美桜と水着(その4) 2016/7/10(Sun)
焼きそば、たこ焼き、フライドポテト、じゃがバター、フランクフルトにかき氷。
一人につき一品か二品ずつ買って持ち寄ろう、と言ったところそうそうたるラインナップがプールサイドのテーブルに並べられた。
簡易容器に入ったそれらを見た僕はうんうんと頷いて、
「だよね。夏と言ったらこれだよね」
「美桜さんが感動しています……」
「玲奈はこういうのあんまり食べたことないかもしれないけど、夏の定番だよ」
「失礼な。わたくしにも知識くらいはあります」
唇をつんと尖らせた玲奈も可愛い。
恋が笑って「去年までは一緒にプールとか行かなかったもんね」と教えてくれる。五年生──高学年になったので今年から一人で行動できる範囲が広がったらしい。
去年までは家族と行っていたらしい海水浴も今年は僕たちと一緒。
会員制のビーチに海の家はない気がするので、ここで夏の定番フードを食べられたのは良かった。
「ところで、こういった食べ物はカロリーや塩分が多いのでは……?」
「麺もソースも減塩に気を遣ってるから見た目よりは身体にいいはずだよ?」
なんと。
女子の多い世界ならではなのか、いかにもなジャンクフードも女性に優しくなっているらしい。元の世界にこの技術を輸入したら大儲けできるかもしれない。
「甘いのもあるからちょうどいいね」
プチパンケーキやキャラメルポップコーンなど女の子らしいチョイスに加え、一人一つずつドリンクも買った。
オレンジジュースだったりシェイクだったりメロンソーダだったり色とりどりなのも子供らしく女の子らしい。ちなみに僕は「健康に気をつけて」というお姉ちゃんの教えを捨てきれなかったので無糖のウーロン茶だ。玲奈は「これが一番飲みなれているので」とミネラルウォーターをチョイス。
「それじゃあ」
「いただきます!」
減塩と言っても記憶の中のあれやこれと遜色ない味。
たこ焼きを頬張り、それからじゃがバターを味わった僕は幸せの味を噛みしめる。
「……夏の大事なイベントが終わった気分」
「香坂さん、まだ夏休み始まってもいないよ!?」
「美桜ちゃんってときどき変になるよね……?」
おかしい。変と言えば元の美桜の方が変だったんじゃないだろうか。
「午後からはどうしよっか」
「私ウォータースライダー行きたい!」
「私は流れるプール!」
「では、何組かに分かれて好きなところへ行きましょうか」
「さんせー!」
かき氷などのシェアしにくいものも「一口ちょうだい」「どうぞ」と食べさせ合ったりしながらお腹を満たし、食休みもかねて少しぼうっとした。
「あ、わたし今のうちにトイレ行ってくるね」
「大丈夫? ついて行ってあげようか?」
「恋、わたしのこと小さい子だと思ってない……?」
一人で大丈夫、と答えてみんなの傍を離れた僕は無事に用を済ませた。
肌の出た格好からさらに無防備になるのはなんだか変な気分だったけれど、プール内のトイレにしては設備がしっかりしていたので少し安心。
すっきりして外に出ると、
「わっ」
「きゃっ」
逆にトイレへ入ってこようとした人とぶつかってしまった。
同い年か一つ上くらいの子。白いツーピースタイプに同色のパレオ。髪はツインテールにしていて顔もかなり可愛い。
素の顔立ちは
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
思わず観察してしまってから慌てて手を差し伸べると、その子は「うん、ありがとう」と僕の手を取った。
……あれ?
白くて細い手。だけどなんだか小さな違和感。いや、手だけじゃなくて、ひと目見た瞬間から彼女に感じていた違和感を一定を越えたところで認識できた感じ。
会釈をしてトイレに入って行こうとする彼女を僕は「もしかして」と視線で追って、
「男の子……?」
「っ!?」
ばっ、と振り返ったその子に「信じられない」という目で睨まれた。
そこで確信する。よく見るとのどぼとけもうっすらとあるし、身体つきがちょっと女の子とは違う。この二か月、同世代の女子ばっかり見ていたのが役に立った(?)。
それにしても、男の子だとわかった上でもやっぱり可愛い──。
「えっ」
悠長に思っている間に彼女、もとい彼に腕を掴まれる。
ぐいっと身体を引き寄せられたかと思ったら近くのフェンスに背中を押し付けられて、顔の横に右手を置かれる。
綺麗な形をした瞳がすぐ近くにあって、思わず吸い寄せられそうになった。
あれ、これっていわゆる壁ドンというやつでは……?
「誰にも言わないで」
身の危険を感じた次の瞬間、彼の可憐な唇から発せられたのは愛の言葉でも脅しでもなく懇願だった。
「お願いだから、ね?」
「う、うん」
慌ててこくこくと頷く僕。
「心配しなくても、誰にも言わないよ。……なにか事情があるんだよね?」
別に単なる趣味ならそれでもいい。
これだけ可愛かったら周りの子も何も言わないだろう。もし目的が「女の子にえっちなことをするためです」だったら即通報するけど。
よく見ると若干潤んでいる瞳から見てもそういうことじゃないと思う。
微笑と共に保証すると彼は「よかったぁ……」と可愛らしい仕草で胸を撫で下ろして、
「美桜さんが女性にナンパされています……!」
「美桜ちゃん、女の子でも良かったの!? 早く言ってよ、それなら私……!」
親友二人がタイミング悪く通りかかった。
僕と彼は顔を見合わせた後、
「ち、違うよ! これはそうじゃなくて!」
「そ、そう! ボク、じゃなくて私はただお話していただけで!」
「まあ、そうですよね。美桜さんは読者モデルのお仕事もなさっていますし、魅力的な同性との出会いも多いでしょうし」
「ふーん。じゃあ美桜ちゃん、これはナンパじゃないんだ?」
納得いかない様子の玲奈と恋を説得するのにしばらくの時間を要した。
◇ ◇ ◇
「……ひどい目に遭ったよ」
「本当だよ! 美桜ちゃんが一人の時を狙ってナンパするなんて!」
「どっちかっていうと恋たちが変な勘違いをしたせいなんだけど」
「なんのことかわかりませんね」
なんとか誤解を解いた後、あの女装少年は僕たちに名前も告げずに去っていった。
下手に会話を続けたらまたナンパと勘違いされそうだし仕方ないんだけど、なんかキャラの濃い子だったし、もう少し話してみたかった気もする。
恋たちがここに来たのはグループ分けが決まったから。
仲のいい同士で、と決めたらいつもの三人になったので、じゃあ僕を追いかけるついでにトイレを済ませよう、とここへやってきたらしい。
「ところで美桜ちゃん、あの子知り合い? なんか見覚えがある気がするんだけど……」
「わたしは会ったことないよ? 記憶がなくなる前だとわからないけど」
「それは危険ですね。美桜さん。『どこかで会ったことない?』と言われても鵜呑みにしないように」
その後は玲奈の持ってきた浮き輪を使ってぷかぷか浮いてみたり、水に浸かったままゴムボールでバレーの真似事をしてみたり、低学年の知らない子から声をかけられてウォーターガンで一緒に遊んだりした。
さらに恋が行きたいというので「わたくしは行きません」という玲奈を半ば無理やり引っ張ってウォータースライダーへ。
悲鳴を上げて抱きついてくる玲奈は可愛かったけど、恋と一緒に終わった後でたっぷり怒られた。
「楽しかったねー」
少し遠出をしたので、暗くなる前に帰るには早めにプールを出ないといけない。
あっという間に頃合いを迎えた僕たちは心地良い疲れを感じながら水遊びを切り上げた。服に着替えた後、アイスを買ってもうひと涼みしたうえで、
「また来たいなあ」
「来ればいいよ。ね、美桜ちゃん?」
水を向けられた僕は「そうだね。運動にもなるし」と答える。
泳いだ後のアイスも格別だ。これだけでもプールに入る価値はある。
「わたくしは遊泳よりも競泳の方が性に合っています。泳ぐのなら屋内の温水プールがいいですね」
「玲奈ちゃんは習い事でもやってるもんねー」
なんて、みんなの前では言っていたものの、別れてから玲奈が送ってきたメッセージにはこうあった。
『海にはもっとたくさん海水浴グッズを持って行きますので』
ちょっと見栄っ張りな親友も可愛いと思いつつ、僕は「そういえば美桜は習い事してないんだな」と思った。
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