美桜と水着(その5) 2016/7/15(Fri)

 今年の終業式は例年より少し早く十五日の金曜日になった。

 その後三連休が挟まるので、二十日に終わるとしても増える日数は二日。それならキリのいいところで終わらせてしまおう、ということだと思う。

 もちろん、僕たちとしては大歓迎だ。


 というわけで。


 金曜日は一学期最後の登校日。

 普通なら荷物なんてほとんどなくて、むしろいろいろ持ち帰るために鞄はなるべく空けていくのが普通なんだけど、我が家の玄関にはでん! と大きな荷物が昨日の夜から用意されていた。

 置かれたのは通学鞄でも体操着袋でもなくて旅行用のキャリーケース。


『せっかくですから、終業式が終わった後、そのままお出かけするというのはいかがでしょう?』


 玲奈の発案で夏休み開始後即、海水浴という夢のようなスケジュールが組まれたからだ。

 ちなみに日程は二泊三日。

 近くの宿泊施設も予約済みで、費用はほとんど西園寺家負担。金銭的な意味でも夢のような話だ。

 さすがにそれは悪いんじゃないかと僕や恋が言うと、


『もちろん、タダで施しをするわけではありません。これは言わば貸しなのです』

『貸し?』

『美桜さんと恋さんはわたくしにとって大切なお友達です。これは、西園寺家がわたくしにとって有用と認めたということでもあります。わたくしがなにかの事情で困った時、逆に手を差し伸べてくれる相手だからこそ、心をこめておもてなしをするのです』

『???』


 恋がよくわかっていなかったので簡単にまとめると「いつかなにかの形で返してね?」ということだ。

 親友だから気前よくお金を出すけど建前は必要だよね? と言われた感じだけど、そのまま甘えてしまうのも悪い。

 僕にできることなんて大してないとはいえ、少しずつでも返していきたい。

 例えば、外出した時にちょっと高いお土産を買って渡すとか。


「いいなあ美桜。私も海で思いっきり泳ぎたい!」

「お姉ちゃんはもう何回も水着着てるんじゃないの?」

「それほとんど仕事でだし! まだ泳げない時期のもあったし!」


 水着が売れる時期の直前に出る雑誌の一か月前とかに水着の撮影──暑いのも困るけどそっちもけっこう困りそうだ。来年も読モしてるとは限らないけど一応覚悟しておこう。


「ちゃんとお土産買ってくるから。なにがいい?」

「んー。可愛いキーホルダーとか、星の砂とか」

「わかった。じゃあ、それとなにかお菓子も買ってくるね」


 意外と可愛いリクエストに「お姉ちゃんもまだ中一だっけ」とあらためて思い出す。

 しっかりしてるから忘れそうになる。


「お姉ちゃん、楽しんできてね?」


 と、ほんわか言ってくれる妹のほうはしっかりしてるけど歳相応なところも多いのでほっとする。「美空にも買ってくるからね」と頭を撫でると嬉しそうに「うんっ」と笑ってくれた。


「美桜。西園寺さんにご迷惑をかけないようにね」

「うん。気をつけるよ」


 お母さんとしては小学生のお泊まりがやっぱり気になる様子。

 西園寺家からちゃんと大人の人が付き添ってくれるという話だけど、それはそれで人に子供を預けることになるわけで。

 子供からすると「友達と遊びに行くー」という話でも、心配だったり信用問題があったりするのは僕にもわかる。

 だから、僕はできるだけいい子にしていないといけない。


 朝食をいつもより早めに済ませて待っていると、家のチャイムが鳴って、


「おはようございます、美桜さん」

「おはようございます、香坂様。お迎えにまいりました」


 玲奈と一緒にメイドが来た。

 秋葉原などの一部地域以外ではなかなか見られない格好に一瞬硬直する僕。

 でも、長めかつ広がりは最小限に抑えられたロングメイド服はよく見るとポケットも複数ついていて、可愛らしさや清楚さと同時に機能性も兼ね備えている。夏場だと暑そうだけど、そこは白いエプロンが少しはカバーしてくれているのかも。

 長い髪を頭の後ろでまとめた彼女はいかにも大人のお姉さんという感じの綺麗な人だった。


「皆さまのお世話を担当させていただきます、小野寺おのでら小百合さゆりと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 深く頭を下げると、メイドさん──小百合さんはにっこりと僕に微笑み返してくれた。

 お母さんと大人同士の会話を交わした彼女は「お荷物はこちらでよろしいですか?」とキャリーケースを車に運んでくれる。

 黒塗りの高級車。

 黒以外の車も多いこの世界だけど、シックな色合いだと一目で「傷つけたりしたら大変だ」とわかる。

 感心のため息を吐いていると、積み込みを終えた小百合さんが、


「皆さまを学園へお送りした後、旅行用の車に積み直しますのでご心配なく」

「なにからなにまでありがとうございます」

「美桜さん。この後、恋さんを迎えに行って、それから学園に向かいますね」

「うん」


 わざわざ迎えに来てもらったのは荷物を回収してもらうためだ。

 学園まで運ぶと重いだろうから、とそれぞれの家まで来てくれた。式が終わった後の着替えもキャリーケースの中に入っている。


「晴れてよかったですね」

「ちょっと暑すぎるくらいだね。明日と明後日の予報も問題なさそう」

「ふふっ。恋さんはきっと興奮しているでしょうね」


 してた。


「おはよう、二人ともっ。いよいよ海だよ、海!」


 家から出てきた恋は、なんというか今から水着姿でも驚かなかったレベルの興奮ぶり。トレードマークのツインテールを振り回す勢いで僕たちに話しかけてきた。


「落ち着いてください、恋さん。まずは終業式ですよ」

「そんなのすぐ終わるよ。ね、美桜ちゃん?」

「恋がはしゃいでるのを見るとわたしたちまで楽しくなってくるよ」


 再び走り出した車内、ハンドルを握る小百合さんがくすりと笑って、


「皆さん、通知表を見る心の準備はよろしいですか?」

「うっ。私、なんだか終業式サボりたくなってきた」

「恋。サボっても通知表はなくならないよ」


 うちの小学校は私立なので比較的しっかりと生徒の能力が評価される。

 家庭によってはお母さんからため息つかれたりするだろう。僕も男だった頃の成績はそんなに良くなかったから気持ちはわかる。


「美桜ちゃんたちはいいよ。成績良いし」

「恋さんだってそこまで悪い成績ではないでしょう」


 体育や音楽は得意だし、座ってする勉強もまったくできないわけじゃない。

 恋はこう見えて意外と努力家なのだ。


「お母さんに渡すのが遅くなるのだけが救いだよ……」

「楽しいことが終わった後になるもんね」


 そのうち通知表もデジタル化されて直接親のところに送信されたりするんだろうか。それはちょっと悪魔のシステム感がある。

 無事に学園についた僕たちは小百合さんに見送られ、身軽な状態で校門に立って、


「随分派手な登場するな、お前達」

「あ、湊くん! 湊くんも海、一緒に行こうよ!」

「行かないよ。無茶言い過ぎだろ恋。……まあ、西園寺と香坂も、おはよう」

「おはよう、燕条君」


 湊から声をかけられた。

 彼のほうから声をかけてくるなんて珍しい。ひょっとして少し海が羨ましかったのか、


「おはようございます、燕条さん。美桜さんとしばらく会えなくなるのは寂しいですか?」

「なっ!? そんなことあるわけないだろ……!?」

「そうだよ、玲奈。夏休みなんてどうせあっという間だよ」


 特に小学生なんて思いきり遊び倒して「もう終わり?」と嘆くに決まっている。

 寂しいなんて思っている暇はない、と心の中で思っていると、湊が「まあ、そうだよな」と言いつつ僕を睨んできた。


「ねえ、燕条君。なんでわたし睨まれたの?」

「別に睨んでないし」


 意地を張る少年。この際、彼のことは「ふーん」と無視することにして、僕は玲奈たちと校門をくぐった。

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