第3話 どこでも居るよねこういうの

 ここは東京第三事務所、通称渋谷事務所の二階。組合の建物は基本的に関西支部といったように大都市に支部が存在する。そして、全国各地に張り巡らされるように事務所が置かれている。そのほか、ダンジョンランク6以上のダンジョンの近くにはそのダンジョンの探索や素材の買い取りなどの観点からほぼ専用の事務所が置かれていたりする。この東京第3事務所は事務所と言うわりには支部並みに大きくビル一つ丸々組合のものとなっている。それこそどこぞの会社のようにエントランスから始まり事務的手続きは二階へ、探索者が依頼の受注をするのは三階へといったように豪華なものである。

 そして、その二階のど真ん中の受付で周りに注目されながら俺は何をしているかというと……


「聞いていますかっ、相原さん!まだ話は終わっていませんからね!」


 盛大に説教されていた。

 ぷりぷりと怒っていますという雰囲気を醸し出しながら声を張り上げている彼女は長谷川渚はせがわなぎさ——組合職員でこの東京第三事務所で俺の専属のようなことをしてくれている。一生懸命怒っているのは分かるのだがその身長ゆえに小動物のような印象を持ってしまう。そんなことを言ったらまた怒って小言が長引くのは分かっているので言わないでおく。


「ですからね、ダンジョンに潜らないにしても定期的にここに来てくださいっていつも言ってるじゃないですか。大体、前回来た時も」


「そんな怒んないでよ、長谷川さん」


「そんなって、もともと相原さんが悪いんですよ!前回更新に来たのだってもう半年近く前じゃないですか!最低でも一ヵ月に一回は組合証の点検もかねてどこか事務所に来ることが理想なんですよ。相原さんは月に一回どころか——」


長谷川さん……そろそろ許してくれ。周りの目が痛いよ。





「はい、確認終わりましたよ。次はちゃんと早めに更新に来てくださいね」


「善処します」


「できれば、ま・い・つ・き来るように!基本なんですよ」


「はーい」


 長かった。ここ数年は渋谷ダンジョンをメインの活動先にしていて長谷川さんには頭が上がらないのだ。文句など言えるわけがない。さっきご飯も食べたからか少し眠かったのは内緒だ。

 はいと長谷川さんから渡された組合証を受け取り、魔力を通してちゃんと動くことを確認する。便利なものだ。探索者個人個人の魔力を読み取り識別し、ダンジョンへの入退場の管理やそこらの店での買い物でクレジットカードの真似事までできる。仕組みは知らん、偉い人に聞いてくれ。そもそもダンジョンができてまだ10年、魔力でさえ何なのか分かってないのだ。

 それはそうと帰りに聖にお土産買って帰らねば、いやそれよりも約束したプリンアラモードの材料集めるか。必要なのは卵に牛乳、砂糖にさくらんぼとか?


「ねぇ、長谷川さんプリンアラモード作るのにまずは何が一番だと思う?」


「プリンアラモードですよね。じゃあまずはプリンじゃないですか、だから……卵?」


「たしか渋谷ダンジョンってあいつ居たよね、でっかい鶏」


「王鶏のことですか?草原エリアにまた縄張り作っていますよ。確か今回は42階層のエリアだった気が……。え、もしかして卵だけのために狩りに行くんですか?それならせめてちゃんと上で依頼受けてから行ってください!素材や魔石もできれば買い取らせて欲し……って、あっ、もう!」


 長谷川さんの言葉にありがと~と礼を言いながら上の階へ。ごめんね長谷川さん、ちゃんと上で依頼受けるから。


 三階は探索者向けのエリアだ。渋谷ダンジョンでの採取、討伐、探索依頼などがこれでもかと貼られている。イメージ的には異世界ファンタジーの冒険者ギルドみたいなものだろう。いや実際はもっとデータで管理されているし清潔だしもっと現代的なのだが……仕組みのイメージがそんな感じだ。


「王鶏、王鶏っと……あった。討伐依頼出てたな、魔石でかいしなあいつ」


 目当ての依頼書をとり適当に窓口に並ぶ。依頼書の変更は毎朝行うため朝はものすごく混んでいるのだが、昼過ぎになるとそこまで人は居ない。この渋谷ダンジョンは全70階層からなる中級・上級者向けのランク7のダンジョンだ。上層にちょろっと潜るくらいならこの時間帯からでも十分だからそこそこの人は居る。依頼受けるの久しぶりだなぁとか思いながら待っていると俺の番になったので窓口の女性に依頼書を渡す。


「お預かりします……王鶏の討伐依頼ですね。後日、パーティーで討伐に向かわれるための依頼の予約でよろしいでしょうか」


「いや、ソロだよ。そして、予約じゃなくて今から討伐に行く」


 お姉さんが言っているのは依頼の予約受注のこと、よく考えられたシステムだと思う。一定以上の難易度の依頼についてはパーティーないしはレイド単位の予約が可能なのだ。元々こういう依頼はパーティー単位でしっかりと準備を整えて向かうような難易度の依頼だ。競争が起こって予約が必要になることそうそう無い、ただ当日の朝に依頼の受注をしてダンジョンに潜る準備をしてとバタバタしないように数日前から事務的手続きを先に済ませてしまうだけのものだ。

 とはいえ、王鶏はおいそれと一人で卵のために狩りに行くようなものではないわけだ。よって、


「申し訳ございません。お言葉ですがこの依頼はソロではなく最低でもパーティー単位推奨の依頼でして……」


 このように依頼の受注をやんわりとやめとけと言われるのは普通のことだ。通常はこのお姉さんの言うとおりにしてただ引き下がればいいだけだ。しかし、例外というものは何時如何なる時も存在し得る。そして、今回はこの俺の存在が例外そのものだったわけで普通は分からないだからこのお姉さんの対応は全く間違っていない。だけど今回はともかく運が悪かった。


「おい、あんま調子乗んじゃねーぞ新人」


 どこでも居るよねこういう奴ら。

 ともかく後ろからなんか絡まれているこの状況は非常にめんどくさかったりする。




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