美桜とカラオケ 2016/7/1(Fri)
芸能人の知り合いも多いお母さんに、モデルのお姉さん。香坂さん自身も歌が上手くて運動もできて学校の成績も良くて、お洒落で積極的なすごい女の子。
お母さんやお姉さんから聞いたっていう恋愛テクニックでクラスの男子──燕条君にもどんどん話しかける。燕条君は迷惑そうにしてるけど香坂さんと話す時間は自然と多くなって、私を含めた他の女の子と話す時間が減ってしまう。
だから、香坂さんを迷惑に思ってる子も多かった。
特に仲の良かった
本人もうすうす気づいていたと思う。
でも、だからって大人しくならないのが香坂さん。相変わらず燕条君にちょっかいをかけ続けている彼女に私たちは限界寸前だった。
香坂さんさえいなければ。
心の中で愚痴を言うのなんて毎日だったし、グループチャットで悪口大会を開いたこともある。
だから、香坂さんが入院したって聞いた時は正直嬉しかった。
「これで燕条君と話せる」
実際、彼と話すチャンスは増えたし前より仲良くなれたと思う。
後悔したのは香坂さんが事故に遭ったんじゃなくて「自殺未遂」だって聞いた時だ。
「別に、そこまでしたかったんじゃない」
香坂さんがいなくなるという「結果」につきまとう「理由」に気づいたら背筋が寒くなった。もちろん、遺書が見つかったりして私たちが犯人にされたら、みたいな思いもあったけど、それだけじゃなくて。もっとあの子と仲良くすればよかったと思った。
私たちは運が良かった。
香坂さんは帰ってきてくれた。怪我もない元気な様子で私たちにも話しかけてくれて、恨みなんてなにもないみたいに。
──本当に、なにも憶えていなかったから。
帰ってきた香坂さんはいい子になっていた。
燕条君にほとんど話しかけなくなって、代わりに女の子同士で過ごすようになった。
自慢話もしなくなってみんなの話を楽しそうに聞いてくれる。落ち着いてきたら放課後、一緒に遊んでくれる日も増えた。
本当はぜんぶ憶えてるんじゃないかと思うこともあったけど、憶えていたらあんなふうにできないと思う。
だけど、きっと香坂さんが変わったのは私たちのせいだ。
過ぎてしまったことは変えられない。
今の香坂さんには恨みもない。それどころか接するほど好きになってる。
だから、私たちは香坂さんと今度こそちゃんと「友達」をすることにした。
「わ、広いね……!」
「えへへ。人数が多いから広い部屋にしたんだっ」
今日は放課後にみんなでカラオケに来た。
嬬恋さんと西園寺さんも一緒。嬬恋さんが言った通り六人はちょっと多め。二時間だとそんなに歌えないけど、お小遣いもそんなにないしこれくらいがちょうどいい。
香坂さんはお店の前で一回驚いて、部屋に入ってからまた驚いていた。前にも来たことあるはずなのに、外国人の転校生みたいな反応なのがなんだか可愛い。
「さあ、なにを歌いますか、美桜さん?」
「うーん、なににしようかなあ……?」
「美桜ちゃん、早く入れないとみんなに取られちゃうよ?」
「え、そんなに早い者勝ちなの?」
「ふふっ。マイクの争奪戦はまさに戦争ですからね」
嬬恋さんたちに急かされながら香坂さんが曲を選んだのは六番目──みんなの中で最後だった。
大事そうにマイクを握った彼女はゆっくりと口を開いて綺麗な声で歌い始める。
ちょっと前のドラマの主題歌。
透き通るような歌声に私たちはついうっとりしてしまう。リズム感だけじゃない、なんだか丁寧に歌っている感じがとっても素敵ないい歌だった。
曲が終わってマイクを置いた香坂さんはほう、と息を吐いて、心の底から楽しそうに微笑んだ。
「美桜ちゃんすごーい! 歌上手くなったんじゃない?」
「ありがとう。そうだったらいいんだけど」
抱きつきながら褒める嬬恋さんに照れて答える彼女は、うん、やっぱり前とは全然違った。
◇ ◇ ◇
灯台下暗し。
この前行ったゲームセンターの上の階にカラオケが併設されていた。
こっちも女性客を見込んだ清潔かつお洒落な感じ。その分、値段はちょっと高いけど、小学生の僕たちは余裕で学割がきくし、こういうお店なら安心して利用できる。
今日は恋と玲奈も一緒。
六人での利用の場合、ドリンクバー+2品以上のオーダーが条件だったので、僕は無糖のアイスティーをグラスにたっぷり注いでからフード・デザートメニューを開いて、
「こういう時ってなにを頼むのがいいのかな? やっぱり──」
ポテトとか唐揚げとか?
男子高校生の基準で口にしようとしたところ、
「やっぱりポテトかなっ?」
「大学芋はいかがですか? これならみなさんで食べられるかと」
「さんせーい」
ポテトは合ってたけど、大学芋は思いつかなかった。
っていうか、じゃがいもとサツマイモでどっちも芋だ。
これが男子高校生と女子小学生の違いか。それとも玲奈が特殊だったりするのか。悩みつつも選曲してみんなが一曲目を歌っている間に注文の品がやってきた。
たぶん冷凍なんだろうなあ、と思いつつ口に運ぶと、
「美味しい」
ポテトはもちろん大学芋も悪くない。しょっぱいポテトの後に甘い大学芋を食べるループを無限に繰り返せそうな気がする。味はなんの変哲もないはずなのに、友達と騒ぎながら食べるとなんでも美味しく感じるということだろうか。
「さて」
僕が選んだのはスマホのサブスクアプリに再生履歴の残っていたJ-POP。
女性アーティストの少ししっとりした曲で開幕には少し似合わないけれど、選曲したのが六人目だったのできっとセーフ。
部屋で何度も聞いて小声で練習したのを思い出しながら一生懸命に歌っているうちに気づけば一曲を歌い終わっていた。
「美桜ちゃんすごーい!」
抱きついてきた恋に僕は「ありがとう」と返してから、
「恋だって歌上手いじゃない。恋の歌とか似合いそう」
「ほんと?」
「本当だよ」
実際「じゃあそういうの入れようかなっ」と歌ったアイドルソングはとてもキャラにハマっていてとても良かった。こういうところを見せれば男子もイチコロなんじゃないだろうか。
「美桜さん、わたくしの歌はいかがですか?」
「玲奈は大人っぽい声してるよね。恋の歌なら失恋の歌の方が似合うかも」
「え? 玲奈には失恋が似合うってこと?」
「美桜さん? ……恋さん?」
「え、今のは絶対恋が悪いよね……!?」
「冗談です」
と、玲奈はすぐに矛を引っ込めてくれたものの、いちおう機嫌を直してもらうためにデュエットをした。
切ない恋を歌ったアイドルソングを二人で歌い上げると、恋が「ずるい!」と言い出したので彼女とも一緒に歌う。今度は女の子の恋の悩みを明るく描いたアイドルソング。どっちもみんなから好評で、なぜか他の子まで「私と歌おう」と言ってくる。
「そんなにデュエットしてたら時間なくなっちゃうよ」
ということで、最後にみんなで歌うことで許してもらった。
っていうか歌ったのが恋の歌ばっかりだ。今度来る時はアニソンとかも歌いたい。ほのかやお兄さんを誘ったら好きな歌を歌えるだろうか。
アニソンも予習が必要なのでまた忙しくなりそうだ。
「さ、そろそろパフェ頼もうかなー」
「わたくしは大学芋をもう一皿」
「え、みんなまだ食べるの?」
「あれじゃ全然足りないよ。それとも美桜ちゃんはもう止めとく?」
他のみんなも前に言っていた通りパンケーキやら何やらを頼むつもりらしい。
この子たち晩御飯食べられるのかな? と思いつつ、せっかくなので僕もベリーチーズケーキを頼んだ。もちろんみんなの注文した品も含めて映え写真を撮っておくのも忘れない。
そうしたらそのまま記念写真を撮る流れになったのは誤算だったけど、
「美桜、すごく楽しそう。……案外、モデルより歌手とかの方が向いてたり?」
帰ってからもつい鼻歌を歌ってしまい、お姉ちゃんからからかわれるくらいには僕も楽しんでいたらしい。
なんだかんだ、けっこう女の子に順応できてきているのかもしれない。あらためてそう思った。
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