美桜と本好き仲間たち(その2) 2016/5/20(Fri)
「『悪滅の聖槍』の主人公は悪魔に家族を殺されて妹と二人きりになっちゃうの」
「ふんふん」
「妹も悪魔に取り憑かれててね。助ける方法を探すためと同じ悲劇を起こさないために退魔師団に入るんだ」
「妹さん思いのお兄様なのですね」
「敵の中には悪魔だけじゃなくて悪魔に取り憑かれた人間もいてね。そういう人はただの悪い奴じゃなくて悲しい過去があって、でも敵だから倒さなきゃいけなくて。読んでるほうはちょっと切ない気持ちになったりもするんだよね」
今朝になってから三巻も買った。
一日一冊ペースでも一か月だとかなりの額。電子で買ったのは正解だった。ポイント還元やセールを頻繁にやっているのでお小遣いを大幅に節約できる。
これはストア側のキャンペーンなのでもちろん合法。
もちろん、お金がないからって違法ダウンロードとかは絶対しないし、しちゃいけない。
マンガを読むのは主に家だ。
学校では友達と話す時間が多いので、今まで読んだストーリーの中からみんなに面白さを伝えてみる。
「男子の好きな物を知るのは役に立つ」と聞いた他のクラスメートも集まってきて、僕の話を興味深そうに聞いてくれた。
──お洒落女子グループが少年マンガの話で盛り上がる図。
すごい状況なのはこの際気にしない。
恋のテクニックと言い換えるとだいたいOKなのはなかなかのマジックだと思う。
「私も一巻買っちゃった。男子と同じ読み方しなくてもいいんだね」
「私も試しに購入しました。神話を下敷きにしている部分もあるので、勉強になるかもしれません」
僕の布教は意外と効果があった。
土日を挟んだ週明けには恋たちを含め何人かが購入を表明。これに他の子も続いた結果、クラスに少年マンガブームが巻き起こったのである。
ハマって続きを買う子がいたり、読みたいけどさすがにお小遣いが厳しい子がいたり、紙の本で買ってきた子がみんなで一冊の本を覗き込んだり。
みんなで一緒になにかをやるのは面白いもの。
女子だって少女マンガや恋愛ドラマでやっていることなので、始めてしまうとけっこう盛り上がる。
読み方は人それぞれで。イケメンを応援するもよし、ヒロインの子に感情移入するもよし、切ない話に涙するもよし。楽しみ方にまでケチをつける気はない。
僕としては得意な話題が増えただけで十分である。
そうして一週間が経つ頃にはクラスの半分以上が『悪滅』を知っている状態に。
気づくと当の
普通に話に入ってくればいいのに、なんか逆に可哀想になってきた。
「燕条君も仲間に入れてあげようか」
仕方なくみんなに提案すると、
「ふーん?」
「これはこれは」
恋や玲奈、みんながニヤニヤし始める。
「な、なに? どうしたの?」
「ううんー? ただ、美桜ちゃんもやっぱり湊くんのこと気になるんだなーって」
「素直じゃありませんね、美桜さんは」
「べ、別にそういうわけじゃ」
あれ、なんかこれ、ツンデレっぽい?
僕は単に少年マンガの感想を言い合いたかっただけなのに。
女子はやっぱり恋の話が好きらしい。もともと恋愛テクニックだというのが口実だったのもあり、周りはどんどん「湊くんとの仲を深めよう作戦」を実行していく。
「ほら、湊さん? 美桜さんが仲間に入れてくださるそうですけれど?」
手始めに玲奈が湊に水を向けて、
「別に仲間になんか入れてくれなくてもいい」
「あら。失敗してしまいましたか」
うん。今のは言い方が悪かった。
湊はぷいっと顔を背けて拗ねたような態度。男子はプライドが高いので「してあげる」とか言われるとつい「いらない」と言ってしまう。
ちょっと前まで男子をしていた僕にはよくわかる。
どうしたものか。湊を助けてみんなに誤解されるか、湊を突き放して平穏を取るか。
「ほら。燕条君もわたしたちなんかとは話したくないって」
「本当、香坂は嫌な奴だな」
選んだのは後者。
結果、僕は彼から睨まれたうえに名指しで文句を言われた。
女子の一人が「ちょっとひどくない?」と反応するも、湊はこれに「香坂が悪いんだろ」と反論。気まずい雰囲気が流れたことでこれ以降、クラスの少年マンガブームは徐々に下火になっていった。
『悪滅』に関しては趣味として読み続ける子が一部に残ったくらい。
たまに話題には出るけど少し話したら他の話に移っていく感じになった。ただ、うまく湊に話題を振っていく子もいたりして、少年にも少しはいい影響があったみたいだ。
良かった良かったとさりげなく見守っていると、
「本当、素直じゃありませんね」
「もう、玲奈。まだ言うのそれ?」
「いえ、そうではないのですが」
玲奈はくすりと笑ってその話を打ち切った。
◇ ◇ ◇
僕はそれからも一日一冊マンガを買い続けた。
読み続けている『悪滅の聖槍』も十巻を超えて連載に追いつきつつある。
追いついたらまた別の作品を買いたい。
元の世界にいた頃は単なる趣味のひとつだったのに、いざ自由に読めなくなると逆にハマるんだから困ったものだ。
もう読めないあの作品たちを追い求めていたらいつまでも読み続けることになるのに。
──そんなある日。
僕はとある女の子から声をかけられた。
珍しく一人でトイレに行った帰り。
男子の頃から気づいてはいたけど、女子は連れ立ってトイレに行きたがる。効率が悪い、だから混むんじゃないか、と思っていたものの、いざ女子の立場になってみるとその理由も少しわかった。
一つはお喋りが多いこと。二人以上で一緒にいる機会が多いのでどうしても話の腰を折ってトイレに行くことになる。そうなると相手も「じゃあ一緒に」となりやすい。
一つはトイレに行くという行動自体がなんとなく恥ずかしいこと。友達に便乗すれば恥ずかしさも少しだけ和らぐというわけだ。
……と、話が逸れた。トイレの件はともかく。
「あの、香坂さん」
声をかけてきたのは普段あまり話さないクラスメートだった。
「どうしたの、橘さん」
ショートに近いおかっぱの髪。
活動的だから、ではなくお洒落に興味がないから短くしている感じの大人しい子。
彼女はどこか周りを気にするようにしながら声をひそめて、
「あのね。香坂さんってマンガが好きなの……?」
何を言われるかと警戒した僕は一瞬で拍子抜けした。
思い返してみると、彼女はクラスでも席で文庫本を読んでいることが多い。だとすると単に本の話がしたかっただけか。
別に人目をはばかるような話でもないだろうに──と言っても女子社会はなかなか複雑だ。僕が言うことでもないけど、違うグループの子に話しかけるのはなかなか勇気がいる。特に恋と玲奈はゆるふわお洒落女子と本物のお嬢様だし。
僕はさりげなく廊下の隅に寄ると、さらに彼女を階段スペースへと誘った。ほっとしたような顔をしてついてきてくれる。
さて。
「けっこう好きだよ。最近は毎日読んでるんだ」
読んでるのが向こうの世界で言うトップクラスの作品なのであまり威張れないんだけど、橘さんはこれに目を輝かせて、
「じゃあ、あの、ライトノベルとかはどう?」
「あ、ラノベにまではまだ手が出ないかな」
向こうの世界ではいくつか読んだ。
一冊の値段は大差ないのに積み込まれたストーリーの量は段違いなのが良い。難点は「読むぞ!」と気合いを入れないと読み始められないことと、止め時を見失って夜更かししてしまったりすることか。
きっとラノベも大きく変わっているだろう。
今度調べてみようと思いつつ橘さんの反応を窺うと、彼女は意外にも「興味はあるんだ」と嬉しそうな顔をした。
「あるけど、どうして?」
「興味ない人はラノベって言わないと思う」
確かに。
知らないなら「らいとのべる? なにそれ?」が正しい反応だ。知ってるけど興味がない場合は「あー、あのオタクっぽいやつねー」になる。僕の反応は「どういうものかは知ってるし、それなりに好意的なスタンスだけど読んだことはない」と言っているようなもの。
「橘さんはラノベも読むんだ?」
「うん。本はなんでも好きだけど、物語が一番好き。マンガとかライトノベルはわくわくするお話が多いからよく読むの」
教室では目立たない感じだけど、そう語る橘さんの表情は生き生きしていた。正直、可愛いと思う。思い切って話しかけてくれたことも嬉しい。
せっかくだからその気持ちに応えてあげたい。
となると、ここで少し話すくらいじゃ全然足りない。
教室で話すのも難しいだろうから、僕は別の方法を取ることにした。
「じゃあ、良かったらチャットで話さない? それなら誰にもバレないよ」
スマホを取り出して誘うと、返ってきたのは、
「うんっ」
という、控えめながら柔らかな笑顔。
こうしてスマホのグループチャットに僕たち二人だけの会話グループが新しくできた。
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