美桜と水着(その6) 2016/7/15(Fri)
「海だー!」
車を降りるなり恋がビーチへと駆けていく。
移動する間に着替えは済ませているので、ラフな私服の下は水着だ。ぱっと脱ぎ捨てるだけですぐに泳げるスタイル。
屋外で女の子が服を脱ぐ。
下は水着だとわかっていても少しどきどきする。でもまあ、どうせ男なんてほとんどいない。圧倒的に女子の多い環境がなおさら開放的な気分にさせるのかもしれない。
とはいえ、
「恋、走ると危ないよ?」
「大丈夫! だって海だよ海!」
なんの保証にもなっていない。
「本当に、恋さんは泳ぐのがお好きなのですね」
恋とは対照的に、玲奈は日傘を手にゆっくりと僕の隣へ立った。
「水泳習うのが決まって余計にはしゃいでるのかも」
僕の習い事は結局、水泳とピアノの二つに決まった。
水泳は恋と同じところ。泳ぐのはもちろん運動全般好きな恋はこれをとても喜んでいる。ピアノも水泳も夏休み明けから始める予定だ。
「ところで、美桜さん。日傘はお使いにならないのですか?」
「あ、しまった。荷物の中に入れっぱなしだ」
「SAで降りた際に気づけばよかったですね。申し訳ありません」
「そんな。玲奈のせいじゃないよ」
玲奈からおススメされて買った、ちょっと高い日傘。
ここで荷物を広げると手間なので今回は使用を断念。どうせビーチまでは大した距離じゃない。
「では、一緒に入りましょう」
お互いの距離が縮まって、僕の片手がぎゅっと握られた。
日陰になると急に涼しい。
玲奈がふっと笑って「まいりましょう」と囁いてくる。
「お嬢様。荷物を運ぶ間はあまり遠くまで行かないようにお願いします」
「ええ」
僕たちが乗ってきた車はいわゆるキャンピングカーだ。
普通の車に比べると格段に広く、移動しながら着替えもできたし、暇つぶしにゲームもできた。
もちろん荷物もたくさん載るので今回みたいな旅行には最適だ。
さて、けっこう離れてしまった恋をゆっくり追いかけていくと、
「わ、綺麗な海」
「早い時期に来て正解でしたね。人も少ないのでのんびりできそうです」
広い砂浜と青い海。
付近にはいくつの家、もといヴィラ。どういうものかというとコテージの豪華版というかそんな感じらしい。泊まるための機能が全部揃っているうえに自分たちだけで気兼ねなく過ごせる。
広いテラスには白塗りのチェアやバーベキュー用の設備もある。
「明日の夕食はバーベキューですよ」
「本当? すごく豪華だね」
「ふふっ。喜んでいただけたのなら何よりです」
恋に追いつくと、彼女はサンダルを脱いで波打ち際に立ち「気持ちいいー!」と歓声を上げていた。
「二人とも早く早く。すっごく気持ちいいよ!」
「はしたないですよ、恋さん。ねえ、美桜さん──」
「じゃあ、わたしもちょっとだけ」
「もう、美桜さんまで……!」
素足に日差しがあたって暑いけど、波が来るとひんやり冷たい。
「うん、これは気持ちいいね」
「でしょー?」
「なるほど、これは確かに……」
終業式を終えてそれから移動、お昼をSAで食べてさらに車で移動したので日暮れはそこそこ近い。
まる一日空いている明日思いっきり遊ぶことにして、まずはぱしゃぱしゃと水を跳ねさせながら足だけで海を楽しんだ。
波を楽しみながら周りの景色を眺めるだけでもけっこう楽しい。
高校生にもなると自分のやりたいことばかりに目が行ってあんまりこういう余裕がなかった。こうやって何もしないというか、穏やかな時間を楽しむのも贅沢な遊び方かもしれない。
「小百合さんの準備ができたらなにしよっか。やっぱり泳ぐ?」
「そうですね。せっかくですし、少しくらいは水に入っておきたいところです」
「疲れたほうがお風呂も気持ちいもんね」
ヴィラに荷物を運びこんだ小百合さんがビーチに移動してきたのを見計らって服から水着に。
白、黒、ピンク。
陽光の下、海を前にして身に着ける水着はプールに行った時とは印象が違った。
「恋も玲奈もやっぱり可愛いなあ……」
「美桜ちゃんだってすっごく可愛いよ! ほら、行こ?」
「わっ」
右腕に飛びついてきた恋に引っ張られるようにして海へ。
小さな水音と共に少しずつ足が水の中へ。太ももまでが水に浸かると気持ち良さから「んー……っ!」と声が出た。
「二人とも、待ってくださいませ」
小百合さんに日傘を預けた玲奈が追いかけてきて、
「えいっ!」
「いいえ、その手には乗りません」
「なっ……!? なんでわかったの!?」
恋が足を使って飛ばした水を玲奈は優雅に回避。
「恋さんの考えそうなことです」
「むっ。美桜ちゃん! 協力して!?」
「ええ……?」
仕方なく言われた通りにするも、足だと大した威力にはならない。難なくかわされたうえ、
「えいっ」
「わっ!? 玲奈ちゃん、それは反則だよー!」
「足しか使ってはいけない、とは言われていませんから」
手のひらで水をすくった玲奈にあっさり逆襲された。
◇ ◇ ◇
準備運動も兼ねて遊んだ後は軽く泳いだ。
「やっぱり海の水ってしょっぱいね」
「泳ぐならプールの水のほうがやりやすいよね」
波もあるし、プールとはほぼ別物だ。
めったに体験できない環境なので積極的に楽しませてもらう。
競争をしたり、色んな泳ぎ方を試してみたり。
遠泳するほどの体力はないし危ないので泳ぐ距離はそんなに長くない。身体を動かしながら水を感じられればそれで十分。
途中で小百合さんはヴィラへ引っ込んでいろんな準備を始めた。
他の利用客もちらほら見えるけれどみんなある程度の距離を取って遊んでいるのでお互いの邪魔にはならない。
しばらくして太陽の光が弱くなり始めたあたりでその日の水遊びは終わりにした。
「お帰りなさいませ、皆さま。まずはお風呂をどうぞ。先にシャワーを浴びてしっかり塩を落としてくださいね」
バスルームもけっこう広くて子供三人くらいは余裕で入れるつくりだった。
子供三人。
そう、ここで「順番に入ろう」と主張する方がおかしいし、はしゃぐ恋を抑えられる気もしなかったので三人揃ってのお風呂になった。
「みんなでお風呂って実は始めてだよね?」
「そうですね。着替えはいつも一緒ですけれど、少し気恥ずかしいです」
「……うん、ちょっと恥ずかしいね」
自分の身体はさすがにもう見慣れたけれど、親友二人のそれはもちろん新鮮。
三人とも髪が濡れないようアップにしているのもあってちょっと色っぽい。なんとなく罪悪感を覚えるので極力見ないようにしつつタオルで身体を隠すと、
「もう、美桜ちゃん。三人しかいないんだからそんなに隠さなくても」
「そうですね。……ああ、せっかくですから洗いっこいたしませんか?」
「賛成!」
タオルを取られたうえにじゃんけんをさせられ、僕が玲奈、玲奈が恋、恋が僕を洗うことに。
女の子の肌はやっぱりすべすべで柔らかい。
玲奈が持ち込んだらしい高級そうなボディソープをたくさん泡立てて手のひらを滑らせると、玲奈がくすぐったそうに身じろぎする。
どきっとした僕に至近距離から視線が送られて、
「美桜さんはとても優しい手つきですね。それに比べて──」
僕を洗ってくれた恋はちょっと面白がって僕をくすぐろうとしてきたうえ、自分を洗う時の感覚でわりと雑に手を動かそうとしたので、
「もう! 恋さんはもう少し落ち着きを覚えるべきです!」
お嬢様である玲奈から雷が落ちてしまった。
小学五年生の可愛い女の子が同じく可愛い女の子に怒られている。その様を裸で見ているなんて……なんというか、ある日突然元の僕に戻ったとして、前と同じような生活が送れるか心配になってきた。
男子としての振る舞いもぜんぜん使ってないと忘れてくるだろうし。
たまには思い出すために男の子のフリをしてみようか。
プールの時に出会った謎の女装少年みたいに男装をして街に繰り出すとか。でもこの世界だと男の子のほうが危ないんだっけ。ボーイッシュくらいのコーデで纏めればいいか。
と、そんなことを考えながらあったかいお湯に三人で浸かって一日の疲れを和らげる。
思わず、ほう、と息が漏れて、
「……ねえ、美桜ちゃん」
さっきまでの調子なら「気持ちいいね!」とか騒ぎそうな恋がお湯で火照った肌を僕に押し付けてきた。
僕よりも大きくてはっきりとした膨らみが背中に当たる。
どきっとしながら「どうしたの?」と尋ねると、
「美桜ちゃんはさ。自殺、しようとしたの?」
親友の口から飛び出したのは予想よりもずっとシリアスな内容だった。
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