第2話 家の外と書いて戦場と読む

「聖は……もう学校か」


 太陽がもうほぼ昇りきり、朝よりも昼という時間にもぞもぞと布団から這い出る。

ぼさぼさの寝癖については見なかったことにして顔を洗いリビングへ。もそもそとパンを食べながら適当にテレビのチャンネルを回していく。


『……今日の特集はダンジョンがもたらす利点、エネルギー革命についてです!ダンジョンのモンスターを倒したら手に入る魔石は現在、……』


「ダンジョンがもたらす利点、ねぇ」


 ダンジョンがもたらした利点は多岐に渡る。素材や食材による物質的な利益はもちろんだがやはり一番大きいのは魔石のエネルギー革命だ。魔石内部の魔力を使い切ったら交換しないといけない乾電池のような使い捨てタイプの使い方だがその使用用途は非常に幅広い。実際、この家(といってもマンションの一室だが)にも家庭用の魔石発電機を置いている。それこそ一家に一台洗濯機を置くような感覚で魔石発電機が普及している。魔石コンロや魔石製懐中電灯なども発明されている。

 便利だ、便利ではあるが探索者目線で言えばここに至るまでの道のりは非常に厳しかったと言わざるを得ない。魔石の活用法を探るまでの労力も大変だったが特に魔石が安定して供給されるようになるまでが大変だった。

 世界探索者組合による徹底したダンジョンの管理、ダンジョンランク並びに探索者のランクの制定。そして、探索者間の安全マージンの重要性の周知。様々な努力によって年々探索者の死亡者数は減っている。だが減っているだけだ、無くなることはない。ダンジョンの利益についてばかり目が行くけれど探索者の一人としてはその危険性についても目を向けるべきな気がする。光があれば闇がある、といったところだ。


「でも、便利なのは確かだしなぁ」


 自分で魔石を調達できるからだいぶ光熱費が抑えられている。ありがたい、魔石エネルギー様様だ。といっても、聖のためにも一生暮らすには困らないぐらいのお金はすでに稼いでいるのだが。

 そんな考え事をしながら六畳の仏壇の線香をあげ、おりんを鳴らす。父さんと母さんはもう既に亡くなっている。

 聖との二人暮らしはもう結構の長さになる、7、8年だろうか。寂しくないように、お金に困ることがないようにと大切に育ててきた。現在、俺は22歳で聖は15歳。大切にするあまり若干シスコン気味になってしまった自覚はあるがご愛嬌といったところだろう。


「父さん、母さん今日も見守っていてください」


 探索者として最前線でダンジョンを攻略しまくっていた何年か前はなかなか墓参りにも行けなかったけど、最近はできるだけ行くようにしている。こうして仏壇に線香をあげることもできるだけ毎日やっている。決して毎日暇だからというわけではない。違うよ、ニートじゃないよ……。

 しかし、聖のためのお金を稼ぎきったあとのここ数年は確かに家でぐうたらしている日が多い。ダンジョンに行くのも個人的に消費する魔石の補充と食材を狩りに行くだけだ、それもたまに。……うん、ニートかも。


「更新してたっけ」


 探索者は組合から組合証を貰っている。身分証明書にもなるし、組合に預けているお金で買い物などもできる優れものだ。よって、その管理も非常に厳密なのは想像しやすいだろう。定期的にそれぞれの地方にある支部か大きな事務所に行って更新する必要があるわけだが、俺は前回更新してから普通の事務所に行くどころかダンジョンにすら真面に潜ってなかった。つい昨日行った奥久慈渓谷ダンジョンでさえ数か月ぶりに潜ったダンジョンだ。

 別に一度ぐらい更新を忘れたところでダンジョンに潜ったログは残っているし、お金も使えなくなるわけではないから焦ることではないのだけれど小言を言われるのは間違いない。


「行かなきゃかな、行くべきだよなぁ。めんどいな。でも、行かなきゃめんどくさくなるのは目に見えてるしな。はぁ……」


 盛大にため息をつきながらパジャマを脱ぐ。まだパジャマだったのかというツッコミがさくしゃから聞こえる気がするけど目を背けておく。適当にジーンズと無地のシャツ、聖が選んでくれた春物のジャケットを着る。聖の素晴らしいセンスが光るな。うん、さすがわが妹!

 父親譲りの茶髪の寝癖も直しておく。少し濡らしてドライヤーをかけたらオーケー。この髪の毛の色は聖ともお揃いである。良いだろ、どやぁ……でも、そんなことを言ったら聖にはキモと一蹴されるのは容易に想像できるので口には出さない。


「よし、こんな感じか」


 普段外に出ないからいまだに慣れないワックスを使って髪をセット。聖いわく、モデルしている私の兄だからせめて少しはちゃんとしてとのこと。なんだかんだ言いながらも服も選んでくれるしおすすめの美容院も教えてくれた。最近は思春期なのかやや言葉が強くて兄としては悲しい限りだが兄妹仲は良いほうなのだろう。


「行ってきます」


 誰もいない我が家に別れを告げて出発する。足取りは重い。更新期限が迫ってきているから行くわけで完全に自業自得なのだがとにかく気乗りしない。帰りに聖にお土産でも買って帰ろうかなとか考えているうちにマンションのエントランスにたどり着く。

 しかし、ここで更新しておけばまた暫く気にしなくて良くなるわけだ。よし、気合をいれていざ行かん戦場いえのそとへ……あっ、やっぱちょっと待って太陽まぶし。

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