美桜と水着(その3) 2016/7/10(Sun)
「わあ……。さすがに広いね……!」
目の前に広がる光景を見て、僕は歓声を上げた。
近隣だと最大級のプール施設。
普通のプールの他に波のプール、流れるプール、ウォータースライダーなどなど多種多様なプールを備えているうえに料金もお手頃。みんなで遊びに行くにはうってつけの場所。
今日は良い感じに日差しも強めなので絶好の水遊び日和だ。
夏休み前を選んだのはその方が空いていそうだから。あまり混雑すると芋洗いのような有様になって泳ぐどころじゃなくなってしまう。
この考えは正解だったのか、外のフェンス越しに眺める限りは普通に日曜日の混雑といった感じ。このくらいなら賑やかでちょうどいい。
オープンして一時間も経っていないのに家族連れや友達同士など、多くの人が楽しそうに遊んでいる。
うん、いかにも気持ちよさそうでテンションが上がる。
「美桜ちゃん、なんかいつもよりテンション高いね?」
「だってプールだよ。わたしだって暑いのは苦手だし」
恋の声に答えると、別のクラスメートが意外そうに、
「美桜ちゃんと西園寺さんは『暑さなんて感じないわ』ってタイプかと思ってた」
「わたくしたちをなんだと思っているのですか……」
北欧の血が入っている僕ほどではないけれど色白な玲奈は、実際のところ暑さは苦手。今も日傘を手離さず、さらになるべく日陰を選んでいる。
一方の恋は夏も冬もはしゃいで遊ぶタイプ。動きやすい半袖スタイルで「日焼け? なにそれ?」といった雰囲気だ。
放っておくと本当に綺麗に焼けそうなので僕と玲奈で恋の分も日焼け止めを用意してきた。
「どうせなら湊くんも来られれば良かったのにね」
「さすがに燕条君は来ないと思うよ……?」
一応誘ったけど「行かない」とあっさり断られた。
女子の中にぽつんといるのは気まずいし、気持ちはよくわかる。
「……湊くんの水着見たかったのに」
残念そうに呟く恋。僕としては男子の水着なんてどれも大して変わらないと思う。スクール水着なら学校のプールで見たんだからいいじゃないか。
それより、僕はとある人物が来てくれたことが嬉しい。
「橘さんも、今日は楽しもうね?」
「う、うん」
目立たない位置にいたいけど玲奈の傍に寄るのも気おくれする、といった雰囲気で僕たちの様子を窺っていたほのかが少しびくっとしてから返事をした。
他のクラスメートもいるので今日は「橘さん」「香坂さん」呼びだ。
僕たちが本の貸し借りをしたり家に遊びに行く仲なのは他のみんなには秘密である。
「あら、珍しいですわね? 美桜さんと橘さんがお話しているなんて」
「クラスメートだもん。橘さんとも友達だよ?」
さすがスクールカースト的強者。みんな友達、的な物言いに玲奈はあっさり「それもそうですね」と納得してくれた。
ほのかの方は目だけで「もう、びっくりしたよ」と訴えてくるので「ごめんなさい」と目だけで返した。
「じゃ、そろそろ中に入ろっか」
「さんせー!」
受付でお金を払って更衣室へ。
男子更衣室と女子更衣室のサイズが外から見るだけで大違いなのにカルチャーショックを覚えた僕は、更衣室の中に入って再び驚いた。
広い空間に女性しかいない。
いやまあ当たり前なんだけど、でも学校の体育で着替えるのとか、お姉ちゃんが下着姿でリビングをうろついているのとはレベルが違う。
なにしろ高校生とか大学生、大人の女性もいるのだ。
着替えている時はさすがになるべく隠すようにしているけれど、着替え終わってしまえば水着姿だ。肌の露出が多くて目のやり場に困る。
これ、僕はここにいていいんだろうか。
せっかくなのでじっくり観察しておきたい気持ちと、いやいやさすがに駄目だろうという気持ちをせめぎ合わせていると「あの、香坂さん、どうしたの?」とほのかが遠慮がちに声をかけてくれた。
「ううん、なんでもない」
笑顔で答え、気分を切り替えて着替えを始めた。
僕と恋、玲奈の水着は前に買っておいた奴だ。クラスメートたちからの「可愛いー!」という声に「ありがとう」と答えながら日焼け止めやらの処理を済ませていると、
「ねえねえ、男の子来てるかなあ?」
「格好いい子いたらナンパしちゃおっか」
「上手くいったら物陰を探してそのまま……なーんて」
大学生と思しきお姉さんたちの話し声が聞こえてくる。
あれ? チャラい男子大学生の会話じゃないよね? と錯覚してしまうような会話内容に思わず遠い目になる。
なんだかんだ、そこそこ大人の女性とも会ってきたけれど、みんな出産を終えて落ち着いている人だったり仕事優先な真面目な人だったりしたので今まではあまり意識して来なかった。
なるほど、これがこっちの世界の肉食系女子か。
いや、それとも向こうの世界でも肉食系はこんなもんだったのか? だとしたら僕が引っかからなかった理由は……うん、止めよう。格好良くなかったから、なんていう答えにたどり着いても得がない。
「ねえねえ美桜ちゃん、私たちもナンパされちゃうかもねっ?」
「恋。お願いだから変な人についていっちゃ駄目だよ?」
「わかってるよー。でも、格好良くて安全そうな人だったらいいよね?」
危険な男ほど無害を装って女に声をかけるものなんだけど……。
「うん。まあ、男の子なんてそうそういないと思うし」
実際、プールに出てみるとどこもかしこも女性だらけだった。
見渡してみても男子の姿はちょっと見当たらない。そりゃまあ、逆ナン目的の女子が山ほどいるようなところにはなかなか来ないだろう。
というか、こっちの世界だと男子→女子の方が「逆ナン」だったりするかもしれない。
クラスメートからも「残念」という声が上がるものの、
「いいじゃない。普通に遊ぼうよ」
「そうもそうだね」
ということで水遊びに興じることになった。
最初はみんなで普通の大プールへ。外気は立っているだけで汗が湧いてくるくらいだけど、冷たい水に足を浸すと暑い分だけ気持ちいい。
体育があった日のお風呂とベクトルは正反対ながら同レベルの気持ち良さ。ということは今日はどっちの気持ち良さも味わえるわけで、まずは思いっきり遊んで疲れを溜めてお風呂に備えたい。
さすがに本格的な泳ぎの練習ができるほど空いてはいないものの、数メートル軽く泳ぐくらいならできるし、なんなら水に入っているだけでも楽しい。
僕としてはどっちを見ても女子の水着だらけで別の意味でも飽きない。
「美桜ちゃん、隙ありっ!」
「わっ」
ぼうっとしていたら恋から水をかけられた。
「もう、恋。子供じゃないんだから」
「えー? 反撃しないならもっとやっちゃうよー?」
「仕方ないなあ……。えいっ!」
「きゃっ!? ……あははっ。美桜ちゃんだって子供じゃん!」
学校のプールも泳ぎの練習半分、水遊び半分といった感じで否応なく女の子の水遊びに参加させられたので、僕も多少はこういうのに慣れた。
ぱしゃぱしゃと、痛くない程度の強さで水をかけあっていると、横手からぴゅーっと水が飛んできて恋の顔に命中。
見ると玲奈がドヤ顔でウォーターガンを構えていた。
「玲奈、それどうしたの?」
「家から持って参りました。他に浮き輪なども用意があります」
確かに、彼女の下げたクリアバッグにはいくつもの水遊びグッズが見える。
お嬢様である彼女にとってこのプールは付き合い程度、本命は今度行く海水浴だろうに、実は玲奈がいちばん本気で遊びに来ているかもしれない。
そっちがその気なら、
「恋、二人で玲奈を狙おう?」
「了解!」
「む。二人がかりになった程度でこの武器に敵うとでも?」
三人で水をかけあっていたら「ずるい」と他の子たちも参戦してきて結構な賑やかさに。
みんなが満足するまで頑張っていたら終わる頃にはちょっと身体に疲労がのしかかってくるくらいになっていた。
ちょうどお昼時が近づいてきていたので、僕たちはいったん昼食も兼ねて休憩を取ることにした。
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