美桜と本好き仲間たち(その1) 2016/5/18(Wen)

「……ふう」


 三日目の学校を無事に終え、帰宅した僕は自分の部屋でほっと息を吐いた。

 今日は体育もあったのでいつもより疲れた。

 とりあえず今日までは「もうちょっと学校に慣れてから」と言って放課後のお誘いを断ってきたけど、そろそろ友達付き合いを増やした方がいいかもしれない。

 逆の立場になって考えると「突然記憶喪失になった友達」とかよっぽど親しい子でもないと面倒くさいだけだと思うし。こっちから馴染む努力もしていかないといけない。


 今日あったこと、これからのことを考えながら着替えをする。


 本格的にひと息つくのは着替えてから。

 初日、帰宅してすぐベッドに倒れこんだところ、その話を聞いたお姉ちゃんから「制服が皺になるでしょ!」と怒られたので以降は気をつけている。

 上着とスカート、リボンを外してハンガーにかけてクローゼットのドアに。


「着替え、っと」


 美桜はジャージなどの楽な部屋着を持っていない。

 果たして男子が見ていないところでもお洒落は必要か。釈然としないところはあるもののひとまずは既存の服を利用している。

 上は春物のセーター。下は運動しないのでスカートに。人目を気にしなくていいなら可動域が大きい分、スカートの方が楽だと穿いているうちにわかってきた。


 脱いだブラウスは体操着と一緒に洗面所の洗濯かごへ。

 我が家には男子がいないのでかごに入るのは女ものだけだ。

 お姉ちゃんや妹のはともかく、お母さんの下着なんかにはちょっと思うところもなくはないけど、手に取って「はあはあ」したりしたらまるきり変態だ。


 汗を流すためにシャワー、というのにも惹かれるけど後でお風呂に入るしここは我慢。

 下着を替えるのもお風呂に入ってパジャマに着替える時にした。

 冷蔵庫にアイスティーがあったのでグラスに注いでから部屋へ。


「先に宿題を済ませるか」


 三日間でだいたいの授業を体験した結果、美桜の学校は私立だけあってレベルが高い。

 今の段階でもう五年生の後半か六年生の内容に差しかかっている。

 気をつけないといけない授業もいくつかあった。


 例えば社会科。日本地図や世界地図レベルの地理にはほぼ違いを見つけられなかったけど、歴史には元の世界との違いが多い。

 英語も英会話を重視するタイプの授業なのであまり気を抜けない。

 後は体育もやったことない種目が出てくるかもしれない。


 とはいえ高校生だった僕には基本的に楽な内容。

 先生からも「病み上がりだから心配していたけど」と褒められた。

 成績は良い方がいい。後回しにすると絶対宿題を忘れるのでできるだけ帰ったらすぐやることにした。量はそれほど多くない。集中してやればすぐに終わった。

 残っていたアイスティーを飲み干して、


「マンガでも読もうかな」


 今日は少し息抜きをしたい気分だ。

 美桜の本棚はけっこう埋まっている。蔵書の多くは少女マンガだ。友達の間で話題になることもあるのでこれらは少しずつ履修中。意外と僕が読んで面白いのもある。


 でも、そろそろ少年マンガも読みたい。


 美桜のお小遣いは現代っ子らしく電子マネー。

 元の世界だとこの頃はまだ普及してなかった。でもそのお陰で電子書籍で本が買える。本屋で友達に見つかる心配がないのは大きなメリット。

 本棚を占領しないから買いやすいし、お小遣いの額も小五女子にしてはかなり多い。


「こっちだと少年マンガってどんな感じなんだろ」


 スマホで検索してみると最近の作品は全部知らないタイトルだった。

 昔のマンガやアニメには知ってるものもある。黎明期である昭和の作品はほとんど向こうと同じだ。

 時代が進むにつれて知っている作品が減っていくのは男が少なくなるにつれて違いが大きくなってきたからだろう。

 男が少ないから男のマンガ家も少ない。男向けのマンガを描いても買う人が少ないのでなおさら新作が生まれにくい。

 こっちだと少年マンガもほとんどが女性の作品で、いくつか「試し読み」した感じ、やっぱり感性が違う気がした。


 面白いのもあるけどノリや絵が合わないものが多い。

 

 僕としてはむしろトップ層よりやや人気の落ちる作品に良さげなのが多かった。

 僕に刺さった作品はだいたい男子の口コミも多い。男受けを狙いすぎると女受けが悪くなるので大ヒットしたければ女を意識しろ、ということか。

 そんな状況でも「男の読むマンガを描きたい!」と頑張っている作家には頭が下がる。


「せっかくだから買ってみようかな」


 一冊でも売れれば少しは応援になるかもしれない。

 僕はさっそく大手の電子書籍アプリをダウンロード。目に付いた少年マンガを一冊買って読み始めた。



   ◆    ◆    ◆



 あれから数日、香坂は本当に僕に構ってこない。


「おはよう、燕条君」

「……おはよう」


 初日と同じで挨拶だけしたらさっさと歩いていってしまう。

 友達と挨拶して机に鞄を置いて、どうでもいい話を始める。


 本当に例の作戦を続けるつもりなのか。


 どうせすぐに元に戻ると思ってたのに、僕に話しかけてくるどころか休み時間にスマホを取り出して何か見始めた。


「美桜ちゃん、なに見てるのー?」

「あ、恋。マンガだよ。ほら」


 マンガか。

 香坂たちは男と女の恋愛ものが大好きだったはずだ。一冊の本をみんなで覗き込んでは「素敵」「憧れる」とか言ってるのも見たことがある。

 僕もマンガは読むけど、女向けのマンガはあまり好きじゃない。

 読むならやっぱり、


「あれ? これ男の子が読むやつじゃない?」


 なんだって。

 僕は興味のないフリをしながらつい耳を向けてしまった。


「読んでみると面白くて。恋も読んでみない?」

「うーん。私はあんまり好きじゃないんだよねぇ。男の子の読むマンガって戦ったり血が出たりするでしょ?」


 それがいいんじゃないか。

 宝物を見つけるために冒険したり、大切なものを守るために強敵と戦ったり。そういうのは本当に格好いいと思う。

 次にどんなことが起こるのかワクワクするし、主人公が負けそうになったりすると心配で次の話が待ちきれなくなる。


「恋愛もあるよ。男の子から命がけで守られたりとか、いいと思わない?」


 確かに。男向けのマンガにも女の子は出てくる。冒険についてきて足手まといになることもあるけど、守らなきゃいけない大切な人だったり、主人公にない能力で手助けしてくれたりする。

 一緒にいるうちに絆が深まって恋人同士になるのもロマンがあると思う。

 恋も「それはちょっと興味あるかも」と態度を変える。

 もしかして香坂は友達が興味を持ちそうな説明の仕方を狙ってやったんだろうか。


「私もあまり読みませんが、後学のために知っておくのも悪くありませんね。なんていうタイトルですの?」

「これはね、『悪滅あくめつ聖槍グングニル』」

「えっ」


 僕の大好きなマンガのタイトル。

 びっくりして声を出してしまうと、周りにいた女の子たちが「湊くん?」と不思議そうな顔をする。香坂たちの方を見る子までいたので、僕は慌てて「なんでもないよ」と誤魔化した。

 香坂があのマンガを読んでる?

 男子の間では有名だし、僕も別のクラスや他の学年の男子とこの話で盛り上がったりする。でも、女子にはあまりマンガの話はしたことがなかった。

 なんでって、馬鹿にされるかよくわかってないのに「すごーい」とか適当に褒められるからだ。

 そうか、香坂も読んだフリをしてるだけで、


「試しに読んでみるだけのつもりだったのに、昨夜一巻を読み終えちゃった。せめて一日一冊までで我慢したいんだけど、主人公が退魔師団に入るための修行が始まって続きが気になって」


 わかる。


「退魔師団というのは化け物を退治するための組織ですの?」

「悪魔や化け物を倒してみんなを守るための組織。格好いい男の子や男の人がいっぱいだよ」

「男の子向けのマンガのキャラってごつくない?」

「細身のキャラもいるよ。それに、逞しいのも男の人の魅力の一つじゃないかな」


 そうそう。

 少女マンガの男はだいたい細身で身長の高い美形で、やたらお芝居みたいなセリフを当たり前に吐いたりする。読んでると「こんな男いないよ」とツッコミたくなって落ち着かない。


「……男性がたくさん出てくるのは気になりますわね」

「気になるなら読んでみればいいよ。電子書籍なら場所も取らないし、一冊くらいなら大した値段じゃないし」


 香坂も恋も玲奈も家がけっこう金持ちだからお小遣いもたくさんもらっている。

 僕が私立に通えているのは男だから補助金? とかいうのが出ているからで、うちはそこまでお金持ちじゃない。毎月のお小遣いやお年玉をどう使おうかいつも悩んでいるというのに。

 羨ましい。

 でも、香坂が続きを読んでどんな感想を言うのかは気になる。


「うーん……。あ、そうだ。美桜ちゃん、もうちょっと先まで読んだら内容教えて。それから買うかどうか考えるから」

「恋はそういうの上手いよね。いいよ、教えてあげる」

「やったあ。美桜ちゃんありがとうっ」


 二人のやり取りを聞いて、僕は少し恋のことを褒めたくなった。

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