第9話 書類代行サービスとかないのかな

 スプーンでそれを掬う。

 しっかりと弾力がありながらもプリン特有のプルンという揺れがちゃんと伝わってくる。その身はずっしりと詰まっており重みがある。鮮やかで濃い黄色は光を反射して、そのプリンの新鮮さを示すようで食欲を刺激する。

 ゆっくりと、そして味わうようにその一口を運ぶ。王鶏の卵本来の甘みが前面に出ており舌の上でとけていくようだ。しかし、甘さはくどくなくあくまで自然な甘み。流れるように次の一口を運んでしまう。とろけるような舌触りと冷蔵庫で冷やされた冷たさが心地よい。

 次はカラメルも含めて一口。少し焦がしたキャラメルの香ばしさと苦みがさらにプリンの甘みを強調する。砂糖の甘みだけではなく卵からくる素材の程よい甘み。さらにもう一口と体が欲し次々と口に運んでしまう。

 最後は底に溜まったカラメルをかきこむように一気に口に入れる。やや苦めのカラメルと最後に残ったプリンが程よいハーモニーを奏でる。


 美味しい、いや美味しかった。あっという間に完食してしまった。昨日、聖と二個ずつ食べた。あと、朝ご飯に聖が一個食べていったようだ。そして、今俺が一個。残り二個。

 残しとこう、そうしよう。いや、そうしなくちゃいけない。週末にプリンアラモード作るのに必要なフルーツをまだ取りに行ってないのだ。決して、今日起きたのも昼だったから行ってないってわけじゃない。書類とか手続きがめんどくさいから現実から目を背けてるとかそういうわけじゃない。チガウ、チガウヨ?


「長谷川さんに頼むかぁー」


 やっぱり何事も適材適所だよな!





「で、おにぃは何やってんの」


 学校から帰ってきた聖の前で俺は書類とにらめっこしていた。長谷川さんに手伝ってもらおうかと思ったけど流石に個人的な理由なので自分で申請書を用意することにしたのだ。

 俺がどの書類がどれだけ必要でどこにサインしたらいいのか四苦八苦してるのを尻目に聖は制服から着替えてきたようだ。学校から帰ってきてもうすっかりオフモードなのかプリンを食べながらテレビを見ている。オフモードな雰囲気もかわいいな、やっぱりうちの妹は世界一だ。

 なぜ書類がわざわざ必要なのかというと、これからフルーツを取りに行こうとしているダンジョンのランクが9であるからだ、現状、規定されているダンジョンランクの中で最高のランクである。1から8までのダンジョンは順に難易度が上がっていき推奨の探索者のランクも指定されている。しかし、このランク9のダンジョンだけは例外だ。単純な難易度だけではなくてその特殊性でこのランクに割り振られる。ともかく希少なものや有用なものが採れるダンジョンだったり、上級探索者や特級探索者でも踏破が難しいのに何故か探索者成り立ての者がその環境に耐性があったり、その他一般には開示できないような情報が得られるダンジョンだったりと様々だ。よって、ランク9のダンジョンは様々な観点から管理のために一回入るためにも書類を用意する必要があるのだ。

 そして、今回俺が行こうとしているダンジョンは『果実の楽園』。文字通り様々な果実が季節、旬などを問わず一年中収穫できるのだ。そしてこのダンジョンでは植物系統のモンスターしかおらずそこまで強いものもいない。では、なぜこのダンジョンがランク9なのかというとそのダンジョン内での環境が特殊なのだ。様々な果実が収穫できるということはそのダンジョンに海辺から砂漠まで様々なその果実に適した環境が存在するということだ。いまだに新種がたまに発見されているらしいが地球上のほとんどの果物や野菜などが確認されている。数十メートル歩いたら熱帯雨林から砂漠になってて、気付いたら竹藪の中にいたなんて話が有名だ。このダンジョンに行くには第一にそんな様々な環境にすぐに対応できる素質と実力が必要なためランクが9に設定されている。(逆に言えばその素質さえあれば強いモンスターはいないため中級などでも入ることができる)


「聖ぃ、書類これでいいか確認して~」


「そんぐらい自分でしなよ」


 なんとか作り終えた書類たち。完成した瞬間一気にやる気がなくなった、元々なかったけど。書類代行サービスとかないのかな言い値で払うぞ。というか、代行したら本人が書いたわけじゃないから委託しますとかいう別の書類が必要なのか……本末転倒じゃん。

 文句言いながらも一つ一つサインなどを確認していってくれる聖。うちの妹が世界一優しい。なんだかんだ文句言うし、口も悪いけどお兄ちゃんに優しいよねぇ。ニマニマしちゃう。

 待っててね、お兄ちゃんが聖のために美味しいフルーツたくさん取ってくるから!気合を入れるがあまりガバッと立ち上がってしまった。何やってんの……と冷たくこっちを睨んでくる聖の目が非常に痛かった。





「はい、書類確認しましたよ」


 次の日、珍しく朝早くに目が覚めたのですぐに長谷川さんに書類を持って行った。これで明日にでも果実の楽園に入れるだろう。


「それにしても、本当にプリンアラモード作るための材料集めのためだけに行くんですね。このダンジョンの果物は一粒でも値千金。一獲千金を目指す探索者からしたら何としてもこのダンジョンに行きたがるほどなのに」


「だって聖が食べたいって言うから。あと俺ならこのダンジョンもそこまで苦じゃないから」


「確かに相原さんは特級の中でも特化型などではなくタイプですし、基本的な身体能力などは上級の方に比べても明らかに高いので大丈夫でしょうけど……」


 上手くいけば1日で億が手に入るのにもったいないとぶつぶつ言いながらも手続きをしてくれる長谷川さん。

 確かにお金はあればあるほどいいのは分かるが俺的には聖がこの先絶対困らないだけのお金があればいいからなぁ。探索者を始めたのだって、当時高校生で稼げるお金じゃ聖を育てられなかったからだからな。

 それにしても長谷川さんもしかして金の亡者だったりするのか。お金大好きマンなのか、札束を前にしたら目の色変わるタイプなのかな……。


「長谷川さんってお金好きなの?」


「はい、大好きですよ!!というよりも高い服とか鞄とかが大好きなんです。最近、好きなブランドの新作がまた出たんですかど」


 そう言いながら語り始めた長谷川さん。

 長谷川さんって着道楽だったんだ。そして、鞄とかのブランド物大好きと……新たな一面が知れた。そして、この人の前ではもうお金とブランドの話はしないと心に強く刻んだ。

 


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