美桜とゲーセン(その2) 2016/6/21(Tue)
「じゃあ、せっかくだから対戦しようよ!」
僕たちの選んだ筐体はソロでも遊べるし1vs1で対戦もできる機種。
二人ずつに分かれて対戦、勝った子同士で決勝戦を行うというルールで遊ぶことになった。じゃんけんで分かれた結果、友達二人が初めに戦って接戦の末に片方が勝利。
やってきた二回戦目、僕は片方の筐体の前に立って深呼吸をした。
ルールは簡単、音楽と画面の指示に従い、タイミングよくステップを踏むだけ。
踏んだタイミングによってmiss、clear、perfectの三段階で評価されて得点がつき、合計得点の多かった方が勝ちだ。
単純だけどリズム感と体力、運動神経が要求される奥の深いゲーム。
ゲーム機でやる音ゲーとは似ているようで別物だ。
「──うんっ!」
カウントダウンの後、流れ始めた音楽に合わせてとん、と足を踏み出す。
僕自身は音ゲーは別に得意じゃない。
ただ、音楽の授業を受ける中でわかった。
美桜には音楽の才能がある。
音感は身体と中身、どっちのものなのか。他にサンプルがないのではっきりとは言えないけど、身体に依存する部分も大きいんじゃないかと思う。
何しろ音楽は耳で聞いて肌で感じるものだ。身体が違ったら同じようにはいかない。逆に言うと才能のある身体に入れば、
「身体が、動かしたいように動く」
初めて味わう「音に乗っている」ような感覚。
この世界の曲は良く知らないのに、そんなの関係なくperfectが量産されていく。成功すればするだけ気分も良くなって足運びが軽やかになっていく。
気づくと自然に笑みを浮かべていた。
一曲終わるのはあっという間で、軽く呼吸を整えながら画面を見つめると、そこにはかなりのハイスコアが表示されていた。
「香坂さんすごーい!」
「あー、やっぱり香坂さんには敵わないかあ」
「ちょっと。私この次香坂さんとやるんだけど?」
残念ながら全部perfectとはいかなかったのでランキング上位には食い込めなかった。でも、やりこむか、もう少し成長して身体が筐体に合うようになればさらなる高得点も夢じゃないかもしれない。
「踊るのって楽しいね」
独り言のような呟きだったんだけど、みんなは僕の顔を見てぽかんと口を開けた。
「……あれ? もしかしてわたし、変なこと言った?」
尋ねると慌てたように「そんなことないよ!」と首を振って、それから笑顔を浮かべてくれる。
「さあ、決着をつけよう、香坂さん!」
「あ、うんっ」
次も勝ったのは僕だった。
でも、負けた子は「あー、残念!」と明るく笑ってくれる。僕のほうも友達に勝ったことより良い結果が残せた達成感が大きくて、制服のまま少し汗をかいてしまったのも「まあいいかな」と思えた。
でもちょっと暑いので自販機でジュースを買って休憩する。
「香坂さんこういうのも得意なんだ。そういえば歌も上手いもんね」
「声も綺麗だよね。あ、今度カラオケ行きたい」
「いいね、行こうよ、香坂さん」
「うん、楽しそう。行ってみたい」
今度は恋や玲奈も誘いたい。こっちの世界の流行曲なんかもチェックしておかないと。知らないまま下手に選曲しようものなら「知ってるアーティストと曲名なのに歌詞もリズムも違う!」なんていうことにだってなりかねない──。
「カラオケといえばハニートースト食べたいなあ」
「私はパンケーキ」
「アフォガードも美味しいよ」
あれ、もしかしてカラオケも向こうの世界とちょっと違う?
お洒落なカフェか何かのようなフード・ドリンクメニューの数々に楽しみなような不安なような気持ちになる僕だった。
◇ ◇ ◇
なんだかんだダンスゲーを四人で三回+ジュース購入で手持ちの硬貨は残り少なくなった。
「後は……やっぱりこれかな?」
「香坂さん、これは得意?」
残りの百円玉を手にやってきたのはクレーンゲームコーナー。
ぬいぐるみが好きな女子はやっぱり多いらしく、筐体の数もけっこうある。中のぬいぐるみもそれぞれ違っていて個性的だ。
こういうのって沼りやすくて財布が危険なことになるゲームの代表格だけど、
「最後に来たのは正解かも。これ以上は使いようがないし」
「え? 足りなくなったらまた両替すればいいじゃない」
「やめて」
両替を手段に入れ出したら本当に止まらなくなる。
「……あ、これかわいいかも」
一つずつ筐体を見ていくと、あるぬいぐるみで目が留まった。
「あ、ほんとだ。けっこう可愛い」
「白くてふわふわの鳥だね。なんて鳥だよ」
「いないでしょ、こんな鳥」
「ちゃんといるよ。シマエナガっていう北海道の鳥」
こいつが流行するのももうちょっと後の印象だけど、もうぬいぐるみになっているのか。
でも、一つの筐体にみっちり詰まってるわけじゃなくて、ひよことかにわとりとかすずめとかと一緒にこっそりいる感じ。
まだブームにまではなっていないと見た。
なら、ここで会ったのも何かの縁。もし取れたら可愛がってやろうと心に決める。
「わたしはこれにするよ」
「頑張れー」
五百円で三回プレイ。
なけなしの百円玉を全投入して慎重にアームを動かす。
「そこ! ……あー、惜しい」
失敗。
「行ける行ける! ……うーん、残念」
失敗。
「最後のチャンスだよ! 落ち着いて! ……ああー!」
失敗。
前回の失敗から学びつついいところまでは行ったんだけど、惜しくもシマエナガの救出(誘拐)はならなかった。
「もう一回やる?」
「……ううん。両替はしないって決めたから」
さらばシマエナガ。
気を遣ってくれた友達を笑顔で促して、今度はみんなの挑戦を見守る。自分の時に声を出してくれたように今度は僕が応援して、結果はみんなが五百円ずつ使って、一人の子が小さなライオンのぬいぐるみをゲットしただけ。
やっぱりクレーンゲームは沼だ。
わかっていても挑戦してしまうのはこうやってみんなでわいわいやるからか、それとも手に入れられなかったぬいぐるみがどこか寂しそうに見えるからか。
ちらっと振り返れば獲れなかったあいつがこっちをじっと見ているような気分に……。
「香坂さん」
別にぬいぐるみなんて何の役にも立たないというのに、元の世界で流行っていた鳥にシンパシーを感じていた僕の肩を友達がぽん、と叩いて。
「やりたいならもう一回やりなよ」
悪魔の誘いだった。
彼女の笑顔を見れば邪気がないことはわかる。いやまあ、自分のお金じゃないから気軽に言えてるのはあるだろうけど。
人に言われるとさらに心がぐらぐら揺れる。
悩みだした僕にさらに他の二人が、
「あと一回、あと一回だけなら大丈夫だよ」
「ここでやめたら可哀想だよ」
「……わかった。もう一回だけ。もう一回だけだから」
誘惑に負けた僕を見て「やったあ!」と声を上げるみんな。やっぱり悪魔なんじゃないだろうか。
僕は両替機でさらに百円玉十枚を手に入れ、ワンプレイ二百円分を投入しようとして──五百円なら三回できるんだよな? と思う。
百円玉を余らせても仕方ないし、その方がいいかと五枚を投入。
……うん、後から考えると絶対良くない流れである。
結論から言うと、シマエナガのゲットには成功した。
ただし、追加の三回で失敗して「制服のポケットに五百円入れて帰るのもなあ」と言い訳しながらさらに三回挑戦、計千五百円も使ってしまった。
それだけあったら普通に買えたんじゃないかと思うけど、これがクレーンゲームの魔力なのだ。
もうクレーンはやらないと心に誓う僕だったけど、
「また来ようね、香坂さん」
「うん。……でもクレーンゲームはやらないからね?」
「はいはい」
そのうちまた似たようなことをしてしまいそうな予感もあった。
無事(?)手に入れたシマエナガは鞄に入れると潰れてしまいそうだったので仕方なく抱いて帰り、妹に「可愛い」と言われた後、お姉ちゃんから「罠にハマったんだ」と生暖かい目で見られる原因になった。
新しく加わったこいつは他のぬいぐるみと一緒に僕のベッドの上に。
ほのかとチャットする時とかに抱いているとけっこうちょうどいいのでそう言う意味でもお気に入りになった。
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