美桜と読者モデル(その4) 2016/7/3(Sun)

『こんにちは、美桜ちゃん。この前はありがとう。おかげで良い写真がいっぱい撮れた。……それで、次号も読者モデルをお願いしたいんだけど、どうかな?』


 少し前、小学生向けファッション誌の編集者をしているほのかのお母さんから連絡を受けた僕は、再び日曜日に外出することになった。

 今回はお母さんもお姉ちゃんも用事があるということで僕一人。

 事情を話すと「危ないから」と一緒に現場まで連れていってもらえることに。ほのかの家からだと車ならそんなに時間がかからないのでついでに、ということ。


「私が送っていけばタクシー代もかからないしね」


 送ってもらうお礼を言うとそんな風に言って笑ったほのかのお母さんはけっこうちゃっかりしてると思う。


「それでね、電話でも説明したけど、今回は屋外で撮影してもらおうと思うの」

「はい。なにか気をつけることはありますか?」

「本当にしっかりしてるなあ……。ううん、大丈夫。光の当たり方なんかはこっちで調整するし、美桜ちゃんたちは周りの邪魔にならないようにするくらいかな」


 使用許可は取っているものの貸し切りにはしていないので多少気を遣うらしい。

 他に人がいない状態で撮影するより本当に街で遊んでいるところを撮った感が出るので、それはそれで利点もあるのだとか。


「香坂美桜です。今日はよろしくお願いします」

「あ、美桜ちゃん。またよろしくねっ」


 現地に到着すると、読者モデルのほとんどは前回一緒だったメンバーだった。

 定期的にグループチャットで話しているのであまり久しぶりという気がしない。打ち解けたせいか、お姉ちゃんの威光がなくなっても和やかに挨拶ができた。

 前回いなかったメンバーとも自己紹介をしあっているとほのかのお母さんが寄ってきて今回の服を渡してくれる。


「これ、どこで着替えるんですか?」

「近くのお店を借りているから、そこのトイレで着替えてもらえる? あ、お店の人にはちゃんと挨拶してね?」

「はーい」

「わかりました」


 雑誌に載せる写真はだいたい発売の一か月半から二か月前くらいに撮影する。

 前回は真夏を想定しているのでかなり薄着だったけど、今回は初秋のファッションになる。むしろ気候的には暑くなってきているところなので辛いけど、お姉ちゃんいわく「それに耐えるのもモデルの能力」とのこと。

 制汗スプレーは家を出る前に使ってきたけど念のためもう一度身体に振りかけて、日焼け止めも使っておく。

 後はお姉ちゃんからのアドバイスで目立たない場所に保冷剤を仕込んで暑さを和らげる。


「美桜ちゃん、一緒に服チェックしよ?」

「うん」


 他の個室からも似たような音が響いているのを聞きながら準備を整え、お互いに出来栄えをチェックし合って微調整。

 読者モデルとは言ってもなかなか大変だ。

 華やかに見えるファッション業界も裏側はいろいろあるんだな、と、その一端を感じる。お姉ちゃんはもっと本格的にこういう世界の洗礼を味わっているのか。


「お待たせしましたー!」

「今日はよろしくお願いします」


 最初の撮影場所になる公園に戻るとカメラもスタンバイしていた。

 撮影してくれる人は前回と同じ。前回アドバイスしてくれたアシスタントの大学生もいたので「この前はありがとうございました」とお礼を言った。

 すると彼は「ああ、お前か」とあまり興味なさそうに呟いて、


「少しは自分の魅せ方を勉強してきたか?」


 あ、この人、本当に女の子に興味ないんだろうな。

 モテない男子高校生でもそう思うレベルのぶっきらぼうさ。まあ、この世界の女子の場合、これでも「格好いい!」っていう反応になるんだけど。

 僕は苦笑しそうになるのを堪えて微笑み、


「少しは上達してるといいんですけど」


 前回は撮影を止めてしまったので今回はそうならないよう、自分なりに練習をしてきた。

 学校に通い始める前にやった練習の続きみたいな感じだろうか。半身鏡で自分を映しながら「どう動いたらどう見えるか」あらためて研究した。

 果たしてその成果は、



   ◆    ◆    ◆



「なんか今日は少し浮かれてない?」

「そうですかね?」


 先輩の指摘に俺は首を傾げつつも「そうかもな」と思った。

 今日は毎月恒例になっている雑誌の撮影。

 小学生女子の相手をするのは骨が折れるけど、中学生や高校生、大人の女に比べればずっとマシだ。適当にあしらっても好意的に受け取ってくれるし、向こうの思考も「うまくいけばデートできるかも」程度の可愛いものでしかない。

 それに、今日はあいつに会える。


 ──名前はなんて言ったか。


 母親や姉譲りらしい上質な素材を持った読者モデル初心者。

 上手く周囲に溶け込んでいるように見えて、明らかに他とは違う存在。そのへんにいる普通の女に興味はないが、被写体として面白いことになるかもしれないあいつのことはあれから気になっていた。

 俺の指示は覚えているか。

 本人に成長していく気があれば、あれはきっとまだまだ化ける。成長すればトップだって狙えるかもしれない。できればそうなったあいつを俺が撮りたい。


「少しは自分の魅せ方を勉強してきたか?」

「少しは上達してるといいんですけど」


 果たして、あいつは前以上に俺の目を惹いた。

 名前は会った後資料を読んでようやく思い出した。香坂美桜。覚えておこうと思うが、少ししたらまた忘れてしまいそうな気もする。別に構わない。会えば一発でこいつだとわかる。おそらくどんな変装をされても俺なら見抜けるだろう。

 香坂美桜が異質なのは自分の魅せ方だ。

 読者モデルとはいえ「撮られよう」なんて考える女は少なからず見栄えを気にする。他人からの見え方を研究することだって多くがやっているだろう。だが、あいつの場合はこれが徹底している。


 魅せようとしているのは「自分」であって「自分」じゃない。


 他人に好かれる「香坂美桜」をエミュレートして、それがよりよく見えるように試行錯誤を重ねている。「香坂美桜」のイメージに沿った振る舞いを実行するからこそ周りは気づかない。

 そして、一つ一つの振る舞いがさらに「香坂美桜」のイメージを強固にしていく。


「うわ。美桜ちゃんまた可愛くなってるんじゃない……?」


 編集の橘さんの呟きに俺は「そうっすね」と答えた。

 経験が少ない割に夏に秋物を着る暑さにも上手く耐えている。俺が前に言ったこともきちんと覚えているらしく、いったんマインドセットを始めると一気にオーラのようなものを放ち始める。

 他の読者モデルたちは自然とあいつをセンターに置く。

 それでいてプレッシャーを受け取るのではなく全体には楽しげな雰囲気が形成されるのだから、これはある種の才能だろう。


「面白いな」


 自己の希薄なロボットとも、のし上がるために自己の全てをコントロールする野心家とも違う。

 打算も本心も「和」を望んでいながら他人を従え頂点に立つ異才。いったいどうやったらこんな子供が育つというのか。

 もっと、こいつを育てたい。

 俺は彼女のためではなく自分のためにそう望み、さらなるアドバイスを囁いた。


「鏡だけじゃ駄目だ。画像や動画でも研究しろ。媒体によっても見え方は変わる」

「──わかりました」


 一瞬。ほんの一瞬だけ覗いた「素顔」にぞくりとする。ありとあらゆる感情が抜け落ち身体のコントロールが無になったような純粋な顔。

 反射的に指がぴくりと動くと共に、カメラを握っていなかったことを心底後悔した。


 いいぞ、それでいい。


 こいつがもっともっと育って、小学生の読者モデル程度ではなくもっと上でも通用するになるのが楽しみだ。

 俺は少女の傍を離れながら自覚のないままに笑みを浮かべた。

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