第4話 名前をつけました

「あき〜、あき〜♪」


「うぅ……。」


「ふむ、東雲ってロリコンだったのか。」


「違いますよ……。」


ここは航宙母艦赤城の解析室。


真っ白な部屋の一角に備え付けられた複数の椅子にそれぞれ安芸と皐月、例の金髪少女は座っていた……いや、少女のみ安芸の膝の上に乗っていた。


今も対面座位の姿勢で抱きつきながらスリスリと頬擦りをしており、とても懐いているのだと分かる。


その様子を見て向かいの席に座っていた解析担当の兵士は、随分と疲れ切ったような印象を受ける彼は苦笑いを浮かべた。


「はは……随分と懐かれていますね……。」


「あー、何かあったんですか?」


「いえ、その子が検査をしようとすると暴れて暴れてしょうがなくて……。押さえようとした憲兵数人を投げ飛ばしたり手錠を引きちぎったり、スキャン装置を1台オジャンにしまして……。」


「「え”っ。」」


安芸と皐月はギョッとした表情で少女を見る。


対して彼女は愛らしくコテンと首を傾げた。


「こんな見た目なのにか……?」


「はい、信じられないとは思いますが……。今回、東雲伍長を読んだのもこの子の押さえになってくれると期待してのことです。彼女が時折りあき、あき、と叫んでいたので。」


「そ、そうでしたか……。」


「それで……解析、手伝ってもらえます?」


「え、ええ、はい。もちろんですとも。」


安芸は眼前の少女に少しビク付きながらも立ち上がり、兵士の指示に従って彼女を専用の検査機械に備え付けられた寝台へと寝かせる。


再び何かされるのだと察知したのか、彼女は少し抵抗したものの、安芸が手を握るなどして落ち着かせれば呆気なく大人しくなった。


「では始めますね。そのまま側についていてください。」


「分かりました。」


「ん〜、う〜。」


「大丈夫、別に何とも無いから。」


機器が動き出し、少女の身体にスキャンの光が当てられる。


検査そのものは大掛かりな機械の割にすぐ終わった。


そして結果は……意外にも彼女は健康的な推定8〜9歳の何の変哲もない少女ということ。


骨や内臓、血液、問題の馬鹿力を発揮した筋肉でさえ、そのスペックは皇国内務省社会衛生局が公表する女児健康規定値以内に収まるものだったのだ。


表示されたデータを見た時、皐月は兵士へ懐疑的な視線を向けた。


彼はそれに気付くとワタワタと慌てたように手を振る。


「ほ、ほんとですからね!?私はこの目で見ました!」


「機械はただの子供と言っているが?」


「まあまあ、いいじゃないですか。もしかしたら慣性制御がおかしくなってこの子が一瞬スーパーマンになったのかもしれませんし。」


「……そうか、そうとも考えられるのかな。」


結局、もう一度検査してみたものの、結果は全く同じだった。


如何にもがっかりした感じで肩を落とす兵士を背に安芸達は部屋を後にしようとする。


が、そこへ待ったがかけられた。


「まだ何かあるのか?」


「いや、彼女も連れて行ってくださいね?」


「……は?」


兵士が指差す先には例の少女が……おらず、既に安芸へよじ登っているところだった。


思わず目を点にする皐月へ1枚の電子ペーパーとタッチペンが渡される。


そこには少女の顔写真と共に『名前』の欄が。


「いや、何故私達が……それとこれは何だ?」


「見ての通り仮の戸籍簿ですよ。一応名前だけは決めておいてください。残りの手続きはまだ保留になりますけど。」


「名前といったって私はこの子の親では……。」


「あれ?東郷軍曹が発見したのではないのですか?」


「違う。拾ってきたのはコイツだ。」


皐月は背後の、少女にじゃれつかれている安芸を指差す。


結局、名付け親は彼となることに決まった。


「よし、早く決めろ。」


「いやいやいや、人の名前ってそんな簡単に決められるものじゃ……。」


「あくまでも仮ですから。後で変えることは可能ですよ。」


「え〜……。」


安芸は電子ペーパーから脚に引っ付いている金髪少女へと視線を移す。


少し唸っていると隣の皐月がボソリと呟いた。


「ふむ……『金剛』は?」


「アウトです。髪から考えましたよね?」


「バレたか。じゃあ『比叡』は?」


「姉妹艦にすればいいって話じゃ……仮ってことなら『榛名』がいいんじゃないですか?無難だし。」


「榛名か、うん、それでいいだろう。」


紙の欄にその名前を書き込む。


仮ではあるが、少女の名前は『榛名』となった。


「改めてよろしくな、榛名。」


「あき〜……んふふ……♪」








⬛︎



ーーー星系第13番惑星付近ーーー



蓬莱が所属する星系には沢山の星が存在しており、その外縁部を公転しているのは白や肌色、茶色の色彩で構成されたガス状の星、第13番惑星。


12番までの惑星に資源が充分にあることから開発が為されておらず、唯一軍の警戒ステーションがあるのみと少し寂し気な星だ。


敵である甲標的も人がほとんど居ない上に戦略的にもあまり関係無い場所には興味が無いようで、今の今まで現れたことは無い。


そのため、ステーションは星系の最前線という重要拠点というより軍の左遷先のような扱いを受けていた。


「あー……かれこれ146日かぁ……。」


「こんなとこに監視所なんていらないっての……。」


「まったくだぜ……。」


ステーションの一部、クルクルと回る居住ブロックの中では3人の男がカードゲームをしていた。


来る日も来る日も異常が無いことを本部に送り続けることは下手な拷問より地獄で、彼らの願いは一日も早く他の基地に異動したいということ。


碌に仕事をしなくても計器類は毎回同じ数字しか出さないし、周囲を双眼鏡で見回しても13番惑星と太陽以外には何も見えない。


仕事をサボっても怒る上官すら居ない、寂し過ぎる現場に身を置く隊員達はすっかりだらけ切っていた。


「おーい、定期連絡は忘れんなよー。最低限それだけしときゃ何も言われないんだから。」


「へいへい、分かってますよ。」


男の1人がシリンダーの区画を後にすると、観測機器とその計器類が集まった場所へ向かう。


張られた球状のガラス越しに漆黒の宇宙がよく見えており、相変わらずそこには何もない。


いつも通り彼は計器の表すデータに目を通していき、それを別の記憶媒体に記録していく。


しかしここで眼前のグラフに異変が起きた。


スクリーンに表示された数値がどれも軒並み上がり始めたのだ。


「ん?Sフィールドに重力波を検知だあ?Nフィールドにも……Eフィールドにまで……。」


異例の値を前に機器の故障かもしれないと男は宇宙服を身に纏い、船外作業の準備を始めた。


エアロックに移動すると外に繋がる扉の開閉レバーを下ろす。


その時だった。


「あれは……何だ?」


視界の先、真っ黒な空間に円形の白いモヤのようなものが出来ていた。


直後、ステーションのセンサー類が何かを検知したのか、ヘルメットの中が警告音で満たされる。


「な、何だ!?何なんだ!?」


いきなりの体験したことの無い出来事に軽くパニックになる。


何とか呼吸を整えていると、異変の正体は現れた。


「わ、ワープアウト……!?」


モヤのようなものから細長い、銀色の鋭利な物体が現れる。


もちろん皇国宇宙海軍の宇宙戦艦にはとても見えない。


手元の照合機にかけてみれば正体はすぐに分かった。


「甲標的の巡洋艦乙型…………大変だ!」


男は我に返ると慌ててステーション内に戻る。


そして警報器のボタンを押し込み、蓬莱との緊急回線を繋いだ。


「こちら第13番惑星警戒監視軌道ステーション!本部!応答求む!緊急事態だ!」


[こちら月面司令部、何があった?]


「甲標的だ!敵がワープアウトしてきた!」


[規模は?]


「いつも通り巡洋艦クラスが1つと……えっ?」


[1つと何だ!?おい!聞こえているか!?]


「う、嘘だろ……。」


敵の数を再確認しようとした男が顔を上げると、そこには幾多もの円形のモヤと、穴の中から銀色の鼻先を覗かせる敵の姿だった。


その数は6……いや、7……8、11、19……とにかく数えきれないほどだった。


しかもよく見る巡洋艦や駆逐艦クラスだけではなく、中には数千メートルはありそうな戦艦クラスまで混じっている。


「ほ、本部……敵の数は不明。しかし少なくとも現時点で40を超え、今もなお増加中で……。」


彼の言葉はそれ以上届くことはなかった。


他の無人観測衛星のカメラに映っていたのは飛来した大量の光弾が直撃し、無惨に分解、爆発四散していくステーションの姿だった。



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敵機を撃墜したら謎少女がドロップしました。懐かれました。 神風型駆逐艦九番艦 @9thKcd

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