第2話 謎の少女
「はっ!?」
目が覚める。
びくんと身体が軽く跳ね、汗の嫌な感触が戻ってくる。
「はぁ……はぁ……くそ……いつの間にか寝ちまってたか……。」
視界に入ってきたのはコックピットの光学スクリーンと周りに配置された計器類、自動で動く操縦桿とフットペダル。
画面には相も変わらず真っ黒な世界が広がっており、左120°の位置に青い星、
次に機体の状況を再チェック。
左腕は肩から丸ごと喪失、右腕は指が一部損傷、使える武装は頭部と胸部のバルカン、お守りの近接用武器であるダガーしか残っていない。
各部のスラスターと4基のブースターは無事なものの、母艦へのナビシステムとGPS系の機器が大破。
今は付近の宙域図と太陽、蓬莱の位置を元にAIが計算した友軍の推定位置へ向かっているところだ。
運が良ければ艦隊に出会えるかもしれない。
「ああ……初陣でこれかよ……ん、そういえば何か重要なことを忘れているような……。」
そうだ。
敵の機体をボッコボコにしてコックピットのハッチをこじ開けた後、中に……。
「わぁっ!」
「うおぉっ!!?」
突然視界の端から甲高い声と共に現れた何か。
驚いてみっともなく声を上げながら顔を腕で隠す。
恐る恐る両腕の隙間から覗いてみれば、そこに居たのは例の白いピチピチパイロットスーツに身を包んだ金髪碧眼の10、11歳程度の幼女だった。
こちらのリアクションに対して口を押さえてケタケタと笑う彼女。
それを見て記憶が完全に蘇る。
「そうだった。お前さんを引っ張り出してきたんだった。」
置いていくのもなんだったからと。
敵の機体はコックピットをダガーで破壊した上で。
「そ……だ……?おまえ……?」
「ああ……こっちの言葉も分からんのだったな……。」
ちなみにではあるが、秋津洲皇国の公用語は古代日本語とほとんど同じ秋津洲語で、他の言葉はメリケン語や支那語、エウロペ語が元になったとされている外来語が少し残るのみだ。
また地方によって独自発達した方言が一応あるものの、元々が同じ播種船の人間なだけあって通じないなんてことは基本的には無い。
だから同じ人間同士による言語を使ってのコミュニケーションが出来ないことは安芸にとって、いや、この星域に居る人類にとって新鮮な出来事だった。
「ええっと……あき、分かるか?あ、き。」
取り敢えずまずは自己紹介をすることにした。
自分のことを指差して名前を連呼してみる。
「あ……ひ……?」
「違う違う、安芸、あき。あーきー。」
「あー……き?」
「そうそう、正解。俺の名前は安芸な。」
「あき!あきー!」
「わわっ!?な、なんだ。」
突然こちらへ飛びついてくる少女。
試しに犬のようにわしゃわしゃとあやしてみればご満悦だったようで、身を委ねてきた。
その姿勢のまま、それからも安芸は少女との会話を続けてみる。
名前や趣味、好きな食べ物、出身、家族など。
しかし分かったことはぜいぜい彼女が秋津洲語を話すことが全く出来ず、だからといって未知の言語を話すなんてこともなかったということのみ。
強いて言うなら酒保で買っておいた民生品のカロリーバーに対して非常に興味を持ち、試しに渡してみればそれを美味そうに食べていたこと。
包装紙の見分けがつかなかったのか、最初はプラスチックごと口に入れていたことくらいだろう。
「ふふふ……あむっ……♪」
「ゆっくり食えよ。にしてもそんな小さな体によく入るわなぁ……10本パックだったってのにもう半分以上無くなってるし……。」
少しため息をつきながらレーションを口に運ぶ。
すると目の前の青い双眸が興味津々といった様子でこちらへ向けられていた。
「ん、あ、あー!」
「え?これ食いたいのか?やめとけ、マズいぞ?」
「うー!あー!」
「分かった分かったから、ほら。けど味については自己責任だからな。」
味の無い消しゴム、または食べることの出来るプラスチック爆弾こと三式搭乗員用固形型非常糧食を少女に手渡す。
最初は嬉しそうに口へ頬張っていたが、やはり味や食感が気に入らなかったようで笑顔から一転、すぐに顔をしかめていた。
コロコロと変わる、その愛らしい表情を見て思わず顔が綻んでしまう。
「敵……なんだよな……。」
振り返ってみれば、この時間は随分と楽しかった。
敵かもしれないのに、寂しさや怖さを紛らわせることには十分以上に役立ってくれた。
敵であるはずなのに。
まだ死んだと決まったわけではないが、隊長や先輩たちの仇かもしれないのに。
「けど……とてもあれを操縦出来るとは思えないよな……。」
今度は腹が一杯になって眠くなったのか、こちらの胸の上を寝床にして眠り始めた少女。
彼女のさらさらの金髪を撫でながら安芸はそう呟く。
「きっと囚われの身だったとか、意外と皇国軍の秘密兵器だったりとか……?」
色んなことを妄想するが、どれも明確な根拠があるはずもなく、推測の域を超えない。
まあ考えてもしょうがないと姿勢を楽にする。
しばらくすればコックピット内の音は一定のリズムで聞こえてくる寝息と空調装置の稼働音のみになった。
まるで世界に自分達しか居ない。
そう感じさせるほど静かな空間だった。
だがそれも長くは続かなかった。
突然機体のレーダーに何かが反応し、電子音がコンソールから発せられる。
「……っ!?」
「んぅ?」
安芸はすぐさま起きると機器を操作し始めた。
液晶に映った物体の数は4、方角は機体から見てほとんど真正面、進路は真っ直ぐこちらへ向いている。
もしかすると友軍の
少なくとも敵ではないことをじっと祈る。
そしてその思いは届いたらしい。
帰ってきた反応はとても喜ばしいものだった。
「IFFは……反応あり!友軍だ!やった!」
「うぇ?」
「喜べ!味方だぞ!俺たち助かったんだ!」
「うわぁ!?」
喜びのあまり少女を抱き上げるとハグをした。
最初は驚いていた彼女も、こちらの表情から察したのか一緒に笑う。
「わーわー!」
「ははっ!やった!」
結局、この後は特に何か起こることもなく普通に友軍機に回収された。
母艦に戻れば自分は別の部隊に編成され、この少女はどこかへと連れて行かれることになるだろう。
つまり短い時間ではあったが、お別れの時だ。
もう会うことはない。
……この時ははっきりとそう思っていた。
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