第1話 唐揚げという名の謝罪の品
茨城県 奥久慈渓谷ダンジョン 4階層
一桁代の上層にありがちな洞窟状の通路を一心不乱に駆ける。
道中出てくるスライムには目もくれず蹴飛ばし、踏みつぶしていく。たまに飛び掛かってくる牙の生えた鶏のモンスターも殴り飛ばしていく。
最初から道順は分かっていたかのように迷うこともなく、あっという間に5階層に続く階段にたどり着く。階段を降りると通路の少し先にいかにもボス部屋です!という厳かな雰囲気を醸し出した大きな扉があった。
青年、
「当たりますようにっと…」
そう呟きながら扉を開ける。
薄暗い空間を少し進むと壁のたいまつが一斉に灯り、部屋の全貌が明らかになる。そのボス部屋の中に鎮座していたのは成人男性の胸の高さまで届きそうな軍鶏、大きささえ気にしなければ実においしそうな地鶏であった。
「よし、やっと当たり」
この奥久慈渓谷ダンジョンのダンジョンボスは基本的にはメガスライムなのだが、低確率でこのやたらとでかい軍鶏、
この部屋の主はその大きな体についた羽を全力で広げ侵入者へ威嚇の雄叫びを上げる。
『ゴケエェ――』
「相変わらずうるさいな、こいつは。でも美味しいからね」
奏はそう呟きながら一息で亜軍鶏に肉薄する。
驚きながらも奏に嚙みつこうとした亜軍鶏に対し、奏はいつの間にかその手に持っていた片手剣でその首を薙ぎ払う。
右手に持った光を飲み込むような黒さの片手剣についた血をふるって落としながらモンスターの死骸がダンジョンに飲み込まれるのを待つ。
ダンジョンとは不思議なものでまさにゲームのように倒したモンスターは魔石とそのモンスターに由来する素材を残して解けるように消えていくのだ。
「あぁ~、長かった。でも、これでようやくこいつのもも肉ゲット……え?」
奏の目の前には道中蹴散らしたスライムの魔石より一回り大きい魔石と亜軍鶏のたてがみがあった。
「え、ここでレアドロップまじ?」
亜軍鶏の通常のドロップはそのもも肉と胸肉である。
通常のドロップという言葉から分かるようにどのモンスターもごく稀に通常とは違う素材を落とす。
もう一度言おう、このダンジョンのダンジョンボスは基本メガスライムであり極稀に亜軍鶏となるのだ。そして、奏が欲しかったのはさっき呟いていたようにもも肉であって決してたてがみではない。
よって、この結果が指し示すことは
「また、周回かよ!!」
奏の怒りの声がダンジョンにむなしく響いた。
「ふーん、大変だったね」
そう唐揚げを頬張りながら興味なさそうに感想を述べるのは俺、相原奏の最愛の妹——
俺の妹はとにかくかわいい。身内贔屓を抜きにしてもかわいい。なんか最近は高校一年生ながらその167cmという高身長を活かしてモデルのようなことをやっているらしい。俺は175cmだから一応兄としての威厳は保っている。
「え、お兄ちゃん結構頑張ったよ。もうちょっとないの、ほら労い的な」
「ない」
「断言された」
悲しみに打ちひしがれながら唐揚げを頬張る。
しっかり下味付けて、二度揚げもしたこだわりのから揚げは噛んだ瞬間に肉汁があふれ出してくる。しっかりと肉のうまみを感じる反面、後味はあっさりしておりいくつでも食べられそうである。
ダンジョンでドロップする食材、通称ダンジョン食材は既存の食材がさらにおいしくなったものや上位互換的なものだったり全く新しい食材だったりする。だから、この唐揚げも非常に美味しいものとなっている。
「あの……聖ちゃん機嫌直してくれた?」
「なにが」
「ほら、昨日聖ちゃんが楽しみに残していた最後の期間限定味アイス食べちゃったじゃん。だから、この前美味しいって喜んでくれていた唐揚げ食べたら機嫌直してくれるかなぁ、てきな……」
「それとこれは別。あと、ちゃん付けするな」
「はい、ごめんなさい」
悲しい。泣きそう。
でも、唐揚げたくさん食べてくれているし茨城までわざわざ行った価値はあったと思う。多分。お兄ちゃん頑張ったし許してくれる気がする。
夕食後、後日ダンジョン食材をふんだんに使ったプリンアラモードを作ることを約束してようやく機嫌を直してもらえた。とびきり良い材料揃えようかな……。
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