだけのものです。

 一部はつぶやいたーやリンスタにアップするとしても、


「美桜さん、恋さん。来年もまたどこかへ行きましょうね」

「うんっ。……って、来年も同じところにしようよ! すごく楽しかったもん!」

「それもいいけど、来年は山にしない。温泉入りたいなあ」

「温泉……。ねえ美桜ちゃん、なにげにお風呂大好きだよね?」

「ふふっ。それもいいかもしれませんね。ですが、温泉でしたら次の冬でもいいのでは? おススメの旅館がありますのでそちらに三人で──」


 帰ったらさっそく予約をしようかと考えていると、なぜか二人に「ちょっと待った!」と止められました。


「玲奈はすぐそうやって即決するんだから」

「そうだよ! 私たちにもいいところを見せさせて!」


 どうやら、これからも楽しい日々が続きそうです。

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