美桜と読者モデル(その5) 2016/7/3(Sun)
公園で撮影した後、さらに二箇所くらいで撮ってから解散になった。
帰りは読モのみんなで駅まで歩いてそこから電車。報酬としてちょっとしたお小遣いの他に撮影で着た服をもらえたのでなかなかの収穫だ。
前回は服をもらってもなあ……と、代わりにアルバイト代をアップしてもらったんだけど、考えてみたらファッション誌に載るようなコーデがまるまるもらえるのはお得なので、今回はありがたく服をもらった。
服を提供してくれたメーカーとしても僕たちが着て歩くことで宣伝になる。
お互いに得をするいいシステムだ。
撮影で着た服はどうしようか。
家に帰ってきてまず悩んだのはそれ。一回着てるから洗濯しないとだけど量が多いし、全部洗濯カゴに突っ込むのも……。
悩んだ末、運ぶのに使った紙袋のまま洗濯機のそばに置いておいた。急ぐわけじゃないので洗濯ものが少ない日にでも洗ってもらおう。
汗をかいたので今日は贅沢にシャワーを浴びて、下着も替える。
少しじとっとしていた肌がさっぱりして気持ちいい。こういう時は女子がお風呂やシャワーを好む気持ちがよくわかる。
シャワーの後はリビングでのんびりすることにした。
宿題は終わっているし、頭がファッション脳のままだったのでアイスティー(無糖)を片手にぺらぺらとファッション誌をめくる。
恋や玲奈、読モ仲間から日々お洒落情報が流れてくるお陰でなにが書かれているか意外と理解できた。
「ただいまー。美桜、撮影どうだった? ねえどうだった?」
しばらくすると仕事からお姉ちゃんが帰ってきた。
いきなり抱きつかれた僕がまず感じたのはエロいことより先に「暑い」だ。
「先に手を洗ってきてよ、お姉ちゃん」
「いいじゃないこのくらい。……で、どうだった?」
「わたしなりにうまくできたと思うよ」
このままだと離れてくれそうにないので短く答える。
お姉ちゃんも少しは満足したのか「へー」と言いながら洗面所に行ってくれた。
しばらくするとアイスティーの入ったグラスとシュガースティックを持って戻ってきて、
「私には詳しく聞く権利があると思うんだけど」
「んー、でもお姉ちゃんからしたら普通だと思うよ?」
公園で撮った後の撮影も簡単な設定っぽいのを指示されて撮ってもらっただけだ。
もちろん、途中で着替えも挟む。
撮った写真全部が使われるわけじゃない。むしろボツになる写真のほうが多いくらいらしいので、たくさん撮られた僕も実際はどのくらい紙面で使われるかわからない。
一度に撮られる人数もいろいろ。
一人だったり二人だったり三人以上だったり。比較的、僕は撮られてる時間が長かったような気もするけど、他の子が撮影する間のお喋りもけっこうあったので気のせいかもしれない。
「暑さ対策はちょっと足りなかったかな。タオルは多めにあったほうがいいし、汗拭きシートみたいなのも要りそう。日傘持ってきてる子がいたんだけどあれも夏場は必須かも。玲奈におススメを聞いてみようかなって──」
「ふーん? つまり次回も呼ばれそうなんだ?」
「なんでお姉ちゃんがそんなに嬉しそうなの」
「可愛い妹が活躍してるんだから嬉しいに決まってるじゃない」
素直にそう言われると文句も言いづらい。
ぷいっと顔を背けると「可愛い」と頭を撫でられた。完全に子供扱いだ。
「橘さん──ほのかのお母さんからは『次もよろしくね』って言われたよ。社交辞令かもだけど」
「二回呼ばれたんだから、好感触だったってことでしょ。次回は夏真っ最中に秋物だから地獄だよ。頑張りなよー?」
「う。ものすごく行きたくなくなってくるんだけど」
「でも服代浮くよ?」
「それけっこう大きいよね。もらった分だけでもけっこうコーデできそうだし」
夏の終わりから秋にかけての服を先取りでもらえたのでここに自分で買い足していけばいい。足りないアイテムの目ぼしもつけやすいし、お小遣いの限られている子供の身としてはとても助かる。
お姉ちゃんもにこにこして、
「美桜とこういう話できるの嬉しいなー。このままモデル目指してもいいからね? 私がいろいろ教えてあげる」
「わたしにモデルは無理だよ。今日もカメアシの人に駄目だしされたし」
「カメアシ?」
「不愛想な大学生の男の人。まだまだだな、って顔してた」
「あー。鷹城さんか。……え、あの人がわざわざダメ出ししてきたの? 美桜に?」
鷹城っていうのか、あの人。
言われてみると現場でそう呼ばれていたような気がする。
というかお姉ちゃんも会ったことあるのか。……って、そりゃそうか。僕よりずっと撮影されてる回数多いんだし、どっかで会う確率は高い。
「あの人、すごい人なの?」
「や、不愛想な変人。格好いいのに勿体ないってみんな言ってる」
「わたし、変なのに目をつけられたってこと……?」
げんなりしているとお姉ちゃんは「どうだろうね」と目を細めて、
「変人だけど、人とは目の付け所が違う感じも確かにあるよ。美桜、気に入られたのかも」
「気に入られるならもうちょっと普通の人がいいよ……」
というか男に寄って来られても困る。
「あはは。鷹城さんとは恋愛沙汰にならないと思うけどねー」
「そっか、変人だもんね。それなら別にいいかな……?」
同じ男でもお兄さんとは話していて楽しい。色恋がまったくなく趣味の話ができるからだ。
似たような感じで仕事上の関係として遠慮なく意見しあえるならあの人とも良い関係が築けるかもしれない。
「美桜、そのうち他の雑誌からもオファーあるかもよ」
「他の雑誌って、わたしじゃ歳が合わなかったりしない?」
「高学年向けの雑誌が一冊で終わるわけないじゃない」
女の子ファッション需要がものすごく高いこの世界だし、当然と言えば当然だった。ほのかのお母さんが担当してる雑誌はちょっと背伸びしたいお洒落女子が主なターゲット。
僕の場合、もうちょっと高級ファッション主体の雑誌でも映えるだろうし、もっとカジュアルな服でも上手くやれば着こなせるはずだとお姉ちゃんは言った。
「他社の雑誌からオファー来た時は気をつけないとだけどね。浮気したせいでどっちとも拗れちゃうかも」
「え、恋愛の話じゃないよね?」
「恋人もモデルも、本当に大切なら独り占めしたくなるものでしょ。もし本当に他からオファー来たら橘さんに相談してみなよ。専属契約してもらえるかも」
専属になると待遇がちょっと良くなる。
わざわざ専属にするような子は会社としても大事なので大きく取り上げてもらいやすくなるし、それはそれで美味しいのだとか。
「って、お姉ちゃん。わたし本格的に読モやるとは言ってないからね?」
「でも橘さんからオファー来たら受けるでしょ?」
「受けるけど」
読者モデルじゃ食べていけるほどにはならないわけだし、鷹城さん(仮)から指摘された箇所も練習しないといけないし、モデルとしてやっていきたいかと言われると今の段階ではなんとも言えない。
僕としてはむしろ歌ったりできる仕事の方に興味が向いてきているような気も、
「まあ、今からいろいろ言っても仕方ないか。最初に撮った時の号が発売されてからが勝負だからしばらくお預けだね」
「うん。確か今月の末に発売だったっけ」
その頃には学校も終業式を終えて夏休みに入っている。
クラスメートと直接会って反響を聞けないのは少し残念なような、逆にほっとするような微妙な気持ちになった。
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