第4話 東京第三事務所所長

 この東京第三事務所は名前のとおり東京にある三つ目の事務所だ。正確に言えば、世界探索者組合日本支部の本部である東京本部そして関東一帯の統括をしている関東支部があり、その次だから東京第三事務所らしい。


「あ、これ組合証です。今までの探索履歴見ていただければ分かるかと……」


「確認させていただきます」


「お前見たことない顔だな。最近、中級になってここに来たクチだろ」


 東京本部は実は一度だけ行ったことがある。探索者向けの施設というよりも日本のダンジョンと探索者のことをきちんと管理するために作られた組合用の建物という感じだった。関東支部も似たようなものだ。というか、それぞれの地方にある支部は本部の縮小版といえば分かりやすい。


「よく居るよなぁ、お前みたいな一匹狼気取り。自分の実力もわかってないくせに——」


 そして、この東京第三事務所は東京に唯一出現したダンジョンこと渋谷ダンジョンの専門の事務所である。この渋谷ダンジョンは9つあるダンジョンランクのうち上から3つ目のランク7である。中級・上級探索者向けのダンジョンでその難易度は推して知るべし。

 通常はそんなダンジョンで予約受注をするような依頼をソロで受けるというのは自殺行為に等しい。しかし、俺は例外的存在そのものということで、


「……っ!申し訳ございません。お名前は知っていたのですがお顔が分からず……。相原様でしたら問題ございません。手続きを行うので少々お待ちください」


「おい、聞いてんのかお前。おい!」


 めんどくさそうなのに聞かれないようにやや小声にしてくれたお姉さんまじグッジョブ。まぁ、元々本部勤めだった長谷川さんが俺の専属の手続きなどのために態々ここで勤めてくれるほどの好待遇からお察しというものだ。

 探索者のランクは大きく三つに分けられる。初級探索者、中級探索者、上級探索者だ。そして、俺はというと


「まじで調子乗ってんだろ、てめぇ!」


 良いところだったのに、かっこつけるところだったのに……怒号と共にいきなり横からど突かれた。悲しい。

 横を見ると怒りからかやや顔を赤く染めた金髪の男がこちらを睨んでいた。


「いきなりなんでしょうか」


「あぁ!なんでしょうかじゃねぇよ!この俺のこと無視しやがって、俺はなぁ上級探索者の「黒田君」


 唾をまき散らしながら怒鳴る男の言葉を女性の声が静かに遮る。

 カツカツとヒールの音を響かせきっちりと一つにまとめた長い髪を揺らしながら近づいてくる。やや細めの目と濡羽色の髪、きっちりとしたスーツは彼女からやや冷たい印象を与える。


「黒田君。次、ほかの探索者から苦情が来れば問答無用で探索者資格を剥奪すると私は伝えたつもりだったのだが……」


「……ッ。くそ。」


 そう黒田と呼ばれた男は悪態をつきながらこの場から逃げるように立ち去る。それに対してため息を吐きながら眉間を揉んでいる彼女は渡辺凛華わたなべりんか。この東京第三事務所の所長であり元上級探索者だ。


「久しぶり、凜華さん」


「おう、奏。元気そうだな。ますます紫苑しおんに似てきたんじゃないかぁ、ふにゃ~って感じの顔がそっくりだ」


「なんか微妙にうれしくない……」


 凜華さんは母さん——相原紫苑の大の親友だ。身寄りがなかった僕らの後見人になってくれていたりと大変お世話になってる。見た目や仕事モードの時のやや硬い喋り方から冷たい人だと敬遠されがちだがその実ものすごく優しい人だ。年は……言ったら半殺しの刑に遭うので割愛。

 人目を集めてきたので他愛無い会話をしながら端の方へ。最近、マナーの悪い探索者が増えてきているそうだ。ああいう手合いは定期的に出てくるもので対処法もある程度確立しているものだが組合職員としてはやはり頭が痛いらしい。ご愁傷様です。


「それにしても奏がここに来るなんて珍しいな。緊急依頼でもあったか?」


「組合証の更新に来ただけだよ。あと、聖に作るプリンアラモードのための材料集め」


「そうか、更新か……またしてなかったんだな……。ま、でも良かった。この国にも数えるほどしかいない特級探索者への緊急依頼なんて無い方が良い」


「凜華さんだって組合職員ならずに前線で攻略続けてたらなってたでしょ」


 俺の探索者としてのランクは凜華さんが言うとおり特級探索者だ。この特級は単純に上級探索者の上というわけではない。実は特級探索者にはタイプが二つ居る。

 探索者はダンジョンに潜っているうちに唐突の特殊能力に目覚める。火を操ったり何もないところから武器を作り出したりといった感じだ。そして、特級探索者にはその特殊能力が特に貴重な探索者が含まれる。それこそ、転移や蘇生、時間の停止といったような一人いるだけで戦況をひっくり返せるタイプ。まずこれが一つ目。

 そして、二つ目は純粋な戦力として上級探索者の枠をはみ出ている人外共だ。俺は不本意ながらこれに当たる。かといって最強というわけではない。あくまで上級とは一線を画しているが特級の中では戦力は低めだ。ちなみに、凜華さんがもし探索者を続けていたらこのタイプの代表の一人として名を連ねていたはず。


 だから、かっこいい人のはずなんだ。なのに、なのに……


「それはさておき……なぁ、奏。長谷川から聞いたんだがプリンアラモードについて詳しく聞かせてくれ」


 かっこよく渋めな声で言ってるけど私も食べたいと顔にでかでかと書いてある凜華さんが残念でしょうがない。





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